7 間違った認識

愛美

1 違和感の正体

『ごめん、今日は結菜と約束があるから』

 奏斗から送信されたメッセージを見つめていた愛美は軽くため息をつく。

 本来なら彼の隣にいられたのは自分のはずなのに。

 

 だがわがままは禁物だ。来週は泊りがけで旅行の約束もしている。

 あの奏斗が約束を破るはずはない。今はじっくりと時期を待つだけ。


「美月、これ」

 名前を呼ばれ振り返ると、男子学生がこちらにA4サイズの白い封筒を差し出す。彼は先日、結菜が嫌味な女子学生から絡まれている時に同席していたK学園理事長の子息で大崎海斗。

 あの流れで愛美の元カレが”白石奏斗”であることがバレてしまった。

 当然、彼も奏斗の噂は知っている。


『彼を”あんな風”にしたの、美月?』

 噂に関しては話半分と言ったところか。

 同じK学生とは言え、高等部時代は校舎が違う。奏斗のことを知っているのは噂の中だけということだろう。

『その言葉の意味が”噂”なら、あれはただの噂だわ。彼は女遊びなんてしない』

 海斗は”ふうん”とつまらなそうに相槌を打つと、

『白石には新しい恋人がいるんだから、諦めたらどうなんだ?』

と言う。

 奏斗とは対照的に黒髪で真面目そうな海斗は、無口でぶっきら棒という印象の男だった。


──奏斗は見た目で得してるだけなのよね。


 高等部時代、猛アタックはされたものの、奏斗も決して”賑やか”な人ではない。静かに笑うのがとても印象的。話はたくさんしたが、真面目で誠実というイメージが強く残っている。

 だから結菜と一緒にいる彼は愛美にとって見たことのない面ばかりだ。

 

 話しかけはしないものの、再会してからは時々二人が一緒にいるとこを見かける。

 それもそのはず、二人がつき合い始めたのは愛美と再会してから。そのことを愛美は知らなかった。


──あんな風に女子に接している奏斗は初めて見た。


 確かに仲が良く、嫉妬もするが恋人と言うよりは友人の延長ように見えていた。それくらい奏斗の態度が自然ということ。

 だからこそ、二人の仲を少し疑い始めているのだ。そこで海斗に大川結菜の話をしたら、高等部時代に同じ校舎に通っていたというではないか。

 知っていることを教えて欲しいと頼むと怪訝な顔をされた。


「大川結菜は白石の今の恋人なんだろ? 彼女を調べてどうする気なんだ」

「ライバルのことを知りたいだけよ」

 封筒を取り出し、書かれていることに視線を走らせる。

「これは?」

 二枚目をめくり、驚いて彼に視線を戻す。

「知りたいんじゃないかと思って」

 そこには二人が一緒にいるのを見かけるようになった時期などが書かれていた。

「噂の範疇を超えないけどな」

 海斗は棚に寄りかかると腕を組み、床に視線を落とす。

 一体どうやって調べたのか謎だが、K学生から集めた情報なのだろう。


──奏斗の噂は広がりやすい。

 つまり恨まれているか、羨まれているか。

 中には想いを寄せている人もいるかもしれないけれど、どういう理由にしても注目されているということなのね。


「ごく最近なのね」

 それなのにそんな簡単につき合うというのはどんな状況なのだろうと想像する。以前から互いに意識していて、何かのきっかけがあってつき合うことになった。これが一番しっくりくる説だ。

「そうみたいだな」


 以前から知っているわけでなかったとしたら。

 もっと早く再会していれば自分にもチャンスがあったのかもしれない。

 そう思うとやりきれない。


──わたしはバカだな。

 奏斗に会いたいと思いながらずっと躊躇っていた。


 フラれてしまったのだから嫌われているかも知れないと思い、ずっと躊躇っていたのだ。奏斗に会いたいからK学合格を目指したのに。

 デパートですれ違った時、彼は愛美を見て驚いていたように思う。その理由に心当たりはない。

 だが少なくとも自分を嫌っているようには見えなかった。

 だから勇気をだして近づいたのだ。

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