4 掴むことのできない、その手
何かを考えているように感じた奏斗が、不意にフッと笑う。
「しますよ。彼氏なので」
”本気で言っているならね”と暗に含み。
やっぱりそうか、と結菜は思った。
奏斗はきっと元カノの言いなりだったに違いないと。
求められれば与える。そういう関係だったのだ。
恋愛は初心者だと言いながら、時々女性慣れしているような行動をする彼。
それを結菜は不思議に思っていた。
答えは簡単。元カノと付き合っていた時の癖が抜けないのだろう。
嫌なことを嫌と言わず受け入れ続けた結果、彼は感覚がマヒした。
壊れているのに、壊れていると気づかないまま。
今も塞がらない傷口。
──愛されたかったんだよね?
それを愛だと信じたかったんだよね?
彼女があっさりと手を放さなければ、奏斗は壊れたりしなかったのだろう。
もう、掴むことのできないその手を彼は求めている。
そんな彼に追い打ちをかけようとしているのだ、自分は。
奏斗の持つ愛は『自己犠牲の愛』なのだろう。
与えるばかりでは、いつかは枯渇してしまうのに。
求められるままに与えれば失わずに済むとでも思っているのだろうか?
人とはとてもわがままで不安定な生き物なのだ。どんなに何も求められたくないと思っていても、与えられるばかりでは不安になる。自分はこんなにも欲しがっているのに、相手は自分を求めてはいないのではないか? と。
勝手に不安になって、勝手に離れていくのが人間。
だから人は言葉と言う意思疎通のツールを使って信頼関係を築いていくのだ。保障なんて何もないから。
時間とは時に証明になるだろう。
「目、閉じたら?」
と奏斗。
「それとも、試しただけ?」
結菜は腰を引き寄せられ、耳元でそっと問われる。
元カノに遊ばれただけと思っている彼は、もう傷つくのが嫌なのだ。そんなのは言葉の端々から伝わってくる。
恐らく両想いなのだろうと思いながら、この手で二人を引き裂こうとしている自分はなんて罪深いのだろう。それでも、彼の手を放したくなかった。
「いつでも本気ですよ、わたしは」
言って結菜は目を閉じた。
ライバルが愛美ではなく、年上の彼女の方だと気づいた結菜には遠慮する必要などどこにもない。なぜなら、二人は現在交流を絶っているから。
──どこの誰が存じ上げませんが。
本気で好きなら、奏斗くんを放っておくのは危険だといって言っておきます。伝える手段は……ないけど、うん。
重ねられた唇。
身体が熱を帯びていくのは、好きだから。
──負け戦だろうが、戦わなきゃ勝てない。
わたしが頑張らなきゃ、奏斗くんが路頭に迷ってしまう。
離れていく唇。
「よし!」
結菜は決断力のポーズをキメると気合を入れた。
「どういう反応なのよ、それ」
”キスしてそういうアクションされるの、初めてなんだけど”と、彼は笑っている。
「最高death!」
両方の親指を立て、goodのジェスチャーをするが、
「deathって……死んでんじゃん」
奏斗は大笑いしながら結菜にツッコミをいれた。
「細かいこと言わない。禿げるよ」
「結菜といると俺は”つるっぱげ”にされるわけか」
「大丈夫! その時はヅラプレゼントしてあげるから」
「それ、全然大丈夫じゃない」
まだ笑っている彼に『ご飯行こうよ』と声をかけ、運転席に押し込む。
「ずいぶんと強引だな」
「お腹空いたの!」
昨日奏斗の言っていた言葉を再び思い出す。
『結菜といれば毎日笑っていられると思う』
確かに彼は自分といると笑っていることの方が多いと思う。でも、奏斗を笑顔にしたいというのは、そういうことではないのだ。
幸せを感じさせてあげたい。
人は幸せなら笑顔になれるから。
──とは言え、両思いかもしれない二人を引き裂こうと画策しているわけですが!
罪悪感はある。
だがそんなものに負けて遠慮していたら悪化するばかりなのだ、現状は。
『打倒! 名前も知らない元カノ』
結菜にとってそれは新たなミッションで使命。
「で、何が食べたいんだ?」
「えっと……とにかく、何か!」
「そりゃまたずいぶんと腹を空かしてるんだな」
奏斗は結菜の言葉に笑いながらアクセルを踏み込んだのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。