3 卑怯だとしても
「あの。旅行から帰ってきてから、何か変じゃありませんか?」
結菜に問われ、奏斗は”そんなことないよ”と微笑む。
「いや、毎日一緒にいるし……あ、ネコの人形焼とネコ饅頭ありがとうございました。凄く可愛かったですぅ。黒猫シリーズってあんなのあるんですね」
「ああ、そうだ、これもやるよ」
”毎日一緒にいるのは嫌?”と聞きながら手提げの紙袋を結菜に差し出す。
「嫌なんてことはありませんが、気分は密着24時って感じです」
”これはなんです?”と言いながら紙袋を受け取る彼女。
「いいじゃない、アイドルみたいで」
”ペアのマグカップ”と奏斗は付け加え。
「ギャル系のアイドルですか。そんなに密着されたくないと思いますよ? 彼女たちは」
結菜は紙袋から箱を取り出すと蓋を開けながら。
「うわあ。可愛いです!」
中身は彼女のハマっている黒猫シリーズのマグカップ。
「それは良かった。じゃあ、刑事の方かな」
「探偵!」
「探偵に密着してもペット探しか、浮気調査が関の山だろう」
「奏斗くんは血みどろの連続殺人事件とかがお好みですか」
彼女は箱にマグカップを戻しながら。
「できれば血は出ない方がいいな」
「となると、絞殺ですね」
そういう問題? と思いながら彼女が袋に戻すのを手伝ってやる。
「絞殺についての考察は後にするとして」
「何、上手いこと言ったみたいな顔してるんですか!」
彼女のツッコミにふふふと笑う奏斗。
「それよりも、この黒猫って名前あるの?」
奏斗の妹もハマっている黒猫シリーズ。この学園では意外とハマっている人が多いことを知った。そうなると、名前くらい知りたいと思うものだ。
「これはブラック・ノンシュガーちゃんです。通称無糖って呼ばれてます」
「え?」
「これ、元は缶コーヒーのパッケージに描かれていた猫なんですよ。なので正式名称は珈琲黒猫シリーズ。はじめはこの黒猫ちゃんだけだったんですが」
今は『ブラウン・モカ』や『ベージュ・カフェオレ』という種類もあるらしい。
「でも無糖ちゃんが一番可愛いのです」
「へえ」
まんまるお目目に首に赤いリボンをつけた黒猫である。
話しているうちに駐車場に着く。
結菜が指摘しているように、愛美との旅行から帰ってから奏斗は愛美を避けるように結菜と行動を共にすることが多くなっていた。
ここ数日で二人がつき合っているということが周知の事実となるほどに。
「昼、何食べたい?」
「お寿司。回ってるやつで良いですよ? われわれは学生ですから」
「りょーかい」
彼女を先に助手席に促し、自分も運転席へ乗り込む。
シートベルトをする前にポケットからスマホを取り出し、ホルダーに置く。何件も愛美からメッセージが届いていることはわかっていた。
逃げてばかりではいけないことも分かってはいる。
だが肉体関係になった以上、結菜と別れて自分とつきあえと言われるのが怖かった。花穂に再会してしまったからなおさらに。
「ところで、いつまで敬語の呪いにかかってるんだ?」
カーナビに手を伸ばし、音楽をかけ始めた結菜に問う。
「呪いは定期的にかかるのです!」
「そっか、そりゃ大変だ」
彼女は音楽を聴きながらノリノリで腕を振り回す。
「ちょちょちょ、危ないから大人しくして」
結菜の拳を手のひらで押さえながら、シートベルトに手を伸ばす奏斗。
「気に入ったならCD貸すから」
「やったー!」
両手の拳をくいくいっと掲げる彼女。
”ここはジェットコースターじゃないんですよ”と言いながら奏斗は行き先を確認したのだった。
あの日からずっと考えている。
どこで間違ってしまったのか。
人の気持ちは変わるものだ。もちろんたった一人を永遠に愛し続ける人もいるだろう。愛美と再会していなければ恐らく結菜とこんなに仲良くなることもなかっただろうし、花穂と再会することもなかったに違いない。
時は前にしか進まない。
そして人は変わる、環境に応じて。
変わりたくなくても変わり、変えたくなくても変わらなきゃならない時もある。
──俺はそれが受け入れられなかっただけなんだ。
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