2 結奈との出会い

 やれやれとため息をつき電話を切り顔を上げる。

 視線の先にはベンチと女子学生と手帳。金系統の茶色の長い髪にファンシーな洋装。第一印象は”頭が悪そうだな”だった。

 可愛らしいが、自分大好きといった雰囲気をかもし出しており……。


──お菓子で生きていそうだ。

 これはあれだな、”○○お菓子しかたべなーい”というタイプ。

 それが可愛いと勘違いしている。

 ただのバカだ。


「悪い、それ俺の」

 手帳を置き忘れたのは自分。返してもらうしかない。

 彼女はじっと手帳に差し込んであるペンを見つめていた。そのペンは妹に押し付けられたもので、黒猫の可愛らしい小さなストラップがペンの上部からぶらさがっている。

「あ……白石くん」

 顔上げたその女子学生は奏斗をみて小さく声をあげた。

 声は悪くない、顔も可愛らしい。

 しかしタイプではない。

「俺のこと知ってるんだ?」

「白石くんは、入学当初から有名だし。ほら、その……遊び人とかって」

「へーえ」


 人の口に戸は立てられない。

 奏斗の噂はあっという間に広がったらしい。

 奏斗に相手にされなかった一部の女子学生の腹いせであるということは容易に想像がついた。


──まあ、別にモテたいわけじゃないからいいけど。

 人ってどうして深い関わりがあるわけでもないのに執着したり、嫉妬したりするんだろうな。


「白石くんカッコいいし」

「で?」

 彼女はなかなか手帳を渡そうとしない。

 経験から”付き合って”とでも言われるのかとうんざりして髪をかきあげると、ため息をついた。

 しかし、彼女からは予想外の言葉が。

「このペン、どこで買ったの?」

「は?」

 彼女は急に目をキラキラさせ、黒猫のストラップを見つめている。

「ネコ、好きなのか?」

「このシリーズが好きなの。限定販売で手に入らなくて、何件かお店回ったんだけど売り切れで」

 最後のほうは涙目だ。


──ふーん。

 なんだか面白い子。


 奏斗は彼女から、ひょいっと手帳を取り上げる。じっとその先を恨めしそうに見つめている彼女。奏斗は手帳からペンを引き抜くと、彼女に差し出した。

「やるよ」

 ふっと笑って。

 彼女の目が大きく見開かれる。

「欲しいんだろ?」

「……」

「なんだよ」

 じっと見つめていると彼女は真っ赤になった。


「あ、ありがと。いや、白石くんって怖い感じなのかと思ってたから。笑うんだなって」

 ペンを受け取ると大事そうに抱えて。

「人間なんだから、笑うことくらいあるだろ」

 奏斗は面白くなさそうに彼女から視線を逸らす。

「そういや、中見た?」

と、問う奏斗。

「え?」

「なんでもない。じゃあ、ありがとな」


 奏斗はポケットに手帳を入れると歩き出すが。

「これっ大事にするねっ」

 その背中に彼女が声をかけて来る。

 奏斗は”はいな”というように片手をあげた。

 そういえば名前聞かなかったな、などと思いながら。

「まあ、いいか」


 それが大川結奈おおかわゆなとの出逢いであった。

 彼女との出逢いがきっかけで日常が大きく変わるとも思わずに。


 講義を受けるため廊下を歩いてゆく。中庭を分断する通路にふと目を向け、奏斗は心臓が止まるかと思った。

「愛美……?」

 白のワンピース。姿勢がよく、育ちの良さそうな品のある仕草。黒くストレートの艶やかな髪。

 入学から半年経つがキャンパスで一度も逢ったことはなかったため、同じ学園の学生であるということすら知らなかったのだ。


──あんなに逢いたかったはずなのに。


 奏斗の元恋人である愛美は、男子学生と楽しげに会話を交わしながら向かい側の校舎に向かって歩いてゆく。


──そりゃそうだよな、あれから一年近く。

 彼氏がいたっておかしくない。


 忘れられないのは自分だけ。

 突きつけられた現実に胸が締め付けられた。

 彼女の世界には自分はもういないのだと思うと辛くなって、講義どころではなく。

 講義の間、奏斗はカチカチとただペン先を出したり引っ込めたりしながら物思いにふけていたのだった。

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