白石奏斗

1 奏斗と妹

 白石奏斗しらいしかなとはK学園のキャンパスの裏庭のベンチで、足を組み手帳を見つめていた。元カノと別れてから数ヶ月経つ。

 いつまで経っても埋まらない心の隙間は今でも、ぽっかりと空いたまま。

「ん?」

 スマートフォンことスマホの着信が鳴っていることに気付き、手帳を傍らに置いて通話に切り替える。

 何でもないこの動作が自分の運命を変えていくとも知らずに。


『お、お兄ちゃん!』

「なんだ、風花ふうかか」

 風花はちょっと変わった実の妹である。

『本能寺に連れていって!』

「は?」

 そんな気軽に連れていける距離ではないし、何しに行くつもりなんだと理由を問う。

「なんで」

『討ち入りよ! 急ぎなの!』


──まて、討ち入り?

 お前は何時代の人だよ。


「今時?」

 いまどきなんてレベルではないが。

『敵が本能寺にいるのよ! 早くしないと美崎先輩の貞操がッ』

「美崎……?」

 美崎といえば、K学園高等部の風紀委員長。

 風花の先輩だ。以前から彼をリスペクトしているのは知ってはいるが。

「お前、まだあいつのケツ追いかけてるのかよ」

 奏斗はため息をついた。

『美崎先輩のお尻を狙ってるのはあのクソ猿よ! わたしは守ってるの。あああああああ! 早く本能寺へ』


──ヤっちゃってるなら、本能寺にいるわけないだろ。

 何を言っているんだ、風花は。


「恋人ならもう、手遅れだろ」

『美崎先輩の貞操を守るために風紀委員になったのに! お兄ちゃんのバカ!』

「いや、バカはおまえだろ。学園の風紀を守れよ」

 もっともである。

『OH! NOOOOOOOOOO! 不肖白石、先輩のお尻を守れないなんて! 先輩、全てお兄ちゃんが悪いの!』

「俺は何も悪くない」

『お兄ちゃんの薄情者! お尻妖怪に襲われちゃえ!』

 謎の恨み言に奏斗は立ちあがる。

 妹のバカさ加減に呆れながら。



『もう、お兄ちゃんなんか頼らないんだから』

 奏斗はのんびりと歩きながら、”その台詞、何度目だよ”と思っていた。

 季節は秋だ。学園内の木々も色づき始めている。

『ひ、一人でも乗り込むし』

「捕まるからやめとけ。そもそも本当に本能寺にいるのかよ」

『えっと……』

 妹の風花はそこで何やらスマホを操作し始めた。何をしているのやら。

『クヌギ旅館』

「全然違うし、方向も違うじゃないか」


 妹の風花は少々思い込みが激しいところがある。

 あほな妹にも困ったものだと思いながら時計を見上げた。

 そろそろ午後の講義の準備をしないとなと思いながら。


『ねえっ、連れてってよー』

「俺には頼らないんじゃなかったのか?」

『お兄ちゃんしかいないの!』

「俺は、急がしいんだ。それに、警察沙汰になるからやめとけ」

『OH! NOOOOOOOOOO!』

 妹は壁に額を打ちつけ悶絶しているようだ。

 相変わらずおかしなヤツだと思いながら、カーディガンのポケットに手を入れハッとする。手帳をベンチに置いて来てしまったようだ。


「プリンでも買っていってやるから、大人しくしてろよ」

『不肖、白石風花は子供じゃありません!』

「はいはい」

『ああああああ、お兄ちゃんっ』

 充分、子供だなと思いつつ。

「いい子にしてろよ。そんなんじゃサンタ来ないぞ」

と、脅す。

 風花は高校二年生であったが、サンタを信じていた。

 毎年ニコニコしながらサンタへ手紙を書いている。

 そういえば……。


──あいつ、サンタへのプレゼント希望が変わってたな。

 去年は確か”聴診器”。

 学校へもって行っているらしいが、あんなもの何に使っているんだ?

(風花は生徒会室の盗聴に使っている)

 犯罪の臭いしかしないが、まさか学校でお医者さんごっことかしてないよな?

(当たらずとも、遠からずである)


『サンタ待つ、風花いい子』

 電話口の風花は涙声で呪詛のように宣言する。

 奏斗はぎょっとしながらベンチに引き返した。

「じゃあ、またあとでな」

『お兄ちゃん!』

「なんだ?」

『プリンは黒猫の絵のヤツね』

「はいよ」

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