白石奏斗
1 奏斗と妹
いつまで経っても埋まらない心の隙間は今でも、ぽっかりと空いたまま。
「ん?」
スマートフォンことスマホの着信が鳴っていることに気付き、手帳を傍らに置いて通話に切り替える。
何でもないこの動作が自分の運命を変えていくとも知らずに。
『お、お兄ちゃん!』
「なんだ、
風花はちょっと変わった実の妹である。
『本能寺に連れていって!』
「は?」
そんな気軽に連れていける距離ではないし、何しに行くつもりなんだと理由を問う。
「なんで」
『討ち入りよ! 急ぎなの!』
──まて、討ち入り?
お前は何時代の人だよ。
「今時?」
いまどきなんてレベルではないが。
『敵が本能寺にいるのよ! 早くしないと美崎先輩の貞操がッ』
「美崎……?」
美崎といえば、K学園高等部の風紀委員長。
風花の先輩だ。以前から彼をリスペクトしているのは知ってはいるが。
「お前、まだあいつのケツ追いかけてるのかよ」
奏斗はため息をついた。
『美崎先輩のお尻を狙ってるのはあのクソ猿よ! わたしは守ってるの。あああああああ! 早く本能寺へ』
──ヤっちゃってるなら、本能寺にいるわけないだろ。
何を言っているんだ、風花は。
「恋人ならもう、手遅れだろ」
『美崎先輩の貞操を守るために風紀委員になったのに! お兄ちゃんのバカ!』
「いや、バカはおまえだろ。学園の風紀を守れよ」
もっともである。
『OH! NOOOOOOOOOO! 不肖白石、先輩のお尻を守れないなんて! 先輩、全てお兄ちゃんが悪いの!』
「俺は何も悪くない」
『お兄ちゃんの薄情者! お尻妖怪に襲われちゃえ!』
謎の恨み言に奏斗は立ちあがる。
妹のバカさ加減に呆れながら。
『もう、お兄ちゃんなんか頼らないんだから』
奏斗はのんびりと歩きながら、”その台詞、何度目だよ”と思っていた。
季節は秋だ。学園内の木々も色づき始めている。
『ひ、一人でも乗り込むし』
「捕まるからやめとけ。そもそも本当に本能寺にいるのかよ」
『えっと……』
妹の風花はそこで何やらスマホを操作し始めた。何をしているのやら。
『クヌギ旅館』
「全然違うし、方向も違うじゃないか」
妹の風花は少々思い込みが激しいところがある。
あほな妹にも困ったものだと思いながら時計を見上げた。
そろそろ午後の講義の準備をしないとなと思いながら。
『ねえっ、連れてってよー』
「俺には頼らないんじゃなかったのか?」
『お兄ちゃんしかいないの!』
「俺は、急がしいんだ。それに、警察沙汰になるからやめとけ」
『OH! NOOOOOOOOOO!』
妹は壁に額を打ちつけ悶絶しているようだ。
相変わらずおかしなヤツだと思いながら、カーディガンのポケットに手を入れハッとする。手帳をベンチに置いて来てしまったようだ。
「プリンでも買っていってやるから、大人しくしてろよ」
『不肖、白石風花は子供じゃありません!』
「はいはい」
『ああああああ、お兄ちゃんっ』
充分、子供だなと思いつつ。
「いい子にしてろよ。そんなんじゃサンタ来ないぞ」
と、脅す。
風花は高校二年生であったが、サンタを信じていた。
毎年ニコニコしながらサンタへ手紙を書いている。
そういえば……。
──あいつ、サンタへのプレゼント希望が変わってたな。
去年は確か”聴診器”。
学校へもって行っているらしいが、あんなもの何に使っているんだ?
(風花は生徒会室の盗聴に使っている)
犯罪の臭いしかしないが、まさか学校でお医者さんごっことかしてないよな?
(当たらずとも、遠からずである)
『サンタ待つ、風花いい子』
電話口の風花は涙声で呪詛のように宣言する。
奏斗はぎょっとしながらベンチに引き返した。
「じゃあ、またあとでな」
『お兄ちゃん!』
「なんだ?」
『プリンは黒猫の絵のヤツね』
「はいよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。