5 愛美と過ごした夜

『愛美は初めてかも知れないけれど、俺は初めてじゃないよ』

 浴衣姿の彼女はとても艶やかだった。

 まるで懺悔をする気持ちで愛美にカミングアウトするも、

『そうなの』

という返事。

 自分はあの時どんな言葉を求めていたのだろうか。

『別れていたんだもの。その間に他の方と縁があっておつきあいしていてもおかしくはないわ』

 寛容さを求めていたわけじゃない。半年も経たないうちに他の人へ心が移るような誠意のなさを責められたかったのかもしれない。


 けれども、責められて楽になりたいというのは自己中心的感情だ。

 愛美はあっさりしているのではなく、常識良識的に考えた時責めることはできないと判断したに過ぎない。そんなことは重々承知。

 でも好きなら、怒って欲しいと思ってしまったのだ。


 好きだからこそ赦すという気持ちもわからないではない。

 だが彼女のダメなことはダメとはっきり言うところに惚れた自分としてはなんだか残念な気持ちになる。

 言わせてあげられなくしたのは自分なのに。


『理解があるんだな』

 そんな言い方しかできない自分。

 自分はまだまだ子供なんだと思った。


 花穂の傍が居心地がいいのはきっと、年下として扱われているからだと思う。彼女には”大人っぽい”と言われたことは何度かあるが”可愛い”と言われたこともある。

 こんな自分はやはり愛美にはふさわしくないと思う。


 終わりにできない理由があるなら。

 未練があるなら断ち切らなければいけないと思った。

 誠意もなく、わがままで子供な自分。


──愛美は理想で俺を見ているのではないだろうか?

 

 彼女にはもっとふさわしい相手がいるのではないか?

 そう感じた。


 結菜もまた寛容だと思う。

 愛美と二人きりで会っていても何も言わないのだから。


──いや違う。好きと言う気持ちは、同時に弱みでもあるんだ。


 二人と接していると自分の嫌なところやダメな部分しか見えてこない。こんな奴とつき合っていて幸せになれるのだろうかと疑問さえ感じてしまう。

 ダメなら直せばいい。確かにその通りだと思う。


──こんなの全部言い訳なんだ。

 俺は逃げているだけ。傷つけたくないから沈黙するのは、自分が傷つきたくないから。


『年上の元カノさんのことが好きなんじゃないかなって』

 不意に結菜に言われた言葉が頭を過る。

 自分は花穂が好きなのだろうか?

 確かに引きづっている。それは認める。


「ん?」

 音楽が変わる。誰かから電話がかかってきたようだ。

 スマホの画面に視線を向けると花穂からだった。

 途端に緊張してしまう。

 とは言え、出ないわけにもいかない。深呼吸をすると通話をタッチした。

「はい」

『あ、奏斗。今、平気?』

 花穂の声はとても心地の良いトーン。柔らかい声で落ち着く。

 大丈夫だと告げると、食事の誘い。時刻は午後六時前。

『奏斗に自宅の近くにいるから』

「うん、出るよ」

 久々に映画の話でもしながら食事を楽しもうという。ほんとに映画が好きなんだなと思いながら上着を掴む。

 

 一階に降りると母が帰宅したところだった。

 夕飯は要らないと伝えると、

「彼女と出かけるの?」

と聞かれる。

 久々に花穂に会うと伝えればとても驚いた顔をされた。

「ヨリ、戻せばいいのに」

と母。

「彼女いるのにか?」

 何言っているんだ一体と思いながら靴を履く。花穂はつき合った期間は短いものの、よくうちに寄ってくれたのだ。そして妹とも母とも仲が良かった。

 別れたと言った時は凄くびっくりされたものだ。

「結菜ちゃんも可愛いけれど、奏斗には年上の方が合うわよ」

「そう?」

 ポケットに鍵があることを確認すると、行ってくると母に告げ自宅を後にしたのだった。


 待ち合わせは近くのコンビニ。

 今日は手土産を用意していないからと言うことだった。

 そんなの良いのにとは言ったが、

『礼儀は大切でしょ? 久々なんだし、自宅前で待ち合わせして風花ちゃんやおばさんに会わずにいるのは難しいわ』

と彼女。 

 まるでこの先もつき合うつもりがあると言われているようで、なんとなく嬉しい気持ちになったことは秘密だ。

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