6 もう、その手は掴めない

「ちょっと……ま……」

 部屋に着くなり奏斗はベッドに押さえつけられ、口を塞がれた。


『泊って行かない? ここの部屋、夜景が綺麗なのよ』

 展望レストランで食事をしたのち彼女に誘われ、

『花穂と出かけるって言っちゃったから、まずいよ』

『何故?』

『親、俺に恋人いること知ってるし』

 彼女は大丈夫よと言って奏斗の手を取るとカウンターへ。

 さっさと部屋を取ってしまったのだ。

『やらしいことしないからいいでしょ』

 手を繋いだままエレベーターに乗り込むと花穂はそう言った。

 赤くなって俯く奏斗に。


「変なことしないって言ったじゃないかよ」

「キスは浮気にふくまれないのよ?」

 困った顔をして起き上がる奏斗に、いたずらっぽい笑みを浮かべる花穂。

「その気になったらどうしてくれるんだよ」

 奏斗の言葉に彼女は驚いた顔をする。

「その時は責任を取ってあげるわ」

 少し考えたのち、奏斗の髪に手を伸ばして。


──責任って……。


「花穂はそんなに俺をダメにして楽しい?」

 こつんと彼女の肩に額をつける。花穂はそんな奏斗の背中を優しく撫でた。

「楽しいとは思ってないわよ」 

 どういうつもりかわからないが、温もりに触れれば心は落ち着く。

 自分にとって優しい場所はここにしかないのかもしれない。そんなことを思った。

「今日はゆっくり休むといいわ。添い寝してあげるから」

 ふふふと笑う彼女。

 そうかと思う。


──花穂は俺のことを心配しているだけなんだ。

 

 あの頃もこんなことはあった。

 当時の自分は納得の上ではあったが、恋人が二股をかけている状況だった。  

 そもそも自分は利用されただけ。それが運よく恋愛に発展したに過ぎない。どんなに納得していようとも、自分だけを見て欲しいというのは人間なら当たり前の感情。  


──ずっとそばにいて欲しかった。

 そんなことを言ったらどんな顔をするだろう?

 気まぐれでまたこんなことをするんだろうか?

 今度自分の前から彼女が去ることがあれば、もう立ち直れない。


 再び押し倒され、頬を撫でられる。柔らかな手が心地いい。

 自分が掴んでいたい手は、愛美の手でも結菜の手でもなく。

 赦されることのない自分勝手な想い。


「花穂は人の身体撫でまわすの好きだよな」

「撫でられるのが好きなのは、奏斗よ? ホントは甘えたいくせに、誰にも甘えられないのよね?」

 彼女の手が奏斗のシャツをたくし上げわき腹を撫でる。

「だから、俺はペットじゃないっての」

 抗議をすればクスリと笑われた。

 子供だと思われているのだろうか? 以前も今も。

「そんなこと思ってないわ」


 彼女がいることは話したが、複雑な三角関係になってしまったことは言えない。さすがに軽蔑されるだろう。


──とは言え、知られるのは時間の問題だろうな。


 自分についての噂は何故か回るのが速い。すぐに花穂にも知られてしまうことだろう。以前からあまり個人的なことには干渉してこないのが花穂だ。

 それなりに感想は述べるが、深く踏み込んでは来ない。


──つまりそこまで興味がないってことなのかもな。


 心の中でガックリしていると、敏感なところに違和感。

 ハッとしてそちらに目を向けると、

「待て待て、どこ触ってるんだよ」

「うんー? ほら、奏斗も年齢を重ねたわけだし、こっちも成長したのかな? って」

「そこはそんなに成長しないだろ!」

 油断も隙も無いなと思いながら大事なところを抑える。

「でも、ちょっと反応してたわよ?」

と花穂。

「生理現象です」

「ふうん」

 このままでは眠くなるどころか元気になりそうだ。

「悪戯してないで寝ようよ。添い寝してくれるんでしょ?」

「ええ」


 奏斗はスマホを引き寄せると、母に外泊の旨をメッセージにして送る。

『あら。頑張ってね』

という返事。


──何をだ!

 

 案の定、あらぬ誤解を受けているようである。

 余計面倒なことになってきたと思いながら目を閉じた。

「ちょっと! 変なとこに手をあてるのはやめろって」

 どうやら安眠できそうにない。

 前途多難な予感がしたのだった。


第三の選択─Even if it's not love─ へ続く

https://kakuyomu.jp/works/16817330651500246191

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【完結】もう、その手は掴めない─even if i love you─ crazy’s7 @crazy-s7

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