2 奏斗の意外な一面

「白石くんは何処行くの?」

「本屋」

 これはチャンスだと思った。

 詩のことも聞きたいし、仲良くなりたかった結奈としては。

「白石くんも詩集?」

「は? 辞書だけど……あ、見たのか」

 彼はまずったというように額に手をやる。

「ごめん。落とし主調べようとして……見えちゃって、その見ちゃった。でも、凄く素敵な詩で! わたしも詩書くから……その、コツとか知りたいなって思って」

 結奈はしどろもどろになりながらも、一所懸命自分の気持ちを伝えてみる。

 それほどまでに彼の書く詩は、結奈の心を虜にした。

 そんな結奈に彼は驚いた顔をする。


「なんだ、冷かされるのかと思った」

 彼は片手を腰にあてため息をつく。

「似あわねえって……な」

「そんなことないと思う」

 確かに”白石 奏斗”に関してはいい噂を聞いたことがない。

 けれど実際話した感じからは普通の男子学生と同じ。

 遊んでいるようにも感じない。

 若干塩だが。


「わたし、ずっとね。もっと巧く詩……書きたいなって思っていて。白石くんのを読んだ時、凄いなって思ったの。詩は自由っていうけど、だらだらになって詩っぽくなくなっちゃって」

「ふうん。見せてみろよ」

 彼はスッと手を差し出した。

 結奈は慌ててバックからスマホを取り出すと小説投稿サイトの自分のページにアクセスする。


「公開で書いてるんだ?」

 彼はその様子をじっと眺めながら。

 見られていると思うと緊張して手が震えた。まるで憧れの作家に作品をチェックしてもらうようなそんな気持ちになる。

「うん、見られると巧くなるって書いてあったから」

「あー……。それはあるな。人に見せるものはちゃんとしようとか、うまく書こうって心理が働くからな。人ってのは褒められたい生き物だし」

「あ、これ。お願いします!」

 結奈は震える手でスマホを渡すが、彼は笑っていた。

「URLくれたら良かったんじゃね?」

「あ……」

 くくくっと笑いながら、彼が結菜からスマホを受け取る。


「あー……こういう書き方してるのか」

「やっぱり全然ダメ?」

「ダメってことはないが、詩っていうのはリズムが一番重要なんだよ」


 彼は話が長くなると思ったのかクレープ屋で飲み物を購入すると、一つを結奈にくれた。

 座れと言われ、スマホを覗き込める位置に身を寄せ合う。彼の柔らかく爽やかな香水が鼻先を掠めた。

 ”男は清潔感と香りだ”友人が言っていたことを思い出す。


「いいか? これだと作文のようになるから、なるべく言葉は抜くんだよ」

「抜く……」

「詩というのは音のリズムだけでなく、見た目にもリズムが大切。改行する時の行数にも気をつけてな」


 そこで奏斗は自分のショルダーバックから、ノートとペンを取り出す。

「倒置法などをうまく使えば、リズムは整えられる。例えばこの部分の”見上げた空が青かった”なら”見上げた青空”のほうがスッキリするし。詩は説明になる文は要らない。小説や作文ではないから」

もちろん、と彼は続ける。

「文が長い時の場合だぞ?」

と。


 奏斗は思った以上に丁寧で優しい。意外すぎて驚くことばかりだ。

「詩には繰り返しで、印象を強く残す方法もある。小説や日記などだと同じ言葉の繰り返しは、読み辛かったりくどかったりするけれど、詩はリズムを作れるという利点が発生する。だからあえて繰り返すのもいい」

 

 例えばと、彼はノートにペンを走らせて行く。

 手帳を覗いた時にも思ったが、彼は字がとても綺麗だ。


”見上げた 街路樹”

”見上げた ビル群”

”見上げた 青空”

”(その)空は何処までも高かった”


「本来なら繰り返す必要のない言葉に意味を持たせるわけだ。これは、視線が段々上へと向かう様を表している。雲ひとつない抜けるような空を伝えるために、その高さを印象つけるように繰り返す」

「なるほど」

「ほんとに分かってるのか?」

 奏斗は結奈の方を覗き込み笑っている。結奈の手元には下手くそな字で書いたメモが。

 結奈はあまりの恥ずかしさにサッと隠した。


「ど、どうせ、字下手だもん」

「何も言ってないだろ」

「頭悪そうって思ったくせにぃ」

「それは否定しないがな」

 彼は足を組むとアイスコーヒーの入ったカップを持ち上げ、ストローに口をつけて。

 結奈は恋愛という意味で、彼に惹かれはじめている自分が居ることに気付いたのだった。

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