3 彼の笑顔

「そろそろ本屋に行かないと遅くなるな」

 結奈が飲み終えるのを待って、彼は立ち上がった。

 なんでもないような気遣いに心がときめいてしまう。

 結奈から受け取ったドリンクのカップを、彼がゴミ箱に分別して入れるさまを見ていた。

「ん?」

 別に一緒に行こうと言われた訳ではないのだから、待っているのもおかしいのかもしれないが。

「一緒に行くか?」

「うんっ」

 思いっきり頷いたら、また笑われた。


「白石くんは用があるのは、本屋だけ?」

「妹にプリンを買ってやらなきゃならん」

 二人は並んで歩きながら。

「ほら、あのペンの黒猫とコラボしたプリンが売ってるらしい」

「うそ!」

「嘘ついてどうすんだよ」

 彼にはどうやら、この手の相槌は突っ込まれるようだ。

「お前も欲しいのか?」

「うん」

 ”なら、一緒に行く?”と問われ、舞い上がってしまう。


「あ、名前!」

 結奈は名前を言うのをすっかり忘れていたことに気付く。

「わたし、大川結奈っていうの」

「ん?」

 いつの間にか本屋の前までたどり着いてしまっている。


「俺も名前教えたほうがいい?」

と言われ、

「知ってるもん!」

 結菜はからかわれたことにワンテンポ遅れて気付き、片手を振り上げ叩くフリをした。彼はクククと笑っている。

「お前おもしろいな」

「白石くんほどじゃありません」

「そんなこと……言われたことない」

 結奈の言葉に彼は、何だか少し寂しそうな顔をした。



 本を受け取り本屋を出ると、とうに夜の帳は降りていて。

 日が短くなったことに哀愁を感じる。

「お前、暇?」

 彼は数件先のデパートを見ていた。

 どうやらお目当てのケーキ屋さんはその中らしい。

「なんか食ってかね? 奢るし」

 奏斗の声は硬かった。


 あまりにも不自然すぎて。隣の彼を見上げると、その目はデパートの入り口に釘つげで。

 何を見てるんだろうと結菜はそちらに目を向けるが、人が多くて特定できない。

「つき合って、頼む」

 苦しそうに吐き出す彼の手を見ると、震えていた。


──ま、まさか幽霊?!

 白石くんってそういうの見えちゃう人?!

 幽霊なんて都市伝説でしょおおおお?!

 彼、実は霊媒者とかそういうオチ?


 心の中でムンクの叫びのようなポーズをし、

「し、白石くんって見える人?!」

と、思わず口にすると

「何言ってんだ、お前」

と、彼は眉を潜めこちらを見た。

 どうやら違うらしい。彼は大変呆れ顔である。


──あ、あれね。お腹空き過ぎちゃって一歩も動けません!

 好物が店頭にあって喜びに打ちひしがれている。

 こういうこと?


「白石くん、大丈夫よ! 途中で行き倒れても、わたしがお店まで運んであげるから!」

 ぎゅっとコブシを握り締めそのあとに”まかせな!”と言うように親指を立て、ウインクしてみせた、が。

「さっきから何わけのわからないこと言ってるんだ。頭、大丈夫か?」

と心配される。

 どうやら的外れだったらしい。


──おかしいなあ?

 勘が外れるなんて。

 女の第六感って当たるんじゃなかったかな?


 唇に人差し指をあて、うーんと悩んでいると、

「百面相してないでいくぞ」

と腕を掴まれた。

「いざ出陣じゃー! 着いて参れ」

 どちらかと言うと、引きずられているが。

「何言ってんだよ、ほんと」

 彼が苦笑いをするのを見上げ、結奈はニコッと微笑む。

 奏斗は怪訝な顔をし、

「なんだよ?」

と問う。

「ふふ、白石くんやっと笑った」

 結奈がそう返すと、彼はやれやれという顔をしてふっと笑ったのだった。

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