3 彼の気持ち

「ごめん、それは出来ない」

 奏斗の返事に愛美はただ瞬きをした。


 どうしてなんて聞かなくても分かっている。そして彼がどんなに拒んでも、一線を越えてしまえば変わると思っていた。それは確信。

 だがその一線を越えさせるのもまた、難しい。

 強引さは命取りでしかないことくらい、愛美にも分かっていた。


「じゃあ、ドライブに連れて行ってくれる?」

「いいよ」

 嬉しいと抱き着けば、彼が困った顔をする。

 それは、愛美があまりにも薄着だったから。透けはしないものの、ピンクのキャミソールワンピース一枚のみ。もちろん、下着などはつけていない。胸元、肩、裾にレースのあしらわれた美しいデザイン。丈は膝上一五センチ、ショートパンツほどの丈だ。


 奏斗の理性を崩壊させるための作戦の一つ。

 彼はそれを知りながら、やめろとは言わなかった。

 自己の責任において、理性を保とうとする。マゾなのかしらと思いながらも、愛美は彼を挑発するだけ。もしもの時の覚悟ならとうの昔に出来ていた。


「あ……」

 肩ひもがはらりと落ちて、胸のふくらみが少し露になる。色白の愛美の素肌は月明りに照らされて、官能的に見えた。

 それでも理性を保つ彼が忌々しい。


──そうでもないか。


 奏斗が愛美の肌に釘付けになっているのを見て、満足気に笑みを浮かべる。愛美の視線に気づき、彼が顔を赤らめて腕で顔を覆った。もう少しズレれば見えてしまいそうなソレを、見たいと思った自分自身を恥じているのだろう。

 自分にも同じものがついているはずなのに。

 愛美は彼の手を取って自分の胸に押し当てる。良いのよ、欲望に従えばと言うように。彼の親指が感触を確かめるように、少し左右する。

 見たいと願うものが、その指の先にあった。それでも彼はソレを目の前にして、行動を慎む。

 

 目があえばスッと逸らす奏斗の耳元に唇を寄せ、彼の耳たぶを軽く噛む愛美。ぎゅっと目を閉じる彼が愛しい。


──能動的な奏斗にとって受け身で耐える性的な奉仕は、新鮮なのかもしれないわね。


「ドライブ、行こうよ」

 寸止めにして愛美は立ち上がる。

 ある計算を胸に。

「うん」

 奏斗のホッとした声にクスリと笑みを零しつつ、彼に背中を向けると肩紐を両指先でつまみ、左右に広げるとスッと離す。スルリとキャミソールワンピースが愛美の肌を滑り、ストンと床に落ちた。

 恐らく彼が露になった愛美の後姿を見つめているに違いない。

 そのまま愛美はクローゼットを開けると下着をつけ始める。プロポーションなら彼女、大川結菜に負けない自信があった。


──細いだけの貧相な彼女には負けないわ。

 必ず奪い返して見せる。

 

 キャミソールドレスを身に纏うと、その上からレースのボレロを羽織る。腰丈の華やかなレースがお気に入り。キャミソールドレスはシンプルな白の単色。萌え袖のほうが良かったかなと思いながら振り返ると、奏斗と目が合う。


「スタイル、いいでしょ?」

と問えば、

「ああ」

と戸惑った返事。

 それは見ていたと言っているようなもの。

 愛美は満足した。

「行こう」

 奏斗の前に立ち、手を差し出すと彼はその手を取る。

 欲情した瞳をそのまま受け止め、愛美は微笑む。


──奏斗は何を思うのかしら?

 早くわたしのものになれば良いのに。


 焦りは禁物だ。

 彼が拒まない限り、いくらでもチャンスはあるのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る