4 鋭い指摘と共感
「奏斗くんって、こういうの聴くの?」
目的の本屋からほど近い場所に洋楽のCDを扱っている店があった。一階は喫茶店、二階に洋楽専門のフロアを設けている。
外観は黒塗りの壁に格子状のガラス窓というお洒落で落ち着いた造り。一見しただけでは喫茶店にしか見えない。
『こんなところあるんだ』
と奏斗が驚いた顔をすると、結菜はどや顔で軽く数回頷く。
”反応の仕方が米のコメディの様だな”と思いながら彼女に続いて二階にあがった。
どこでもそうなのだろうが、商品はジャンルごと名前順に綺麗に陳列されている。中古だと、見やすさに関しては店ごとに違うだろう。
とは言え、ネット販売が主流になりつつある現状で古いCDを探すのは大変である。
「うん、ちょっと元カノの影響で」
言ってしまってから、まずかったなと思ったが遅かった。
結菜のイメージでは奏斗の元カノと言えば『美月愛美』であろう。
「あのさ、奏斗くん」
「うん?」
少しトーンを落とした彼女の声。
「前からすごく気になっていたことがあるんだけれど」
「なんだ?」
目的のCDを手に結菜の方に視線を向ける。
「奏斗くんが引きずっているのって、ホントに美月さんなの?」
ずいぶん踏み込んだ質問をしてくるのだなと思いつつ、
「それはどういう意味?」
と問う。
「だって、奏斗くんが美月さんを引きずっていて今でも好きだというなら、ヨリを戻せばいいだけだと思うから。美月さんは奏斗くんのこと好きなんだし。それができない理由って何だろうって……」
結菜はCDの棚を見つめたままだ。
「知ってどうする?」
「わからない」
正直な答えだと思った。
それがただの好奇心ではないということは伝わってくる。
奏斗はため息をつくとレジに向かって身体を反転させた。
「話してもいいけれど、ここで話すようなことじゃないな」
「わたしは、奏斗くんの力になってあげられる?」
「どうかな……」
自分が抱えているものを彼女に晒したところで現状は何も変わらない。それだけは言えるだろう。
「あ、あと。わたしもその曲好きだよ。映画で使われてた」
こちらを振り返った結菜。
「映画とか観るんだ」
「え、観るよね?」
呟くように言った奏斗に不思議そうな反応をする彼女。
「ごめん、そういう意味じゃない。洋画とか観そうになかったから。この曲使われていたのアクションだし」
CDのジャケットにチラリと視線を向け。
「あー……うん。小説を書こうと思って一時期いろんな映画を観たことがあるの。レンタルだけど」
結菜はお一人様だから映画館には行き辛いのだろうかと思いながら話の先を待つ。
「だから知ってる」
そこでふと思う。
「どんな小説書いてるんだ?」
「恋愛小説。だからミステリーとかアクションとかホラーをね……」
「なんで?」
何故恋愛小説を書くのにミステリーにホラー? と首を傾げる。
「ほら、なんていうか”リアリティ”を出そうと思ったらね」
恋人同士がイチャイチャしていたら壁が薄くてご近所トラブルが起き、その結果殺人事件に発展したらしい。
「恋愛小説だよな?」
恋人同士の片割れである彼氏が彼女の不在中に隣人に殺され、恋人を亡くしたその女性は自分を慰めてくれた男性と再び交際を始める。しかし再び事件が起き『連続殺人』として捜査が始まるらしい。
「そのはずだったんだけれど……人生何が起きるかわからないね」
「どうなるんだよ、その物語は」
「一応、犯人が捕まってめでたしめでたし」
「全然めでたくないぞ」
「刑事とくっつくし?」
”ずいぶん変わった物語だな”と奏斗。
「だから勉強のためにいろいろと映画を」
チョイスがおかしくないか? と指摘すると、
「恋愛はしたことがなかったから、観ても共感できないというか。憧れはする。でもピンとこないの」
人は自分が体験したことのないことは想像し辛い。どんなに名作だと言われていても、誰かを好きになったことのない人間に切ない想いなど理解できないだろう。
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