6 大好きな彼のために
結菜
1 合致しないイメージ
「何かしたいことある?」
”恋人の要望はなるべく叶えたいんだが”と奏斗は付け加えて。
それは結菜の家の前に停めた車の中で。
「もっと一緒にいたいなと思う」
奏斗が求めているのはきっと清らかな関係。
いろんなことを打ち明けてくれたのは、配慮を求めてではない。そんなことわかっている。
「じゃあ明日、午前の講義が終わったら昼飯食いに行こう」
「うん」
どことなく元気のない結菜に彼は不安そうな表情をした。それじゃ不満? というように少し首を傾げる。
「あの……」
「ん?」
「そういうのも嬉しいけれど。映画をね、一緒に観たいなって思うの」
「ああ」
奏斗はどうやら、結菜が”お一人様”のため一緒に映画に行けるような相手がいないのだと思ったようだ。
「なに観に行く?」
とスマホに手を伸ばす。
──こんなんじゃ、ちっとも伝わらない。
そういうことじゃないのに!
「違うの、奏斗くん」
「違う? デートしようって話?」
スマホの画面から顔を上げた彼は、”どこがいいの?”などと見当違いのことを口にする。
「もちろんデートも嬉しい。でも、そうじゃなくて」
「うん?」
「趣味を一緒に満喫したいなと思うのです。お菓子を食べながらオールナイトで映画を観たり、カラオケに行ったりとか」
「オールナイト……不健康極まりないな」
奏斗は眉を寄せた。
見かけは”チャラい”に分類され、遊んでそうに見えるのに、中身は非常に真面目な奏斗。結菜はそれを改めて認識した。
だがここで引くわけにはいかない。
奏斗は高校時代に”不健全”と言われる交際をしていたのだ。自分が”健全な交際”を教えてあげなければならない。たとえ”不健康”であっても。
これは自分に課せられた使命であり、ミッションなのだと思った。
「若者とは忍耐なのですよ、奏斗くん」
結菜が空気眼鏡をくいっとあげると彼は笑う。
「そして無謀で、先のことを考えず不健康まっしぐらに生きているものなのです。だから元気だし、笑う」
「それは主観?」
奏斗の質問の意図が分からず、しばし考え込んでいると、
「お一人様でそんな無謀なことしてきたのか?」
とさらに問われる。
「無謀なことを一緒にする友達くらいいた。と、言いたいところだけれど、高校時代のクラスメイトがそんな感じだったから」
「そっか」
”あ、まただ”と結菜は思った。
先ほど奏斗に『俺のこと好き?』と問われたときのことを思い出す。
あの時の彼の表情を。
壊れてしまいそうな儚い笑み。
見かけとは違い強くないことは知っている。
いや、むしろ脆い人なのだろうと感じていた。
「そういう顔するのは良くないと思います、人前では」
「へ?」
なんのこと? と結菜を見つめる奏斗。
「特に自分に好意を抱いている相手の前では」
「えっと?」
「確実に襲われます。萌えるので」
結菜が拳を固め決断力のポーズをキメると、
「は?」
奏斗は怪訝そうな顔をする。
「何言っているのか、マジでわからないんだが」
「いいですよ、わからなくても。そうやって無意識に女の子を虜にして侍らしていたわけですよね?」
「だから、あれはただの噂。してません、そんなこと」
”それよりも”と話を変える彼。
「オールナイトがご希望なら、うちに泊れば?」
「奏斗くんの家に?! だ、だ、だ、大丈夫なのですか? それは。親御さんとか」
意外な提案に動揺した結菜は”なんでそんな素っ頓狂な声出すの”と奏斗に笑われた。
「結菜はつまり、小中学生のお泊り会みたいな。そういうことをしようと言っているわけだろ?」
「小、中学生はオールナイトはしないと思います」
どうやら奏斗には結菜の考えている”健全な大学生”の夜遊びのイメージは伝わらないらしい。
「どっちにしろ、先日紹介しているし問題ないだろ」
”お菓子は太るから止めた方がいいぞ”と続けて。
結菜は先日会った奏斗の妹のことを思い出す。
『お兄ちゃんの趣味って……。可愛ければ誰でもいいの?』
恋人といって紹介されたのだが、彼の妹は明らかに呆れている様子。
後でその妹にどういう意味なのか聞いたところ、
『お兄ちゃんの連れてくる恋人って、全員系統違うし。みんな、お兄ちゃんの一体どこがいいの?』
と不思議そうに結菜を見たのだった。
──嫌われているとかじゃなさそうだけれど。
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