4 追い詰められながら
週末、自宅マンションの近くで待ちあわせをしていた。自分の
セキュリティはしっかりしているものの単身用の普通のマンションの一室に部屋を借りている。
奏斗の今の彼女である結菜がなんのために素性を隠しているのかわからないが、少なくとも自分は奏斗と結ばれるためであった。
奏斗は身分違いの恋など望まないだろう。身近にセレブの二人がいるなら尚更。
「家で待ってて良かったのに」
二泊三日の旅行。自分の目的は観光ではない。
彼が待ちあわせの喫茶店に姿をあらわす。スタイリッシュではあるが、いつも通りのラフな格好だ。
「待ち合わせはデートの定番でしょ」
と愛美。
その言葉に複雑な表情をした奏斗。
やはり恋人がいるにも関わらず、他の女性と”デート”は気が咎めるのか。
”倫理道徳、常識良識を重んじる”のが彼なのだと理解しても、尊重してあげられないほどに愛美は切羽詰まっていた。
「行こうか。荷物持つよ」
否定も肯定もしなかった彼が、手を差し出す。
「ありがとう」
『大川結菜とは仲が良いみたいだな。最近ではしょっちゅう一緒にいるところを目撃されている』
車内から景色を眺めながら海斗との会話を思い出す。
『それは何情報なの?』
『K学の裏掲示板』
K学園には裏掲示板なるものが存在することは愛美も知っている。
だが内容はクリーンな方だ。
サイトにインするには学生番号が必須。閲覧可能は中等部からとなっている。目玉はランキング。どんな方法で集計しているのか謎ではあるが、中等部の生徒会から大学部の学生会などで運営されているらしい。
誹謗中傷などは当然のことながら厳しく取り締まられている。
ランキングに写真が添付されるのは十八歳以上。
いじめなどを懸念し、それ以下は掲載されない。
奏斗は中等部時代からランキング常連だったようだ。写真が掲載されなければ当然、本人を直接見に行きたいという心理が働く。だが、K学園とは生徒の素行にも非常に厳しい。品の無い行動は慎まなければならない。
待ち伏せなどすれば生徒指導室や生徒会に呼ばれるが、そもそも待ち伏せ行為自体が違法である。
そのため同じ校舎なら拝見することが出来るが、校舎の違う者たちは学園祭などを活用するのだ。
『奏斗ってホント有名なのね』
『理由はそこのせいじゃないようだがな』
スマホでK学裏掲示板を見つめる愛美に海斗は言う。
『誰から告白されようがつきあわなかった。それで有名になったらしい』
『そうなの』
奏斗がモテるのは、”我こそは”心理によるもの。そういうことなのだろう。
人間はほとんどの者が凡人であるにも関わらず、いやだからこそ自分は特別なんじゃないかと夢を見る生き物。
そして夢が現実になった者がいるからこそ、夢が見られる。
つまりは前例として愛美という彼女ができたからこそ、拍車をかけたということなのだろう。
『大川結菜が誹謗中傷を受けるのは、ほとんどが妬み。だが妬みを産んでいるのは、あの恰好が原因だろうな』
ギャル系のファッションを好む彼女は露出度が高い。
裸で歩いているわけではないので注意されることもないが、やはり遊んでそうに見えることは間違いないだろう。
『美月がなんの被害も受けないのは”白石の元カノ”だということが知られていないから』
悪い噂しか聞かない彼が、なぜモテるのか謎な部分があったが海斗との話で納得した。
──噂を信じている人なんでほとんどいない。
何故なら、奏斗は”誰ともつきあわない”ことでも有名だったから。
『俺は応援はしないが、協力はする』
”美月はちゃんと向き合って終わりにすべきだ”と彼は言う。
『ただし、自分が元カノとバラせば味方もつく』
それはアンチ結菜が味方になることを示唆していた。
『それは望まないわ』
結菜がこれ以上嫌がらせを受ければ、奏斗の耳に入るのも時間の問題となるだろう。彼は結菜を見捨てたりはしない。
そんな人間だったなら、好きになったりはしなかった。
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