4 噛み合わない初デート

「何かあったの?」

 奏斗と連れだって駐車場に向かいながら、結菜が彼に問えば、

「何かって……何が?」

という謎の返答。

「ちょっと待って。そこが分からないから質問したと思うの」

「ん?」

 先ほどから会話が噛み合わない。

 奏斗は顎に手をやり、三秒固まった。


 考えた末なのだろう。

「いや、まず主語を言えよ」

と奏斗。

「えっと、美月さ……」

「ない」

 まるで名前を言われたくないかのように、途中で遮る奏斗。

 それは『あった』と言ってるようなものである。

「絶対嘘だ!」

と結菜。

 

 奏斗は車のキーを自分の車に向けると、

「何を根拠に嘘って言うんだよ」

と笑っている。

 そう来たか! と結菜は拳を握り締めた。

 どうやらこの件に関しては口を割る気はないらしい。

「じゃあ、なかったことにしてあげてもいいよ?」

と結菜。

「どうぞ」

 助手席のドアを開け、彼はその話にピリオドを打った。

 その塩さ加減に、結菜はぎょっとする。


──頑なだなあ。

 絶対何かあったよね?!

 美月さんも、あんなこと言ってたし。


 結菜は仕方なく助手席に乗り込み、シートベルトに手を伸ばす。

 運転席に乗り込む彼にチラリと視線を向け、結菜は固まった。

「なんだ?」

 その視線に気づいた奏斗と目が合う。

「あ、いや……なんか恋人同士みたいだなって」

「は?」

 結菜の言葉に奏斗が眉を顰める。

 先ほどから全く会話がかみ合っていない。

「さっきから、何を言ってるんだよ」

 奏斗は何が可笑しかったのか、くくくと肩を震わせ笑っている。


 エンジンをかけアクセルを踏みこんだ彼は、

「俺たちの関係は?」

と前を見たまま問う。

「一応、恋人」

と結菜。

「俺たちが目指しているものは?」

「え?」

 結菜はどういう意味だろうと奏斗を見つめる。


「結菜曰く、『我々は恋人らしくデートすること』が任務なんだろ?」

「任務って」

 何か不満でも? と問われ、

「言い方がロマンチックじゃない」

と不満を漏らせば、再び笑われた。


 何が食べたいか聞かれ結菜が洋食と答えると、奏斗は洒落たレストランの駐車場に車を停める。

 結菜は車から降り、ポカンとレストランの外観を見つめていた。

「どうかした?」

と奏斗。

「大学生はこういうところでデートはしないと思うの」

と結菜。


 レンガ造りの壁にはツタの葉が這い、洋風の白い窓枠がお洒落な……簡単に説明すると、お高そうなところである。

「出すのは俺だから、気にしなくていいよ」

 その言葉に結菜は奏斗を二度見した。

 K学園に通う生徒は確かにお金持ちの家庭が多い。彼もその部類なのだろうか? 確か彼は以前、うちは普通だよなどと言っていたが、そもそも彼の妹もK学生だ。普通なわけはない。


 だが現時点での問題はそこではない。

『大学生らしいデート』に主題がある。


「あのね、奏斗くん」

「なんだね、結菜くん」

 結菜が空気眼鏡を指でくいっとあげる仕草をするので、奏斗がその真似をした。

「我々、恋愛初心者のファーストミッションは『大学生らしいデートをする』ことだと思うの」

「飯食ってからでいいだろう」

と奏斗。

「いや。ちょっと待ってよ。ここ、絶対学生浮くから!」

 今度はチラリと奏斗が結菜の服装をチェックする。

「浮くのは、結菜だけだと思うぞ?」

 奏斗は落ち着いた格好をしていたが、結菜は露出度の高い服装だ。

 高校生に見えないこともない。


「少し、落ち着いた格好をしてみたらどうだ?」

 奏斗は自分の上着を脱ぐと、結菜に向けながら。

「こんなところに来ると思ってなかったし」

 若干涙目になりながらも上着を受け取ると、ありがたく羽織った。

 袖に手を通す時、ふんわりと甘い香水の香りが鼻先をかすめる。

「初デートなんだから、それなりのところへ行くだろう?」

「そんなこと言われても」

 結菜は差し出された手を握りながら。


「飯食ったら、服でも見に行く?」

 奏斗があまりにも自然なので、段々不安になってくる。

 自分はもしかしたら、妹のように思われているのではないか?


──会話も噛み合わないし。

 わたしなんだか場違いだし。

 美月さんならお似合いなんだろうなあ。


 奏斗を好きになり始めていた結菜は、心の中でため息をついたのだった。

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