5 奏斗の本音

 夜景の綺麗な場所で車を降りる。

 差し出された手を握ると、奏斗は一つ瞬きをして微笑む。

 最近見なかった表情に、ああそうかと思った。

「高校の頃を思い出すわね」

「そうだな」

 柵まで歩いていくと彼はそこに軽く腰かけて、おいでというように両手を伸ばす。その胸の中に大人しく収まれば、彼の両腕が腰の後ろに回る。


 優しい時間が流れていく。

 時が戻る。あの頃のように。


──奏斗はいつだって、手を繋ぐだけで嬉しそうな顔をした。


 二度と戻れないあの時間とき

 二人にとっての宝物。

 もし、変わらないままでいられたなら、この先の人生は一緒に歩いていたはず。どこからやり直したら、あの優しい時をもう一度過ごすことができるのだろう?

 奏斗の過去を全て知っているわけではない。

 結菜と付き合う前、何があったのか。


「愛美」

 彼が何かを決心したように愛美の名を呼ぶ。胸の鼓動は変わらないのに、彼は複雑な表情をしている。

「愛美が旅行先で何をしようとしているのか、俺は理解している」

 ”理解”という言葉選びがなんとなく引っかかったが、黙って話を聞いていた。

「愛美が別れた後も好いていてくれていたことは、素直に嬉しい。でも、俺はあの頃のままの俺じゃない」

 奏斗が伝えたいことがなんなのか。わかりそうでわからない。

 彼を縛っているものがなんなのか。理解しなければならないと思うのに。

「奏斗が言いたいことの意味が分からない」

「そうだね」

 どうしても直接的な言葉を口にしたくないように見える。

 それでも何とか結論を述べる、彼。

「俺は、もう誠実なんかじゃないんだよ。今の自分は愛美にはふさわしくない」


──誠実ではない?


 彼が何を言っているのかよくわからなかった。

 だが、ちゃんと考えないといけないと思う。きっと察してあげられることなのだろうと思うから。まったくわけのわからないことを口にするはずはない。


 奏斗との出会いは塾だった。

 当時も今も愛美は男性が苦手。男という生き物は、女性を見た目だけで判断し、愛の言葉に愛なんてない。それは性交をするための甘い囁き。騙されればリスクしかない。

 男とは種を撒きたがる生き物。それは本能だからしかたない。女性は自分で自分を守らなければいけないと思っていた。


 『白石奏斗』

 彼は制服からK学園の生徒だということは一目瞭然。

 K学園では、多様性の一環として染色が認められていることは知っていたが、それでも金髪でイケメンに分類される彼はどう見ても軽そうだった。

 もちろん、一ミリも信頼なんてしておらずしつこく交際を申し込まれ、断っていたものの『何もしないから付き合って欲しい』と言われ根気負けしたのだ。

 

 彼の見た目からモテそうだなと感じていた愛美は、当然”遊んでいる”人だと思っていた。経験豊富な彼は毛色の変わった子に手を出したかっただけなのだと。

 しかし実際付き合ってみると、まったくイメージと違った。

 派手な見た目からは想像できないくらい純真で誠実な人だったのである。


──誠実……。

 浮気なんてしていなかったと思う。


 交換したのはメッセージアプリのIDのみ。

 愛美は苗字さえ教えなかったのだ。

 連絡をすればすぐに返事が来たし、彼にとって愛美は初めての彼女だと言っていた。


「奏斗、あの噂は嘘なんでしょ? わたしは信じてない」

「噂?」

 愛美と別れてから”女遊び”をしているという噂が広がったのだとキャンパスで耳にしたが、もちろんそんなこと彼がするわけないと思っている。

「ああ……あれは。うん」


──”あれは”?

 

 言葉の選び方がいちいち引っかかるのは気のせいだろうか。

 あれ以外の何が本当だというのか。


「愛美は一途に想っていてくれたの?」

「だって……奏斗が探してくれたって聞いたから」

 一瞬驚いた顔をした彼の表情が曇る。何かを酷く後悔している、そう感じた。

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