3 その違和感

「あのッ……ありがとう!」

 嫌味な女子学生が去るのを見届け、結菜は愛美に駆け寄った。

 あまりに素直な反応だったからか、愛美は困った顔をして礼を受け取る。

「先に校門で待ってるから」

 愛美と一緒にいた男子学生二人は、彼女にそう声をかけると靴箱へ向かう。愛美はニコッと笑って頷いたようだった。

 一つ一つの仕草に品があり、洗礼された立ち居振る舞いにひるみそうになる。


「いいの。本当のことを言っただけだから」

と愛美は結菜に向きおると、そう言って微笑んだ。

 同性さえ魅了する美少女。先日と違うのは髪の色くらいだろうか?

「わたしが奏斗と別れる原因を作らなければ、こんな風に彼が悪く言われたりしなかったのよね」


──もしかして、美月さんって……。


 言葉だけなら自分自身を責めているようにも思えるのだが、結菜にはまるで宣戦布告のように感じてしまっていた。

 彼女が奏斗のことが好きなことは明らか。

 そうでなければ、そんなことは言わないと思う。

 したたかという印象を受けた結菜は、少し彼女を怖いと感じてしまっている。


「こんなこと言うのもどうかとは思うのだけれど。わたし、奏斗が好きなの」

 少し愁いを含んだ笑み。

 彼女の淡いピンクパープルの配色のロングフレアのワンピースに白のカーディガンという服装は女性らしさを感じた。それに引き換え、露出の高いギャルのような服装をした自分。

 奏斗は髪色こそ明るいが、スタイリッシュでお洒落だ。

 ストレッチパンツを好むのか、足は長く見えるし着合わせも上手い。

 つまり、愛美とお似合いに見えるということ。


「別れて欲しいの、彼と」

 あまりのストレートな言い方に、結菜は言葉を失う。

「奏斗は無責任なことはしないから、自分から別れるとは言わないと思うの」

 そうでしょう? という言うように、じっとこちらを見つめ返事を待っているように感じた。

 奏斗の意思を無視し、自分の気持ちを無視してその言葉に従うことはできない。彼はこの偽装の関係を継続したいと言ったのだ。

 自分に破棄したい理由がない以上、継続すべきだと思う。


──仮に二人が両想いだとしてもここで勝手に決めたら、傷つくのは奏斗くんだから。

 

 奏斗に対し、好意を持ち始めている結菜にはその選択は出来なかった。

 自分の手で傷つけたくはない。

 

「ごめんなさい。それは出来ません。わたしも奏斗くんが好きだから」

 正直な気持ちをぶつけてみる。

 ストレートな相手なら、回りくどいことは無しだ。

「そう。わかったわ」

 彼女は簡単に引いたのかと思った。

 しかし、

「だったら、取り返して見せるわ」

と言ったのである。

 その瞳に強い光をたたえて。


「結菜」

 流石に返答に困っていると、結菜は突然後ろから声をかけられた。

 先に気づいたのは愛美。

「奏斗……」

 彼女はじっと結菜の背後を見つめている。

 更に大変な状況になってしまったのかと動けないでいると、腕を掴まれた。

「遅くなって悪い。何かあった?」

 耳元で、優しい声。結菜は首を左右に振る。

 なにもないよと言うように。


「いつの間に知り合いに?」

 結菜の反応を見てから、愛美に視線を移す奏斗はやはり優しい人なのだと思った。偽りの恋人同士ではあるものの、愛美を優先したりはしないのだ。

「彼女……大川さんが絡まれていたから、声をかけただけ」

と愛美。

「そう」

と奏斗が抑揚のない声で答える。

 感情を込めない彼が、何を考えているのか読むことはできない。

「それじゃあ、また」

と靴箱へ向かう彼女を静かに見送る奏斗。

 結菜はそんな彼のことがとても心配になる。


──これじゃあ、まるで……。


 奏斗が今の恋人に悟られないようにしているように感じ、結菜は違和感を持った。二人の中は知っているのだから、そんなことはする必要はないのに。


「ねえ、奏斗くん。良かったの?」

「なにが?」

 結菜の問いにこちらに視線を移した奏斗は、とても不思議そうな顔をしたのだった。

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