3 想像が飛躍しすぎて赤面

 愛美はまさか自分の一言が奏斗に自分自身の気持ちと向き合うきっかけを与えているとは思わなかった。


「奏斗は婚前の性交渉を望まない人だった。誰よりもリスクを考えてる人に感じた」

「人は変わる」

 変わる? 

 無理矢理変えられたのだとしたら?

 いや、それは考えづらいだろう。

 少なくとも愛美から性的奉仕を受ける奏斗は、性衝動に走らない。


 今の自分は以前と違い誠実ではないと彼は言っていた。

 他の人とそういうことをした、という事実が『愛美とヨリを戻すという選択肢』から彼を押し留めているのだろうか?

 そうだとするならば。


──こんなこと言えば傷つくかも知れないけれど、わたしは奏斗の『初めて』が欲しいとは言っていない。

 別れていた間のことだもの。他の人とそういう経験をしたとしても責めることはできないし、口出しすることではない。

 それは、まあ、ねえ?


 愛美はなんだか複雑な心境になった。

 彼は、真面目過ぎて自分自身を許せないのだろうか。


「男なんてもんは、二種しかいない。本能に従うか、理性的かつ常識を重視して生きるか」

 大抵は後者だと、海斗。

 一部のイカれた野郎どもが目立ちすぎて、前者が多く見えるだけだと。

 モテたいと本能的はまた別の話。

「モテる奴もまた二種類。容姿だけで良く知らない他人に好かれるか、良く知るやつに人柄で好かれるか」

 前者は一見モテているように見えるが、その実態は『理想を押し付けられているだけ』なのだ。それに気づけば虚しさしか感じないだろう。


「白石は少なくとも、前者なんだろう」

 そして恋人の義姉に囚われた。そういうことなのだろうか。

「仮に理性的に生きていたとしても、与えられれば甘んじて受け入れる。そういうヤツはたくさんいる」

 奏斗はどうだったのだろうか。

「それが望まずして強制的に行われていたなら、壊れるか麻痺するか」


 愛のない行為を望まない奏斗がそれを強制されていたなら、自分が愛を教えてあげたい。その為には自分が……。

 愛美はその考えや選択が間違いだとは思わずに突き進もうとしていた。


「どっちにしろ、もう放っておいてやれよ」

「それはできない」

「白石には恋人がいる。自分で選んだというなら、その人が自分に必要だと感じたからじゃないのか?」

 海斗の言うことは正しいのかもしれない。しかし奏斗自身が愛美を拒まない以上、希望は捨てられない。

 味方をしてくれとは言わないが、理解は示して欲しかった。

「大崎くんに姫川くんが必要なように、わたしには奏斗が必要なの」

 愛美を説得しようと強い光を放っていたその瞳に陰りが差す。


 彼は少し考えるそぶりを見せたのち、

「それで悪化したとしても、か?」

と問う。

 報告書によれば、奏斗が二人と交際していた時期は被る。

 どっちも好きで二股をかけているとは考え辛い。

 何故なら、今だってそう。彼はそんな交際関係を望まない。

 良い方に考えるなら、何らかの理由があって二股をかけざるを得なかった。


 もしそうだとしたらどんな理由が考えられるだろう。

 可能性の一つ。何か弱みでも握られていた。


──弱みを握られ、渋々交際した結果、遊ばれたということ?

 女性なら考えられるけれど、それはどうなのかしら。

 これが偏見でしかないのはわかるわ。 


 人は変わる。

 ではその通りだとして、”姉と弟”と同時に付き合うだろうか?

 近しいからこそ逆にバレ辛いということはあるかもしれない。

 だが片方が事情を知っているという場合ならまだしも、どう考えても面倒になりそうだ。


──通常二股をかけようとするなら、普通はバレないようにするわよね?

 いくらなんでも姉弟と同時につき合うなんてクレイジーだわ。

 事実は小説より奇なりとは言うけれど。


 愛美はいろんな可能性を考えてみたが、どうもしっくり来なかった。


──まさか、姉弟と3P……。

 

 そこまで考えて愛美は顔を覆ったのだった。

「美月?」

「ちょっと変な想像をしてしまっただけ。大丈夫よ」

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