第2話:襲撃

 ビルバオ王国暦198年3月8日:ガルシア男爵家からダンジョン都市へ向かう途中の村


 襲撃は必ずあると思っているが、場所が確定できなかった。

 直ぐに戻れる領地の近くで襲ってくる可能性は低いと思うが、こちらがそう思う事を予想して、大人数で一気に襲撃する可能性も捨てきれない。


 そんな風に緊張し過ぎて来ては、片道5日もあるダンジョン都市まで神経がもたないかもしれない。


 多少気を緩めていい場所と、最大限の警戒をしなければいけない場所を考えながら道を行くが、馬車も通えないような辺境の道は危険な場所が多過ぎる。


 王都から大都市を繋ぐような主要街道は、馬車が行き交えるくらいの道幅があるが、辺境の村から村を繋ぐような道は人が行き交うのも難しい。


 特に獰猛な野獣が何時襲ってくるか分からないような、未開発地の森近くの村を繋ぐ道は、川に橋すら渡されていないのが常識だ。


 今も何時どこから獰猛な野獣が襲ってくるか分からない深い森に囲まれた道を、いや、獣道の周囲を警戒しながら歩いている。


 二度の疫病が流行る前なら、まだ村々の交流もあり、領主軍が道を巡回する兵士を出してくれていたから、細くても明らかに道と分かる状態だった。


 だが今では、領主が違う村との交流がほとんどなくなり、領主軍が道を維持するための兵士を出す事もなくなったので、道なき道を歩いている状態だ。


 今かろうじて維持されている道は、領主が王都に行くための道だけ。

 我が家は未開発地の猛獣が穀倉地域に入り込ませない役目があるので、王都に行く義務を免除されている。


 だから王都に向かう道はあまり維持整備されていない。

 それよりは五つの村を結ぶ道や、領地の周囲にある森に入って狩るをする為の道を優先的に整備維持している。


 だから領地からしばらくは整備された道があったが、他領に近づくほど道と言えるものはなくなり、獣道を歩く事になる。


 先祖代々が書き加えてきた家伝の地図の写しを持っていなければ、道が途絶してしまった時点で引き返さなければいけなかっただろう。


 この地図が無かったら、大周りになってしまうが、一旦王都方面に向かってからダンジョン都市プロベンサーナに行かなければいけなかった。


 未開発地の獰猛な野獣から穀倉地域を守る辺境地帯は、即応できるように在地が認められている子爵家や男爵家が多い。


 少数の伯爵家が子爵家や男爵家を束ねる為に置かれているが、建国から代を重ねる事で役目にふさわしくない者が後継者になっている。

 今回のマリアの件も、健国王の理想や精神が残っていたら絶対に起こらなかった!


 少し苦労して森を抜けると、そこは麦畑で、その先には小さな村があった。

 初日の宿に選ぶ予定だった辺境の村だったが、遠目にも雰囲気がおかしい。

 本来ならまだ畑仕事に精を出す時間なのに、村壁の外にある畑に誰もいない。


 獰猛な野獣が何時人を襲うか分からない辺境の村は、村人が籠城できる最低限の広さの防壁で囲まれている。


 いや、家の壁が防壁を兼ねているのだ。

 中央の水場を中心に、円形や四角形に村人の家に建て並べて中を守るのだ。

 

 防壁の中には1年分の収穫が保存され、夜には家畜が集められる。

 村の外には畑が広がっているが、村で対処できないほどの野獣に襲われた時には、大切な作物であろうと切り捨てるのだ。


 家畜さえ確保できていれば、畑の実りを食い荒らされたとしても、残された藁を家畜の餌にして乳や卵を手に入れ、森で狩りをして食つなぐのだ。


 そんなギリギリの生活をしている辺境の村が、野獣に襲われてもいないのに、陽のあるうちに畑にいない訳がない。


 人が畑にいたら現れないような野獣も、人がいないと畑の実りを食い荒らす。

 柔らかくて美味しい新芽を食い荒らそうとする。

 明らかに村に異変が起きている。


 俺は一瞬迷った。

 この村の異変の原因が、俺を待ち伏せする刺客の可能性があったからだ。

 一番安全な方法は、見つからないうちに通り抜ける事だ。


 何を決めるにしても正確な情報がなければ答えはでない。

 敵に見つからないように注意しながら、一旦森に戻って高い木に登る。

 村の低い防壁なら木の登っただけで中が丸見えだ。

 

「いやあああああ!」


 長年領地周辺の野獣を狩り続ける事で鍛えられた目が、家から逃げ出した娘を追いかける人相の悪い男を捕らえる。


 獰猛な野獣を相手に生きてきた辺境の村人を黙らせるだけの戦力。

 妻や娘を襲われても抵抗を諦めるしかない戦力。

 それだけの強さを持つ者か人数がこの村にはいる!


 だが、それでも、見過ごしにはできない。

 他領の民とは言え、ここで民を見捨てるような者に、ガルシアの家名を名乗る資格はない!


 敵は俺がこの村で宿をとる事を予測していたのだろう。

 待ち伏せしている事を悟られないように、刺客の見張りはいない。


 先ほど娘が大声出して逃げ出そうとした事で刺客達は警戒しているはずだ。

 刺客に命じられて俺が来るのを待ち構えている村人の顔が苦渋で歪んでいる。

 村の若い娘が襲われている事に耐えがたい屈辱を感じているのが分かる。


 そのような村全体の事を広い視野で確認しながら、急いで村に近づく。

 領地を荒らす野獣を狩り続けた生活は俺を超一流の猟師に育てた。

 野獣の気配に比べれば、人間の気配など手の取るようにわかる。


 村人の警備は、防壁唯一の入り口に集中している。

 十戸ほどの家に中には、押し殺したように蠢く気配がする。

 下種共が村の女を苦しめているのは明らかだ。


 問題は、この明らかな気配に隠れられる腕利きの刺客が潜んでいる可能性だ。

 村人を助ける為に命を賭ける覚悟はしたが、無駄死にする気はない。

 村人を助けて俺も生き残るのだ!


 羊の毛を編んで作った投石紐を振り回す。

 先ほどの出来事が俺に対する罠という可能性もある。

 だが、家の中で争う気配が激しくなっている!


 ドーン!


 俺の投擲した石が家の戸を激しく打ち鳴らす。

 先ほど娘が逃げだした事で、警備をさせられていた村人はとても緊張と怒りを高めていたので、例外なく音の鳴った家に意識と視線を向ける。


 俺はその状況を利用して更に距離を詰める。

 手練れの刺客がいたとしても、村に向かう俺から隠れる事は計算していても、怒りの籠った村人の視線から逃げきれない。


 ドーン!


 再度家に石をぶつけて、村の娘が殺されそうになっていると村人に想像させる。

 自分の気配察知と視界、村人たちの視線に注意して村に近づく。

 俺の死角にいようと、多くの村人からは隠れられないはずだ!


「娘が殺されるぞ!

 男なら娘を助けろ!」


「ウォオオオオ!」


 俺の声を聞いた村の若者の一人が、先ほど娘が逃げだそうとした家に飛び込んだ!


「マインを離せ、腐れ外道!」

「じゃかましいわ!

 邪魔すると皆殺しにするぞ!」


「ゴンザレス子爵の盗賊団だ!

 最初から皆殺しにする気だぞ!」


 二度も疫病が広まった頃に、悪辣非道な商売で偽物の治療薬や回復薬を売りつけたのが、商人時代のゴンザレス子爵家当主ゴンザーロだ。


 ゴンザーロの悪名は辺境の村々に鳴り響いている。 

 俺のハッタリではなく、本当に村人を配下の盗賊に襲わしたと思うだろう。


「「「「「ウォオオオオ!」」」」」


 今まで我慢に我慢を重ねていた村人が一斉に蜂起した。

 妻や娘を助ける為に、自分の家の戸を破壊する勢いで体当たりしている。


「ちっ、殺せ、皆殺しにしちまえ!」


 もう村人を利用するのは不可能だと判断したのだろう。

 娘が逃げだそうとした家から左二軒目の家からボスらしい奴の命令が聞こえた。


「領主軍だ!

 領主軍が助けに来てくれたぞ!」


 俺は更なるハッタリを口にした。

 一か八かの賭けだが、このままでは家の中にいる女子供が殺されてしまう。

 領主軍が応援に来たと知れば、殺す時間を惜しんで逃げ出すかもしれない。


「逃げろ、グズグズせずにすぐに逃げろ!」


 この村の領主とゴンザレス子爵がグルになっている可能性はなくなった。

 少なくとも、この村を襲っている連中は知らない。

 

 ギャッ!


 投石紐を使って強化された俺の投擲は、獰猛な野獣さえ一撃で斃す。

 盗賊や山賊程度が相手なら、急所の頭を外すことなく一撃で殺す!

 急いで家から逃げ出そうとする賊を次々と殺す!


「「「「「ウォオオオオ!」」」」」


 妻や娘、恋人を手籠めにされた村人の怒りは激しい。

 俺を騙すために武器を取り上げていなかった事が賊には禍いした。

 普通に戦ったら村人に負ける事はなかったのだろうが、俺が不意突いた。


 騙し討ちにしようとしていたのに、急に逃げ出さなければいけなくなった。

 逃げ出そうとした直後に、五人もの盗賊が即死させられた。

 村人以外の敵を警戒しなければいけなくなった。


 襲い掛かってくる村人を迎え討とうとしたら、俺の投擲で殺される。

 俺の投擲を警戒したら、村人に袋叩きにされる。

 生き残るためには、家に戻って女子供を人質にとるしかない。


「来るな、これ以上近づいたら女子供を殺すぞ!」

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