第16話:冬の襲撃

ビルバオ王国暦198年12月25日:ダンジョン都市プロベンサーナ


 伝え聞く話では、領地の開拓は着々と進んでいるようだった。

 初雪が降り、人の活動が制限されるようになったが、それでも労働傭兵達は木々の伐採を進めてくれているという。


 新たに送った孤児や寡婦もよく働いてくれているそうだ。

 お陰で領民達の未開発地開拓も予想以上早くに進んでいるそうだ。


 このまま順調に未開発地の開拓が進み、放牧地にでも使えるようになれば、軽騎兵なら一年ほどで六十騎確保する事ができそうだ。


 元々猟師として弓術に優れた者達だ。

 戦場で絶大な力を発揮する、騎馬弓兵六十騎を機動戦に投入できるとなれば、ゴンザレス子爵家や王都高位貴族の謀略も怖くなくなる。


 だが俺達の考えは、まだまだ甘かった。

 人間の命を塵芥のように扱う連中の考えを理解できていなかった。


 自分の放った者達が確実に殺されると分かっていて、何の罪の意識も持つことなく、使い捨てにできる者がいる事を理解していなかった。


 もう一つ愚かだったのは、今まで縁のなかった竜種の事をよく知らなかった事だ。

 冬季に使えなくなる事を知らなかった。

 強力な竜種が我が国で主力になっていない理由に考えが至らなかった。


 元々暑い地方に住んでいた軍竜種は、寒い所が苦手なのだ。

 多くの雪が降る我が国の冬は苦手で、暖かくした厩舎から出すと死んでしまう。

 秋までのように道なき道を駆ける事などできないのを知らなかった。


 敵は俺達が軍竜を駆って領地に戻れなくなる冬を待っていたのだ。

 雪によって領内の村同士が支援ができなくなる状態を待っていたのだ。

 傭兵ギルドの連絡網が十分機能しなくなる時を待ち構えていたのだ。


 敵は我が領への攻撃に千の賊と奴隷を投入してきた。

 五百人以上を収容できる本城に二百人弱の民、しかもその半数が孤児と寡婦という状況で襲い掛かってきたのだ。


 年が変わって本格的な冬が来て、深い雪のために移動もままならない状態で、ルチアーノは襲い掛かってきた。


 俺達の反撃で死んだ事にされ、父親であるゴンザレス子爵に激しく叱責され、賊として生きるしかなくなったルチアーノは速戦即決を選んだのだ。


 例年よりも早い大雪に交通網が寸断され、騎馬による伝令がとても遅れていた。

 父上が送り出した騎馬伝令は、通常の倍以上に日数がかかってダンジョン都市に辿り着くような状況だった。


 前回マスターアイザックに襲撃を事前に察知されたゴンザレス子爵は、情報の隠蔽と欺瞞に成功していた。

 本来ならその騎馬伝令が来てようやく俺達に知らせが届くはずだった。


 だが傭兵ギルドのマスターアイザックは、とっておきの連絡方法である伝書鳩網を我が家とダンジョン都市の間に作ってくれていた。

 カディス城が攻撃されているという知らせを持った伝書鳩が飛んできたのだ。


 連絡の遅れで俺の家族が殺されるような事があれば、アイザックの命を貰うという契約をしていて本当に良かった。


 だが全て幸運だったわけではない。

 伝書鳩がダンジョン都市に危機を知らせた時、俺達はダンジョンの二十九階にいたので、地上に戻ってきたのは二日後だった。


 急いで領地に駆け戻ろうとしたが、軍竜が使えない。

 深い雪でも軍馬なら何とか使えるが、道や草原地帯しか駆けさせられない。

 俺とマクシミリアンが領地に戻れたのは、賊に襲われてから七日後だった


 我が家の領内にいる軍馬も、三十センチ程度の積雪なら駆ける事ができる。

 農民が飼っている馬も何時でも軍馬に転用できる貴重な軍馬種だ。

 元の村で農作業をしていたのなら、直ぐにカディス城に駆けつけられた。

 

 だが主力になる男達は未開拓地で開拓作業をしているので、即日本城に駆けつけて助けることができなかった。

 だが本城から上げられる狼煙を騎士館から開拓砦に中継する事はできた。


 ガルシア男爵家の家臣でも領民でもない労働傭兵達は、緊急を知らせる狼煙に直ぐに気が付く事ができなかった。


 だが開拓地の外縁に拠点を構える騎士家の者は直ぐに気が付いた。

 彼らは即座に動き、労働傭兵達に動員をかけた。


 だが三十センチの積雪を行軍するのは結構厳しい。

 それに、援軍に駆けつけても、カディス城に入れなければ、積雪の中で野営しなければいけない。


 領民男性ならば、一晩不眠不休で雪中行軍しても耐えられる。

 だが主力が労働傭兵達で、十分な準備をしていない状況で援軍に向かったら、戦う前に全滅してしまう可能性がある。


 夜間の雪中行軍は生まれ育った土地であろうと危険だ。

 領民男性ならばともかく、領民の女性や子供でも死んでしまう可能性の方が高い。

 だから夜が明けるまでは準備に費やしていた。


 一方本城は必死の防衛戦いを展開していた。

 万が一に備えて弓矢と石を大量に備蓄していたのが役に立った。

 惜しむことなく矢と石を湯水のように使った。


 それは薪や炭も同じだった。

 最悪千人が一冬籠城できるだけの燃料が蓄えられていた。

 その燃料を使って熱湯を沸かして攻めて来る賊に喰らわした。


 父上は不眠不休で籠城戦を指揮された。

 もっと危険な初日の攻撃をなりふり構わない防戦で凌がれた。


 一方未開発地に労働傭兵達は、二日目の早朝に砦を出陣した。

 全ての未開地の砦から、冬を越すための準備していた食糧が持ち出された。


 騎士が代官を務める村に近い砦の労働傭兵達は、村に直行した。

 雪の所為で辿り着くまでに多くの時間がとられ、昼を大きく過ぎてしまっていた。

 仕方なく、翌日早朝から本城に向かうために準備と休息をする事になった。


 カディス城に近い砦にいた労働傭兵達を指揮する事になった、筆頭騎士の長男はどうするべきか悩みに悩んだ。


 辿り着くのが夕方近くになってでも二日目の内にカディス城に援軍に向かうのか。 

 まずは本城に近い二つの小城に入り、十分な休憩を取ってから他の労働傭兵達と共に三日目に援軍に駆けつけるのか。


 本城で指揮を執る父上は徹夜で翌日も指揮を執られていた。

 孤児と寡婦が半数を占める状態での防戦は厳しいものだった。

 

「私が欲しければここを攻めてきなさい。

 憶病で卑怯なお前に、私の前に現れる度胸などないでしょう。

 女子供よりも小心なルチアーノ!」


 ろくに鎧もつけていないマリアが、最も護りの堅い城壁の上で挑発したそうだ。

 愚かなルチアーノはその挑発に乗ったという。

 周りにいたお目付け役の制止も聞かず、全軍に突撃を命じたのだ。


 最初の勢いは凄いモノだったという。

 今までずっと後ろに隠れていた大ボスが先頭に立って突撃したのだ。

 賊も奴隷もその勢いにつられて城に攻め寄せたそうだ。


 だがその結果は散々だった。

 準備していた熱獣脂をマリア自らがルチアーノにかけたのだ。


 矢や石は金に飽かせて造らせた防御力の高い騎士鎧で防ぐことができる。

 熱湯であろうとある程度は防ぐことができる。

 だが発火している獣脂をかけられてはたまらない。


 さらに追い打ちをかけて、火のついた松明を投げつけられたら、ルチアーノは全身大火傷を負って、お目付け役に助けられる事になった。

 

 ルチアーノが大火傷を負って助けられるようでは、賊の士気も消沈する。

 千人の賊のうち半数が死傷して敗退する事になった。

 だがこの敗退がルチアーノの目付け役の危機感を煽った。


 このまま城を落とせないと、流石にもうゴンザレス子爵に処罰される。

 前回の失敗でルチアーノの腰巾着は全員処刑されたのだ。

 今回失敗して処刑されるのは、目付け役を任された自分だと追い込まれた。


 自ら剣を振るって敗走した味方を督戦した。

 臆病風に吹かれて再び攻撃するのを嫌がった奴隷の首を刎ねた。

 更に立て続けに二人の奴隷の首を刎ねた所で、賊が城に攻めかかった。


 賊軍と我が家の軍の死力を尽くした攻城戦が再開された。

 賊軍の半数は、賊に捕らえられて奴隷にされた元農民だった。

 ろくに食事も与えられていなかったので、直ぐに戦えなくなった。


 我が家の軍の半数は孤児と寡婦だった。

 十分な食事を与えられるようになって体力はついたが、戦いには不慣れだ。

 一晩不眠不休で戦い疲れ果てていた。


 悪事に慣れた賊は命懸けで戦う振りをしていたそうだ。

 もっと状況が悪くなったら他国にまで逃げる事も考えていたのだろう。

 目付け役の必死の督戦にもかかわらず、一進一退の状況が続いたと聞く。


 ここで筆頭騎士の息子が労働傭兵百を率いて現れた。

 なりふり構わず賊軍の背後から急襲した。

 賊軍は蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。


 目付け役が逃げる族や奴隷を何人斬っても無駄だった。

 散々悪事を重ねながら生き延びてきた賊には独特の嗅覚があるのだろう。

 目付け役の剣が届かない場所にいた大半の賊は逃げ散ってしまった。


 周りに誰もいなくなった目付け役は筆頭騎士の息子に討ち取られた。

 大火傷のルチアーノも捕らえられた。

 だがその時には、もう昼と日没の半ばを大きく過ぎていたそうだ。


 父上は援軍を城内に入れて守りを固められた。

 援軍の百兵も領地に慣れていない。

 追撃をして万が一にも逆撃を受ける事を避けられのだ。


 父上は筆頭騎士とその息子と三人で交代して仮眠を取られたそうだ。

 まだ十三歳に成ったばかりのニコラスに全軍の指揮は任せられない。

 

 翌日の昼、賊に襲撃されて三日目の昼に、二人の騎士に率いられた百ずつの労働傭兵が、未開発地に向かって左右にある騎士館から援軍に駆けつけてくれたそうだ。

 彼らは途中で逃げている賊をその場で斬り捨てて急ぎ援軍に来てくれたという。


 更にその翌日、賊に襲撃されてから四日目にも、二人の騎士に率いられた百ずつの労働傭兵が、未開発地に向かって左右にある騎士館から援軍に駆けつけてくれたそうだ。


 彼らは前日に駆けつけてくれた労働傭兵が滞在していた村、本村から近い左右にある村で十分な休息を取ってから援軍に来てくれたという。

 そして彼らも、逃げようとした賊軍を斬り捨てて援軍に来てくれていた。


 俺とマクシミリアンが本城に戻って来られたのは、更にそれから三日も経った七日後だったのだ!


 何の役にも立てなかった俺とマクシミリアンは猛省した!

 安全よりも金を選んだ自分達を内心激しく攻めた。

 

 猛省は大きな方針転換を決断させた。

 その激しい怒りをゴンザレス子爵に叩きつけた!

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