第17話:王城裁判

ビルバオ王国暦199年1月28日:王都ムルシア・王城ビーゴ


「ゴンザレス子爵!

 これはいったいどうした事ですか!?

 貴男が強硬に死んだと主張していた御子息ルチアーノがこうして生きている!

 生きているだけでなく、恥知らずにもまた宣戦布告もなしに我が家に襲い掛かってきたのですぞ!

 貴男が自分の息子を間違える訳がない。

 我が家への宣戦布告なしの襲撃は、貴男の謀略でしょう!」


「知らんな、全く私の与り知らぬ事だ。

 そこにいる男は偶々死んだルチアーノに似ているだけだ。

 死んだ息子に似ている者が行った恥知らずな行動を、私が責任を持たねばならぬ義理など何もない」


「父上!

 何を申されるのですか?

 私は父上に命じられたままガルシア男爵家を襲ったのですぞ!

 この期に及んで実の息子を見捨てて自分だけ助かる心算なのですか?!」


「ここにいるルチアーノ殿は本人だと言われているが、それでも偽者だと言い逃れるのですか?」


「無礼であろう、ガルシア男爵。

 確かに前回は愚かな息子ルチアーノが仕出かした恥知らずな行いであった。

 だから賠償もしたし頭も下げた。

 だがこの件は私とは全く関係のない事だ。

 関係のない事で、子爵の私が男爵如きに頭を下げる理由も賠償する理由もない」


「では、この者と賊はこちらで処刑しても構わないと言われるのですか」


「ああ、構わない、全然かまわない。

 ルチアーノは既に死んでいると貴公も認めたではないか。

 今更似ている者が現れたからと言って、私の責任にするのは止めてもらおう」


「父上!

 それは余りにも酷過ぎますぞ!

 私は父上の教え通りにやってきただけです!

 私の行いが悪だというのなら、それは父上の教えが悪だったのです!

 私が処刑されるのなら、父上も処刑されるべきではありませんか!」


「ルチアーノ殿はこのように申しておられますぞ」


「くどいぞ、ガルシア男爵!

 そのような卑怯者は我が息子ではない!

 煮るなり焼くなり好きにするがいい」


「おのれ父上、こうなったらもう父でもなければ子でもない。

 これまでお前がやってきた悪事の数々、全てぶちまけてやる。

 人身売買は勿論、国禁を破っての密貿易に数々。

 敵対する者は平民であろうが貴族であろうが暗殺してきた事。

 効果のない偽物の回復薬や治療薬を法外な値段で売っていた件まで、全て証言してやるから覚悟していろ!」


「おのれ偽者、これ以上偽りを口にする事は許さん!」


 ギャッキ!


「おっと、ゴンザレス子爵。

 大切な証人を勝手に殺してもらっては困りますね。

 それに、貴男のような腰抜けに大切な証人を斬らせるほど、ガルシア男爵家の騎士は弱くないのですよ」


「おのれ、陪臣騎士の分際で邪魔するな」


「よくやってくれた、マクシミリアン。

 今の言動を見てくださいましたでしょうか、国王陛下」


「……ああ、確かにこの目で見た。

 証人を殺そうとした事は非情に許し難い事だ。

 ゴンザレス子爵の子供を名乗る証人の言葉も信用できる。

 謹慎中にもかかわらず、一度目の恥知らずの行動を反省する事なく、二度も貴族にあるまじき卑怯な宣戦布告なしの襲撃をするなど許し難い。

 そのような者が余の家臣を名乗る事は耐えがたい。

 宰相、この者の叙爵を推薦したのは其方だったな?」


「私が不明でございました。

 もう二度とこのような事がないように誠心誠意務めさせていただきます」


「もうよい、もうその方に務めて貰う事は何もない。

 宰相を解任するから、死ぬまで王都に出てくるな」


「陛下、どうかお許しくださいませ。

 今度こそ心を入れ替えて務めさせていただきます!」


「その言葉は、前回その方がゴンザレス子爵を庇った時に聞いた。

 一度の失敗は許すが、二度目の失敗は許さん。

 ましてそれが余を欺き王国の政治を私する事であれば、絶対に許さん!」


「陛下、どうか、どうか、どうか今一度機会をお与えください。

 今度こそ本当に心を入れ替えてお仕えさせていただきます」


「そうか、よく分かった。

 近衛騎士団長!」


「はっ」


「この場でその者の首を刎ねよ。

 このまま領地に戻したら、今度こそ何をするか分からん。

 それこそ兵を挙げて余の首を狙ってくるかもしれぬ。

 近衛騎士団長が宰相の私兵ではなく余の臣下だと申すのなら、早く首を刎ねよ」


「……はっ」


「止めろ、止めないか、誰のお陰で近衛騎士団長に成れたと思っているのだ!

 お前がライバルを卑怯な手で罠に嵌めたのを見逃したやったではないか!

 恩知らずにも程があるぞ!

 ギャッ!」


「陛下、私はこれまでの責任を取って自刎させていただきますので、妻や子供には寛大な御処置を願います」


「分かった、命と引き換えにこれまでの悪行を妻子に負わせるのは止めてやる。

 ただし、爵位は下げるぞ。

 卑怯下劣な手段で得た爵位をそのままにはしておけないからな。

 但し、父祖代々の男爵は保証してやる」


「ありがたき幸せでございます」


「さて、ゴンザレス子爵。

 お前から子爵位を奪うのは確定している。

 後は罰金と賠償金を払う気があるのかどうかだ」


「払わせていただきます」


「ほう、素直に応じるのだな」


「応じなければ、この場で私を殺して全ての財産を奪う気なのでしょう?」


「よく分かっているではないか」


「それをなされないのは、私の財産が表に出ているモノだけではないと知っておられるからではありませんか?」


「その通りだ、余の事を暗愚な王だと思っていたようだが、思い知ったか!」


「はい、国王陛下の御聡明さには心から驚かされました。

 ですので、下賤な者は分相応にこそこそと生きさせていただきます」


「さようか、下賤な生まれであれば、卑怯下劣なのもしかたあるまい。

 もう二度と高貴な者の前に現れないと誓い、王家に対する罰金とガルシア男爵家に対する賠償金を支払うのなら、命だけは助けてやる」


「ありがたき幸せでございます。

 王家に対し奉りましては、この国にあります全ての財産と、それとは別に金貨十万枚を支払わせていただきます。

 ガルシア男爵家には前回と同じ金貨九千枚でいかがでしょうか?」


「ほう、金貨十万枚とこの国にある全ての財産か。

 ゴンザレス子爵領は、商業が発達してとても豊かだと聞いている。

 うむ、余はそれでよいぞ。

 ガルシア男爵もそれでよいな?」


「はっ、国王陛下の御裁可に心からの感謝を捧げさせていただきます」


「うむ、これからも余のために働くのだぞ」


「はっ、これまで通り国王陛下に忠誠を誓わせていただきます」


 ★★★★★★


「義父上、あの国王陛下は……」


「何も言うな、マクシミリアン。

 我がガルシア男爵家は代々サンチェス王家に忠誠を誓っている」


「国王陛下については何も申しますまい。

 ですが、今回急に宰相を処罰されたのは、これまでとは違う派閥が王城内で力を持ったという事でしょう?」


「私には、王城内の魑魅魍魎がどのような力関係を持っているのかなど分からん。

 今回の件も、お前達が世話になっている傭兵ギルドのマスターアイザックが事前に教えてくれていなければ、驚き慌てていた事だろう」


「義父上、これまでのガルシア男爵家ならそれでよかったでしょうが、これからはそう言っていられないと思いますよ」


「うっ、本当か?」


「はい、今回の件で王都の高位貴族に眼をつけられました。

 国王陛下にも覚えられたかもしれません。

 何かあれば利用しようとするでしょう。

 使い捨てできる兵隊として」


「……何とかなるか?」


「力をつけるしかないですね。

 力さえあれば、使い捨てされる事なく生き延びられます。

 逆に高位貴族や国王陛下から利を得る事もできるようになります」


「……単純な武勇なら、俺もディランも大抵の相手には負けない。

 だが交渉事はさっぱり駄目だ。

 その辺をマクシミリアンに任せてもいいか?」


「私も得意ではないですが、義父上や義兄上よりはやれると思います。

 ですが、交渉や謀略を成功させるための情報網がありません。

 情報網は今日明日で作り出せるようなものではありませんから、傭兵ギルドのマスターアイザックを頼らなければいけなくなります。

 そうなると、マスターアイザックの要求もある程度は聞かなければいけなくなりますが、それでも宜しいですか?」


「構わない、というか、それも分からない。

 情報の大切さは、今回の件で嫌というほどわかった。

 狼煙や騎馬伝令だけではどうにもならない事も実感した。

 伝書鳩の育て方は教わったが、それが使えるのも領地とダンジョン都市だけだ。

 他にどうすればいいのか全く分からない。

 全てマクシミリアンに任せるから。

 それと、ディラン事を頼む」


「お任せください、義父上。

 義父上の代で子爵に陞爵させ、義兄上の代で伯爵に陞爵させてみせます」


「いや、別に陞爵させなくてもいから。

 家臣領民が幸せに暮らせるようになったらそれでいいから」

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