第18話:新領城計画

ビルバオ王国暦199年2月4日:ガルシア男爵領・カディス城


「何故お兄様が残られて、マクシミリアン様が王都に行かれるのですか?!

 もし誰かがどうしても父上と一緒に王都に行かなければいけないのなら、後継者であるお兄様が行かれれば良いではありませんか!

 その方が王都の権力者の方々と顔を繋げるのではありませんか?!」


「マリア、マクシミリアンと一緒にいられなくて腹が立つのは分かるが、俺に八つ当たりするのは止めてくれ。

 その件に関しては、マクシミリアンがちゃんと説明していたではないか」


「ええ、父上とお兄様が頼りにならないから、仕方なくマクシミリアン様が王都について行ってくださるのですわよね!」


「くっ、マリア、俺の心をこれ以上抉るのは止めてくれ。

 俺もちゃんと勉強しているのだ。

 少しでも早く正当な交渉や悪辣な謀略も覚えるから、それまでは待ってくれ」


「でしたら、もっと急いで覚えてください。

 覚えられないのでしたら、私が王都に行くのを許してください。

 私が王都について行くのを応援してくださっていたら、ここまで申しません」


「マリア、俺も父上もマクシミリアンも、意地悪で王都に行ってはいけないと言っている訳ではないのだよ。

 王都にはゴンザレス子爵よりも悪逆非道な高位貴族がいるのだ。

 愛するマリアをそんな危険な王都に行かせるわけにはいかないのだよ。

 マクシミリアンもそう言っていただろう?」


「そのような事、分かっていますわ!

 でも、王都には、とても奇麗な御令嬢方がいると聞いております。

 そのような令嬢方が、マクシミリアン様に目をつけない訳がないのです。

 もし、もしマクシミリアン様が他の御令嬢に誘惑されるような事があれば……」


「いや、あのマクシミリアンが、噂に聞く派手な化粧をした尻軽の令嬢に誘惑される訳がない。

 マクシミリアンを信用しないと本当に愛想を尽かされてしまうぞ」


「お兄様の馬鹿!

 私の気持ちはお兄様には分からないのです!」


「あ、おい、こら、ちょっと待て」


 参ったな、マリアを怒らせてしまった

 最初にマクシミリアンと比べられて苛立っていたのかもしれない。

 マリアがフェリペに婚約破棄されて以来、心配性になっているのを忘れていた。


 だが、幾ら頼まれても、危険な王都にマリアを行かせるわけにはいかない。

 これは家族全員の総意だ。


 一連の騒動でマリアの事はとても注目されている。

 王都の腐れ高位貴族共が、遊びで襲い掛かってくる可能性が高い。


 そんな所に、百人程度の労働傭兵しか戦力のいない状態で行かせられるか!

 マリアには可哀想だがマクシミリアンが戻って来るまで我慢してもらうしかない。

 どれほど長くかかっても、夏までには帰ってくるだろう。


 いや、最悪の状態を覚悟しておかなければいけないな。

 マクシミリアンが言っていた、王都に屋敷を持てと言われた場合は、二人の内のどちらかは残らなければいけなくなる。


 父上達が何時領地に戻って来られるかは分からないが、それまでに俺は俺のできる事を精一杯やる。

 家族で話し合った事をやり終えておくのだ。


 何時また誰が襲ってくるか分からないので、未開発地の開拓は中止して領城カディスの防衛に戦力を集中する。


 だが、冬季には周囲一面に三十センチ近い雪が降り積もるこのカディス城に、四百もの労働傭兵は必要ない。


 敵が積雪の多いこの時期に野営しようものなら、戦う前に凍死してしまう。

 城を攻撃しようとして俺達に冷水を掛けられたら、一晩で肺炎になってしまう。


 孤児や寡婦しかいない前回のような状況だったら、千を越える歴戦の軍勢を率いて襲い掛かって来られたら城を守り切れないかもしれない。


 だが、未開発地の開拓に行っていた騎士や領民の男手が戻って来てくれているから、例え相手が二千の軍勢であろうと撃退してみせる。

 それは正規の騎士団であっても同じだ。


 これは本城であるカディス城だけに限った話ではない。

 騎士館を兼ねている四つの村を護るための小城も同じだ。

 名人級の猟師達が居てくれれば、相手が正規騎士団であろうと城を守り切れる。


 だから、余剰戦力である労働傭兵達には別の役目を与えた。

 未開発地の木々を大量に伐採してもらうのだ。


 今までの開拓と同じように見えるが、目的が違う。

 今回の伐採は、新たな城を造るための伐採だ。


 領都領城になっているカディスは、他の貴族家に狙われたら、いきなり襲われてしまう立地にあるのだ。


 これまでは同じ辺境貴族が味方で、敵は未開発地の猛獣達だった。

 だがこれからはこれまで味方だった貴族が敵になる。

 それも王都で権力を振う高位貴族を警戒しなければいけないのだ。


 カディス城は貴族に対する前衛拠点にする。

 これまであった四つの村、小城も同じだ。

 新たな新城を護るための盾になってもらう。


 家族や家臣領民を護るための城は未開発地の奥深くに築く。

 そのためには農地を広げるのは後回しだ。


 カディス城に残った代々の領民達もそれを前提に動いていた。

 薪や炭、自然の恵みを得るために残していた森林を伐採した。

 今のカディス城の外側に新たな防壁を築くのだ。


 最初は地面に突き立てた丸太だけの防御力しかない。

 だがその丸太防壁を三メートルの間隔で並べ、その中に防壁外側の土を掘って放り込み固めれば、厚さ三メートルの大城壁となり、深く広い空堀もできる。


 王都のビーゴ城のような、総石造りの立派な防壁などは造れない。

 土を叩いて固めた土塁と変わらない防壁だ。

 最初から側防塔や張り出し櫓など望むべくもない。


 だが、見た目の威容など必要ない。

 家臣領民を護れる防御力さえあればいい。


 だが、それだけの防壁を造るとなると一年二年では不可能だ。

 何より今ある農地をその面積分破壊しなければいけなくなる。

 しばらくは一重の丸太防壁だけで凌ぐしかない。


 それに、未開発地に築く新城が予定通り完成すれば、丸太防壁すら不要になる。

 今のカディス城で二三日敵を防ぐことができれば、左右の小城からは勿論、未開発地の新城からも援軍が駆けつけられる。


 問題は援軍の質と数だ。

 個の戦闘力に劣る労働傭兵が五百では少な過ぎる。

 少なくても千、できれば二千は欲しい。


 王都の高位貴族、侯爵級が領民を動員して攻め込んで来るとしたら、騎士が五十、領民兵が二千はいるだろう。


 いや、傭兵や奴隷を集めたら五千を超えるかもしれない。

 それだけの敵から家臣領民を護るには、兵力は多ければ多いほどいい。


 どれほど個の武勇が秀でていようとも、一人の人間は一ケ所にしかいられない。

 五軍に分かれて五つの城に襲い掛かって来られてしまったら、四つの城が攻め落とされてしまうのだ。


 全ての城に千の兵が襲い掛かってくるのなら、全ての城に四百の兵を籠城させ、攻城戦三倍の法則に従って守り切らなければいけない。

 だがそのためには、労働傭兵二千を安心して雇えるだけの軍資金が必要だ。


 マクシミリアンならゴンザレス子爵から莫大な賠償金を奪い取ってくれると思うが、ゴンザレス子爵には王都の高位貴族達が味方に付いている。

 全く何も手に入れられなかった時の事も考えておかなければいけない。

 

 マスターアイザックの言う通り、またダンジョン都市に常駐して軍資金を稼いだ方がいいのだろう。


 俺やマクシミリアン、父上であろうと、正規の訓練を受けた完全武装の騎士を相手に無双はできないと思う。

 

 堕落した貴族や世襲騎士が相手なら、立て続けに斃せるかもしれないが、平民からの叩き上げ騎士が相手だと、苦戦する可能性すらあるのだ。

 一騎二騎なら斃せても、三騎同時に襲い掛かっていたら厳しい。


 そんな叩き上げ騎士を含んだ敵が、五軍に分かれて侵攻してきた場合を考えれば、俺やマクシミリアンが残る五百兵よりも、俺達が居ない二千兵の方がいい。

 問題あるとすれば、信用できる傭兵が二千もいるかどうかだ。


「兄上、マリア姉さんが出て行かれてしまいました!」


 お転婆が!


「俺が連れ帰る!

 ニコラスは城の指揮を取れ!

 騎士達の言う事をよく聞くのだぞ」


「はい、兄上!」

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