第15話:婚約と結婚
ビルバオ王国暦198年10月14日:ダンジョン都市プロベンサーナ
「おい、聞いたか、農地は夜の間も番人が立たないと、畑の作物が食い荒らされて、何の収穫も手に入れなくなるそうだぞ」
「なんだと?!
それじゃあ自分だけで農地を手に入れてもしかたがないだろう」
「そうなんだ、少なくとも一人は夜に畑の番をしてくれる男手が必要になる」
「家族をここに連れてきている奴はいいが、俺は天涯孤独だぞ」
「それは俺も同じだ。
ここの騎士家の人達は、他領の騎士家から嫁を迎えればいいと言っていたが、騎士家出身の嫁など怖くてもらえないぞ」
「それは俺も同じだ。
何が哀しくて、やっと手に入れた土地で嫁の尻に敷かれたいものか!」
「尻に敷かれるくらいなら我慢できるが、下手すりゃ殺されるぞ」
「なんだそれは?!」
「俺達は喰うや喰わずの傭兵だぞ。
そんな所に好き込んで嫁いで来る騎士家のお嬢様などいる訳がない。
嫁いできた途端に毒殺されて、やっと手に入れた土地を、騎士家の令嬢とその恋人に奪われて終わりだ」
「だったらどうしろと言うんだよ。
未開発地の開拓を諦めて、小作農に成れと言うのか?」
「いや、そうじゃない、そうじゃないんだ。
身の丈に合ったところから嫁を迎えればいいと言っているんだ」
「身の丈に合った所?
同じ労働傭兵の妹や娘を嫁に迎えろと言っているのか?
確かに同じ労働傭兵を家族にできれば、夜の見張りの問題は解決する。
未開発地の開拓も倍以上の速さで進むだろう。
だがそれじゃあ、開拓資金は何とかなっても、騎士になるための資金がどうにもならないだろう?」
「いや、何も持っていない同じ労働傭兵の家ではなく、人手も家畜も経験も持っている、ここの農民から嫁を貰うんだよ」
「ここの農民て、そんなに恵まれているのか?
俺がいた領地では、家畜なんて一部の富農しか持っていなかったぞ?」
「ここの農民は、領主様に納める為に、家畜を持つことが許されているんだ。
生まれた子供の半分は税として納めないといけないが、全ての農民が馬二頭牛四頭、山羊や羊、豚をそれぞれ十頭飼っている。
持参金として家畜を持って来てくれれば、軍馬を手に入れる事ができるんだ」
「馬鹿な事を言うな。
お前は本当に何も知らないな。
軍馬と農耕馬は全然違うんだよ」
「馬鹿で何も知らないのはお前だ、もっとちゃんとここの事を調べろ。
ガルシア男爵家は軍家だそうだ。
未開発地の猛獣を王家の穀倉地帯に入れないように、常に戦いに備えている。
農民が飼っている馬も、貧弱な農耕馬ではなく、雄大な軍用馬だそうだ。
それもある程度軍馬としての調教を終えた馬だそうだ」
「え、それは、農民が軍馬の調教ができるという事か?」
「ああ、そうだよ、それくらいの事はできるのだそうだ」
俺は知らなかったのだが、労働傭兵達も色々考えていたそうだ。
だが彼らの野望が叶う事はなかった。
彼らは我が家の領民達の実力と気持ちを分かっていなかった。
ダンジョンの低層で苦戦するような労働傭兵の戦闘力など、代々未開発地の猛獣と戦い続けてきた、我が家の農民の足元にも及ばないのだ。
何よりずっと協力して生きてきた領民の結束は、昨日今日領地にやってきた労働傭兵が入り込めるようなものではない。
幼い頃から村の誰と誰が結婚するのか決まっているのだ。
ガルシア男爵家には家臣領民を大切にするという家訓がある。
俺のような未熟者は思い至らなくても、父上は直ぐに考えつかれた。
領民達に、どれほど忙しい状態であろうと、何年何十年かかろうとも構わないから、頑張って未開発地を開拓するように言われたそうだ。
騎士家とは別に領民にも開拓予定地があてがわれた。
直ぐに開拓する必要のない、領民達のために残された開拓予定地だ。
領民達には、税として納める小麦畑での農作業は勿論、軍役や労役で負担しなければいけない、我が家の直轄領での農作業や家畜の世話がある。
ガルシア男爵家の小作農五十余家は、騎士家になれるほどの農地を直ぐに開拓できるわけではない。
だがそれでも、縁も所縁もない、傭兵ギルドのマスターアイザックが推薦し、俺とマクシミリアンが面接しただけの労働傭兵よりは、遥かに信用できる。
代々働いてくれてきた彼らが全員騎士となってくれれば、ガルシア男爵家は五十五騎以上の騎士家を家臣に持つことができる。
この国でそれだけの騎士を抱えているのは伯爵家以上しかない。
いや、伯爵家でもよほど豊かな家に限られる。
大抵の伯爵家は、領民兵はいても騎士が少ないのだ。
六十騎近い正騎士とその家族が騎士として戦える。
防衛戦に限れば百八十以上の騎士が戦える。
相手が侯爵家でも負ける事はないだろう。
少々の無理をしてでも、信用できる領民は騎士に取立てたい。
だが税を安くする事はできない。
これまでの事を考えれば、領民全てが数年籠城できるだけの備蓄が必要だ。
最悪の場合、全ての領民が騎士になってしまうと、新たな小作農が見つかるまで、税収が激減する可能性もある。
軍資金があったとしても、今回のように敵対する相手が強大な権力を持っていたら、兵糧を買い占められてしまう事もありえるのだ。
絶対に自給自足できるようになっておかなければいけない。
全ての騎士や領民を軍役動員しても、数年無収穫でも籠城できる備蓄を、領民達が騎士になる前に蓄えておかなければいけない。
領主としての強権を発動すれば、領民の家族を小作農として残す事もできるだろうが、これからも忠誠を期待する者にそんな事は言えない。
だがここで俺が連れてきた孤児と寡婦が役にたった。
領民が開拓に力を使う分を、孤児や寡婦が代わってくれたのだ。
寡婦が働けなくなる頃には、孤児が一人前の農民になってくれるだろう。
領民は村ごとに助け合って未開発地を開拓するそうだ。
最初に材木を伐採するのは労働傭兵と同じだ。
違うのは伐採した丸太で建てた砦の中で家畜を飼う事だ。
切株が残っていても、木々を伐採した日当たりのいい場所には雑草が生える。
雑草さえあれば山羊や羊、馬や羊を飼うことができる。
家畜を屠殺しなくても、食肉は野獣を狩って手に入れられる。
家畜に比べればとても獣臭くて筋張っているが、香草や香辛料を使えば食べられないほど不味いわけではない。
未開発地の木々を伐採して一年経てば、農地の収入がなくても、増えた家畜から羊毛や乳製品を作った収入がある。
雑草で養え切れない家畜を屠殺するならその分の収入もある。
小作地と違って全ての収入が自分達のモノになるのだ。
小作地の三分の一しか収穫量がなくても十分生活していける。
一年二年では難しいが、四年かけて軍馬を調教すれば金貨九十枚になる。
金貨九十枚もの収入があれば、我が家と同じように労働傭兵を雇って一気に未開発地を開拓できる。
「ふむ、義父上は流石だな。
代々辺境の地を守り続けられた男爵家の当主にふさわしい方だ」
「ああ、その通りだ、俺とは大違いだ」
「ディランは何を言っているのだ?
まさか僻んでいるのではないだろうな?
若年の我らに至らぬところがあるのは当然だろう?」
「それはそうだが、もう父上を超えられたと思っていたのだ」
「俺にも覚えがあるが、若年の我らは血気盛んで攻撃的なのだ。
義父上達は背負うモノの重さを知るだけに、考えが守勢に成られるのだ。
そこに能力の上下などない」
「マクシミリアンがそう考えられるのに、俺はまだそのようには考えられない。
それが無性に腹立たしいのだ!」
「ワッハハハハ、俺達の歳で二年の差は大きいのだよ。
ディランは十八、俺は二十、その差だよ」
「追いつく、絶対に追いついてやるからな!」
「楽しみに待っているよ、兄上」
「やかましい、まだ義兄弟になったわけではない!
年上のマクシミリアンに兄上と呼ばれると馬鹿にされた気がする!」
口ではそう言ったものの、もしマリアとマクシミリアンの婚約が解消されるような事があれば、今度こそマリアは立ち直れなくなるだろう。
まあ、短い付き合いだが、マクシミリアンの性格は分かっている。
マクシミリアンなら、よほどの事がない限り不義理はしない。
実家から跡を継げと言われても、我が家との約束を優先してくれる。
心配があるとしたら、実の兄弟が放つ刺客だろう。
マリアのために、我が命を盾にしてでもマクシミリアンを護らなければいけない。
いや、マクシミリアンの命を奪う相手は刺客だけではない。
ダンジョンの魔獣も危険だ。
マクシミリアンは楽々狩れるようになった深層の魔獣ではなく、三十層より下の深々層と呼ばれる所にいる魔獣を狩りたがっている。
俺も強力な魔獣を狩ってみたい気持ちはある。
だがそんな冒険心は抑えなければいけない。
冒険をしたくて家を出たと言っていたマクシミリアンにも、危険を伴いような冒険は抑えて貰わなければいけない。
「おい、マクシミリアン、将来の兄として言っておくぞ」
「おう、聞いておこう」
「妹を不幸にする事は絶対に許さない。
地位や名誉よりも冒険が好きで家を出たのだろうが、好奇心を優先してマリアを寡婦にしたりしたら、この世の果てまで追いかけて殺す!」
「……マリア嬢にプロポーズした責任はとらなければいけないな。
自由気ままな生活もこれで終わりか。
次に好きにやれるのは、跡継ぎが一人前に成ってくれてからになるのか……」
「何勝手な事を言っている!
お前が自由気ままな生活に戻る前に、子供に自由気ままな生活をさせてやれ!」
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