第14話:未開発地開拓
ビルバオ王国暦198年10月14日:ガルシア男爵の未開発地砦
俺達は一度領地に戻って派遣されてきた労働傭兵の見極めをした。
マスターアイザックの言っていた通り、強さよりも心根の良さを優先した人選で、ある程度安心する事ができた。
槍と予備の剣、最低限の防具を自前で持っている労働傭兵が五百人。
彼らを五つの部隊に分けて百人編成とした。
百人隊と命名した彼らに与えた最初の仕事は、未開発地に砦を築く事だった。
村の騎士館になっているような本格的な石造りの小城ではない。
切り出した丸太を地面に突き刺した防壁しかない砦だ。
丸太の防壁の中には同じように丸太で組んだ家しかない。
だが太い丸太で組んだ家は野獣の襲撃を防ぐことができる。
野獣の襲撃が活発になる夜に安心して眠れるだけで、日中の開拓作業がとても楽になり、開拓がとても早くなるそうだ。
労働傭兵と一緒にやってきた孤児と寡婦は、ガルシア男爵領に元からあった四つの小城と、本城であるカディス城の住む事になった。
孤児と寡婦には約束通り安全な仕事をしてもらう事になっている。
藁で縄や筵を作ってもらうのは勿論、害獣を追う事もしてもらう。
別に命懸けで猛獣と戦ってもらおうというのではない。
実った小麦や大麦を喰い荒らす小鳥を追い払ってもらいたいだけだ。
追い払う者がいないと、小鳥が大切な穀物を喰い尽くしてしまうのだ!
棒切れを振り回して小鳥を追い払ってくれるだけで収穫量が全く違ってくる。
最初は小鳥を追い払うだけだった孤児や寡婦も、村の女子供が投石紐を使って小鳥を落とし、食料にしているのを見れば自分達もやりたいと思うものだ。
公平に与えられる大麦粥や野獣肉で飢えは凌げても、少しでも多く食べたい。
少しでも美味しいモノを食べたいと思うのが人間だ
自分で狩った小鳥は自分だけで食べられると知れば、必死にもなる。
辺境に住む農民の大半が、狩りの名人でもある理由はそれが原因だ。
領主が命じる量の小麦を税として納め、武役や労役を果たそうと思えば、自分達が食べる大麦を作れる量は限られてくる。
税のために作っている小麦は、絶対の野獣や鳥に喰われるわけにはいかない。
連中を追い払うだけでなく狩る事ができれば、肉を手に入れる事ができる。
その分大麦の収穫量が減っても生きていける。
野獣や小鳥の害が少ない王家の穀倉地帯では、野獣肉や鳥肉は手に入らない。
その代わり面積当たりの大麦収穫量は多い。
その大麦から作るエールと大麦粥が王家穀倉地帯農民の栄養源だったりする。
労働傭兵が未開発地の木を伐採してくれるので、大量の材木が手に入る。
数年かけて水分を飛ばして薪として使う事もできるし炭にする事もできる。
また他家に襲撃された時の事を考えれば、燃料の備蓄は多ければ多いほど良い。
未開発地には人間など恐れない獰猛な野獣が多い。
労働傭兵が木々の伐採をしていれば当然襲ってくる。
それでも五人一組十人一組の労働傭兵を喰い殺すのは難しい。
大抵は襲ってきた野獣の方が殺される事になる。
狩った野獣は当然解体されるのだが、少しでも価値を損なわずに解体しようと思えば、村人か孤児や寡婦にやってもらわなければいけない。
孤児や寡婦にも毎日大切な仕事が来る事になる。
労働傭兵が怠ける事なく命懸けで働くのにも理由がある。
報酬を貰いながら未開発地を開拓して農地にできれば、小作人としてガルシア男爵領に残る事ができるのだ。
労働傭兵達は、ダンジョン都市の傭兵としては三流である事を理解している。
浅層の低級魔獣ですら命を賭けなければ斃せないのだ。
まして怪我をしたり歳を取ったりしたら、その日の食事にも困る事になる。
そんな労働傭兵にとって、小銭を貯めた状態で小作人になれるのは、とても美味しい条件なのだ。
中にはもっと大きな夢を持っている労働傭兵もいた。
報酬を貰う事なく、自分で開拓費用を負担して未開発地を農地にできれば、ガルシア男爵家の騎士になれると言われたのだ。
傭兵ギルドのマスターアイザックだけでなく、ガルシア男爵家の嫡男である俺も皆の前で断言した。
彼らがサインした書面にも条件として書いてある。
決して楽な条件でない事は彼らも分かっている。
未開発地の木々を伐採するだけでも命懸けなのだ。
自費伐採だから食糧も自分で購入しなければいけない。
騎士家として生きて行くならば、最低でも九ヘクタールの農地が必要だ。
今装備しているような革鎧ではなく、騎士用の完全鎧を購入しなければいけない。
鎧だけでなく、軍馬も購入しなければいけない。
完全鎧は中古の安い物でも金貨百枚は必要になる。
軍馬もどこか問題のある奴でも金貨九十枚は必要だ。
何より三流傭兵に騎乗技術もなければ調教能力もない。
「なんだ、そんな事を気にしていたのか?
全て農地を開拓して自作農の権利を手に入れれば済む事だ。
軍馬と鎧さえあれば騎士を名乗れるのなら、嫁のなり手はいくらでもいる。
娘の嫁ぎ先に困っている騎士家が、予備の軍馬と鎧を持参金代わりにして縁談を持ち込んで来るぞ」
資金に悩んでいる若い労働傭兵に、ガルシア男爵家に仕える騎士が教えていた。
彼らも自前の資金を投入して、次男や娘達の為に未開発地を開拓していた。
労働傭兵達が目標としている最低限の農地九ヘクタールではなく、百人ほどの農奴や小作農を持つ、八十ヘクタールの農地を持つ裕福な騎士家を目指していた。
彼らにはこれまで蓄えた資金がある。
ガルシア男爵家以外の騎士家に、息子が養子に入った事もあれば、娘が嫁いだ事もあるのだ。
そんな親戚の家には、娘を同じ騎士家の正室にできるのなら、資金援助は勿論、領民を小作人として派遣してもいいという騎士家もあるのだ。
息子を婿に迎えてもらえるのなら、持参金だけでなく、軍馬や鎧、家畜まで提供しようとする騎士家もあるのだ。
商売で金を貯めた平民に限れば、もっといい条件で娘を嫁がせようとする者や、息子を婿入りさせようとする者もいる。
ガルシア男爵家としては、信用できない騎士を家臣として抱える事はできないので、親戚や友人貴族家の厄介や、配下の騎士家からしか迎える気はなかった。
ゴンザレス子爵家との争いで、親戚や友人でも信用できないと分かった。
傭兵ギルドのマスターアイザックの調査で大丈夫と分かった家以外からは、正室も婿も迎えない事になっていた。
これがゴンザレス子爵だったら、あらゆる家に開拓権を売って莫大な資金や物資を集めておいて、婿や嫁を暗殺してしまうだろう。
暗殺した事がバレないように、二度の疫病と同じ症状がでる毒薬を使い、殺したい人間だけでなく、多くの領民まで殺していただろう。
程度の差はあるだろうが、王都にいる高位貴族はそういう者が多いと聞く。
父上や俺にそのような外道な策が使えるはずもない。
信用できる家や人間を厳選して開拓するしかない。
それに、幾ら開拓権を手入れたといっても、目立つほど大々的にやってしまったら、王家や高位貴族に目をつけられてしまう。
ゴンザレス子爵のように、権力者に黙認して貰うために、莫大な賄賂を使える性格でもない。
結局、王家や王都の高位貴族が問題としないであろう、子爵家相当の領民を養える程度の開拓に抑える事になる。
秋風が冷たさを増す頃になると、労働傭兵達も未開発地の開拓に慣れてきた。
雪の積もる冬を前にして皮下脂肪を貯めようと獰猛な野獣の襲撃が増えても、十分余裕をもって対処できるようになっていた。
代々ガルシア男爵家に仕える騎士家が、自腹で開拓するために外縁部で積極的に狩りをしているからだけではない。
労働傭兵達も急速に実力を増していたのだ。
彼らの実力が上がれば、領地に安全が今以上に確保できる。
とても喜ばしい事だ。
労働傭兵達はずっと苦しく不安な生活を続けていた。
ダンジョンで狩りをしている時は、自分以外は誰も信用できなかった。
誰かとパーティーを組んでいても、心から信用できなかった。
ダンジョンでは低級魔獣を傭兵が先を争い奪い合って狩る。
だが未開発地では、協力し合わなければ生きていけない。
どれだけ強いか分からない野獣が、何時何処から群れを成して襲ってくるか分からないので、役割分担して狩りをしなければいけないのだ。
ダンジョン都市にいる時には、家族でパーティーを組んでいない限り、別々の部屋に暮らしていたのが、ここでは同じ砦の同じ家で寝泊まりする。
夜警も昼の開拓も常に五人一組で行動し、同じ鍋で作ったシチューを食べる。
そのシチューに入っている肉も自分達が協力して狩った野獣だ。
ひと月も一緒に過ごせば、肩を並べて戦った数も多くなる。
互いの身の上話もすれば、愚痴や不満を言い合う事もある。
将来の目標や夢を語れる相手もできる。
「そうだよな、最初にできるだけ多くの木々を伐採して、切株を引き抜いてしまえば、種を蒔くだけで三倍の麦が手に入るんだよな!」
「そうだよ、とにかく伐採と切株の引き抜きさえしてしまえばいいんだよ。
ここの農民に聞いたのだが、一年間開拓で働こうと思えば、大麦だけで一人二百キロはいるそうだ」
「大麦二百キロを手持ちの金で買わないといけないのか……
ここの百姓に売ってもらうとしたら、大銀貨四枚から五枚が必要になるな」
「大麦だけでは辛いぞ。
飲み水代わりのエールも買わないといけないし、塩も必要だ」
「大銀貨六枚は欲しいよな。
ここで一年働いて貯まるのは金貨一枚と大銀貨二枚か三枚だよな」
「少なくとも二年で大麦二百キロは収穫できるようにならないといけないのか」
「それについてちょっと良い話を聞いたのだが」
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