第13話:孤児と寡婦

ビルバオ王国暦198年9月9日:ダンジョン都市プロベンサーナ


「マスターアイザック、領地の労働者として、ここで働いている孤児や寡婦を連れて行きたのですが、問題ないでしょうか?」


「どのような待遇で働かせる心算なのだ?

 これまでは孤児も寡婦も命懸けの酷い待遇で、食うや食わずの生活をしていた。

 だが二人が低級魔獣の解体仕事を与えてくれたお陰で、死傷する心配なく腹一杯喰える生活になっている。

 それ以下の生活をさせるようなら、認められんぞ」


「マスターアイザック、それは俺とマクシミリアンがずっとここにいると言う前提でしょう?

 家の問題が片付いたら俺は領地に戻りますし、マクシミリアンも婿入りするために領地に来るんですよ?」


「ガルシア男爵家は俺に借りがあるのではないか?

 少なくとも孤児や寡婦の権利が定着するくらいまでは、俺の理想に付き合うくらいの借りがあるのではないか?」


「借りがある事は認めますし、協力する事も構いませんが、俺にもマクシミリアンにも優先しなければいけない事があります。

 特にゴンザレス子爵の報復には警戒しなければいけません。

 できるだけ早く領地に戻らなければいけないのです。

 もう少し深くまで潜って、一気に大金を稼いだら、領地に常駐する予定です」


「確かに二人の立場に立てば、領地を長く離れるのは嫌だろう。

 ゴンザレス子爵や王都貴族の報復を警戒する気持ちもわかる。

 だがその点に関しては、前回のように傭兵ギルドの情報網を駆使してやる。

 必ず報復が行われる前に戻れるようにしてやる」


「マスターアイザックがそこまで断言してくださるのなら、信用したいとは思うのですが、物事に絶対はないと言うのはマスターの教えでもあります。

 失敗した時に賠償の内容を書面にして頂かないと約束できません」


「ディランが成長してくれてうれしいよ。

 それで、失敗した時に条件はどうするんだ?」


「まずは賠償金として金貨十万枚を頂きましょう」


「いいだろう、失敗する気も破る気もない条件だからな」


「ですが、金がなくて払えないと何の意味もない条件です。

 命を貰う、賠償金を支払えない場合は命を貰います」


「それも構わない。

 さっきも言ったが、失敗する気も破る気もない条件だからな」


「ちょっと待ってくれ、ディラン、マスターアイザック。

 ディランと俺がダンジョンに潜っている間に、前回のようなギリギリに情報が飛び込んできた時はどうするんだ?

 二日も三日も戻るのが遅れていたら、城が落とされていたぞ」


「その時は前回も言っていたように、傭兵ギルドの連中を援軍に出す。

 お前達が一度潜って稼ぐ額、金貨二百五十枚も出せば、弓傭兵百人を一カ月は雇うことができる。

 お前達が一カ月ダンジョンに潜って稼げたら、千兵を一カ月動員できるのだぞ。

 それだけの兵力が動けば、敵に金だけで雇われた連中は直ぐに逃げ出す。

 戦う事もなく領地を守る事ができるぞ。

 それに傭兵の中には、お前の家の常備兵になれるかもしれないと思って、命懸けで戦う者もいるだろう」


「確かにマスターアイザックの提案は悪い話しではない。

 だが我が家としても、せっかく手に入れた開拓権を有効に使いたい。

 金を使って雇うのなら、傭兵ではなく未開発地を開拓してくれる労働者を雇う。

 それと、傭兵を常備兵として遊ばしておく余裕はないが、自費で未開発地を開拓してくれるのなら、騎士の待遇を与えてもいいと思っている」


「ふむ、傭兵ギルドのマスターとして推薦できるような奴は少ないが、全くいない訳ではないから、言葉をかけておこう。

 傭兵としてダンジョンに潜るには心もとないが、自衛程度ならできる労働者として、未開発地の開拓に送れる奴は結構いるぞ」


「傭兵ギルドの看板を背負ってくるのなら、敵が襲ってきた時に逃げる事はできても、我が家を裏切ることはできませんよね?」


「ああ、雇い主を裏切るような奴が出たら、傭兵ギルドの信用に賭けて地の果てまで追いかけて殺す。

 その事は派遣前に徹底的に叩き込んでおく」


「労働傭兵の日当はいくらですか?」


「最低限の自衛ができなければ未開発地に入れないのだろう?

 最低限の武具と槍を自前で持っている傭兵で銅貨三十五枚だ。

 百人をひと月雇っても金貨十枚と大銀貨五枚だ。

 お前達のひと月の稼ぎを考えたら安い物だろう」


「そうですね、開拓資金を稼ぎつつ、未開発地の開拓と領地の防衛を考えたら、その方がいいような気がしますね。

 マクシミリアンはどう思う?

 何か見落としている事はないか?」


「そうだな、問題があるとすれば傭兵が領地に入れる時期だな。

 それと、言葉だけでは信用できない。

 自分達の目で派遣された傭兵を確かめないと、本当に寝返らない連中か分からん。

 万が一にもマリア嬢に何かあってはならんからな」


「そうだ、その通りだ、だったらどうする?」


「俺達がダンジョンに潜れる時期が遅れるくらいは仕方がない。

 家族の安全を金で買う心算で、マスターアイザックが派遣する傭兵がどんな連中なのか領地で迎えよう」


「おい、おい、おい、ちょっと待ってくれ。

 二人が領地に戻っている間、孤児や寡婦達が苦しい思いをしていたんだ。

 彼らの事も考えてやってくれ。

 そもそも彼らの事を話していたんだぞ。

 二人は傭兵ギルドのマスターなら、強権を発動してメンバーを抑えろと言うだろうが、長年の条件を俺一人で変えることはできないのだ。

 実際ダンジョンで狩りをしている連中だって、楽な暮らしをしている訳じゃない。

 ギルドハウスの酒場で憂さ晴らしをできる者など極少数だ。

 大抵の奴は故郷に仕送りしているか、家族を呼び寄せて細々と暮らしている」


「だったら孤児や寡婦も領地で雇えばいいでしょう?

 未開発地の開拓作業は無理でも、既に開拓されている麦畑での農作業や、放牧地で家畜の世話くらいはできるでしょう?」


「ああ、大抵の孤児や寡婦は、喰えなくなって寒村からここに出てきた者達だ。

 ある程度の農作業はできるだろう。

 農作業はできなくても、単純作業はできる。

 開拓傭兵が、開拓の邪魔になる野獣を狩るのなら、最低限の解体作業できる。

 二人のお陰で沢山解体の練習ができたからな。

 だがそうなると、二人が狩ってきた魔獣の解体ができなくなるぞ?」


「構わないぞ、大金になる中層以下の魔獣さえ解体すてくれればいい。

 浅層にいる低級魔獣など、領地に戻った時に解体してもらえればいい。

 孤児や寡婦には、最初から新しく開拓した農地で働いてもらう心算だったからな」


 マクシミリアンの言う通りだ。

 我が家を子爵家にするには、最低でも人口を千人以上にしなければいけない。

 農地がなくても、鉱山や工業、職人や商人で人口が増えてもいいのだ。


 流石に辺境の我が家が商人で人口が増えたとは言い張れないし、急に職人が五百人も増えたとも言えない。

 

 だが、形だけでも開拓した後があり、森の恵みが豊かだから農家と猟師の兼業で生活できると言い張る事は可能だ。


 孤児や寡婦にしても、仕事がたくさんあるから側室や養子に迎えたと言い張る事も不可能ではない。


 実際問題、マクシミリアンがアイテムボックスに死蔵しているモノを小出しにすれば、孤児や寡婦に毎日解体させられるそうだ。


 マクシミリアンは母国にいる時にどれだけ狩りをしていたのだろう。

 何を考えてそれほど食糧を保管していたのだろう?

 何よりも、マクシミリアンのアイテムボックスはどれだけ容量があるのだ?!


「別にそれほど理由があった訳じゃない。

 武芸の実戦訓練に狩りをしていただけだ。

 実力を親兄弟に知られないように、獲物を隠していただけだ。

 家を出てからは、無理に売る必要もないくらい路銀があったから、信用できない所で売るくらいなら、持っておいても邪魔にならないと思っただけだ。

 ディランが信用できると分かったから、出会ってからの獲物を売っただけさ」


「だったら武具や甲冑を売ろうとしたのは何故だ?」


「パーティーメンバーになったから武器や防具を貸すと言っても、普通に言ったら借りてくれそうにないと思ったのだ。

 買取を拒否された武器や防具なら、借りてくれると思ったのだ」


 くっ、出会った最初から、俺はマクシミリアンの掌の上で転がされていたのか?!

 マスターアイザックの言動も見抜いていたというのか?

 本当に厳しく教育された高位貴族御曹司の実力はここまで高いのか!

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