第12話:交渉妥結

ビルバオ王国暦198年9月2日:ガルシア男爵領ガルシア城


 ガルシア男爵家は代々王家の穀倉地帯を猛獣達から護る事を誇りとしてきた。

 家臣領民を大切にする事を家訓としてきたが、それも武門として誇り高く戦えるようにと初代当主が残してくれた教えだ。


 何が言いたいかといえば、権謀術数に優れた家ではないと言う事だ。

 いや、はっきりと言おう、交渉事が苦手なのだ。


 今回直面しているゴンザレス子爵家との交渉で、商人上がりの当主ゴンザーロは勿論、王都の魑魅魍魎を相手にして有利に立ち回れる訳ないのだ。


「それではあまりに不公平ですね。

 ゴンザレス子爵に賄賂でも貰っているのですか?

 もし賄賂を貰ってゴンザレス子爵に肩を持っているのなら、王国の大臣を務める資格などないと言うしかありません。

 そのような政治を行っては、国王陛下に対する背信になりますぞ」


 大雑把で交渉や謀略など絶対にできないと思っていたマクシミリアンが、ゴンザレス子爵家や王都から派遣された役人相手に、見事な交渉をしてくれた。

 王国の大臣を務める高位貴族が派遣してきた役人を相手にしても一歩も引かない。


 俺や父上ではできない絶妙な駆け引きを、国王陛下への背信や謀叛と言う言葉を絡めて見事に交渉をして、我が家が利益を得られる形で纏めてくれた。


 普段は豪放磊落に見えるマクシミリアンだが、高位貴族の御曹司として、他家と厳しい交渉ができるように教育されていたのかもしれない。


 そのお陰で、最初に設定していた最高に近い条件でゴンザレス子爵家と和解する事ができた。


 本当は和解などせずに、誇りをかけてゴンザレス子爵と決闘したかった。

 この手でぶち殺してやりたかったのだが、徹頭徹尾それだけは避けやがったのだ!


 まあ、当主同士の決闘になるから、父上がやる事になるのだが、父上があのような卑怯で下劣で臆病な奴に負けるはずがない。


「ワッハハハハ、それは当然ではないか。

 あのような腰抜けの卑怯者が、当主同士の一騎打ち決闘など受けるはずがない。

 あいつが逃げ回ってくれたお陰で、交渉がやり易かったぞ」


 見事な交渉をしてくれたマクシミリアンだが、自分の功を誇る事なく、父上の武勇を持ち上げてくれる。

 その言動により、我が家の騎士や領民からマリアの婚約者として認められた。


 当初マクシミリアンをどういう立場で交渉に参加させるのかが問題となった。

 俺の盟友という立場は、私的には有効だが王国の裁判では何の役にも立たない。


 そこで最初に考えられたのが、傭兵ギルドの身届人だった。

 今回の発端は我が家の借金と家督問題だったが、今ではダンジョン都市における王家財産の横領罪も加わっている。


 問題を提訴して代官の悪事を暴いた傭兵ギルドが、主犯と思われるゴンザレス子爵と黒幕と思われる王都の高位貴族を、監視牽制したいと言うのはおかしくない。


 次に考えられたのが、ガルシア男爵家の騎士と言う立場だった。

 俺の盟友で、ルチアーノが三百もの賊を率いて襲ってきた時に、勇戦活躍した事で騎士に取立てられたという立場だ。


 これならばガルシア男爵家の者として堂々と交渉できる。

 父上も俺も交渉は家臣に任せていると言う事ができる。


 最後に考えられたのが、マリアの求婚者としての立場だ。

 まだ法的にはマリアとルチアーノの婚約は解消されていない。

 だがどう考えても、道義的に婚約は破棄されたと考えられる。


 そんなマリアに惚れたマクシミリアンが求婚する事に問題はない。

 少なくとも我が家がゴンザレス子爵家に遠慮しなければいけ状況ではない。

 我が家は宣戦布告もなしに領地に攻め込まれた被害者の立場なのだから。


 最終的には、マクシミリアンは三つの立場で交渉に参加していた。

 傭兵ギルドのメンバーだったマクシミリアンが、武勇を認められて我が家の家臣となり、マリアに求婚した。


 その状況を知った傭兵ギルドのマスターであるアイザックが、交渉の場でゴンザレス子爵や王都高貴族の言った事を報告させる。


 卑怯な振舞いがあった場合は、王家財産の横領を隠蔽しようとしてと、国王陛下に直訴するために、マクシミリアンに監視させると言い切ってくれた。


 傭兵ギルドが武門の高位貴族以上の戦力を持っているから言える事だった。

 連中、普段のように爵位を笠に着た交渉ができずに困っていた。


「それで、賠償金は三倍になったのだな?」


 基本的な交渉は王都で行われた。

 父上とマクシミリアンが、騎士達を引き連れて王都に向かっていた。


 俺はゴンザレス子爵の悪足搔きを警戒して領地に残った。

 最悪の場合は、本城であるガルシア城に、他の村の住民も避難さて籠城する心算でいたのだ。


「おうよ、ゴンザレス子爵がこちらに貸した事になっていた元利併せた金貨三千枚の三倍、金貨九千枚を取立ててやったぜ」


「現金でか?」


「ああ、よほどあくどく稼いでいたのだろうな。

 金貨九千枚、ポンと払いやがった。

 だが取立ててやったのはゴンザレス子爵家からだけじゃないぜ。

 今回の件を知っていて、自分の婚約者を下位貴族に売渡し、その下位貴族から新たな婚約者を手に入れた、ロドリゲス伯爵家からも金貨九千枚取立ててやったぜ」


「恨みの一部でも晴らしたくて、無理を承知で付けた条件が認められたのか?」


「ああ、ロドリゲス伯爵家には即金で払うだけの蓄えがなかったので、ゴンザレス子爵家から借りて払っていたぞ」


「……ロドリゲス伯爵家はゴンザレス子爵に乗っ取られてしまうかもしれないな」


「そんな心配はいらない。

 もうとっくに乗っ取られている。

 交渉していて感じたが、ゴンザレス子爵だけでなくヴァレリアも相当な玉だぜ」


「ヴァレリア……ゴンザレス子爵の長女だったな」


 マリアから婚約者を奪った腐れ外道だ。

 もっとも、今考えれば、フェリペのような軟弱者などにマリアは勿体ない。

 むしろ婚約が解消されてよかった!


「ああ、もうヴァレリアの手でロドリゲス伯爵家は乗っ取られていると思うぞ。

 ゴンザレス子爵が金貨九千枚も大金を出したのは、その事を王都の高位貴族達に知られたくないのと、賠償金としてガルシア男爵家に領地を奪われないためだ」


「……そんな奴によく勝てたものだな」


「ゴンザレス子爵といえど、全ての子供に才能を引き継がせる事は不可能だ。

 ロドリゲス伯爵家は、ヴァレリアを送り込めたから成功した。

 ガルシア男爵家は、ルチアーノしか送り込めなかったから失敗した。

 単純な話しだ。

 問題は、賠償金を得る為にルチアーノを本物だと認めた事だ」


「もう公式にルチアーノを処刑する事ができなくなったのだな」


「ああ、その代わり、謀殺しても誰にも文句は言われない。

 もう死んでいるはずの下劣極まりない犯罪者だからな」


「そうか、だったら刺客を放つか?」


「止めておけ、そんな価値のある奴じゃない」


「だがキッチリ仕留めておかないと、また何時襲ってくるか分からないぞ。

 そんな状況では、マリアが城から出られなくなり。

 俺も安心してダンジョン都市に戻れない」


「まあ、マクシミリアン様はダンジョン都市に戻られる気なのですか?

 お兄様も一緒に行ってしまわれるのですか?」


 俺の事はついでだろうな。

 マリアが本当に心配しているのは、ずっと側にいたいのは、俺ではなくマクシミリアンに間違いない。


「そうですね、交渉で勝ち取った未開発地の開拓権を活用するには、莫大な開拓資金が必要不可欠ですから」


「マクシミリアン様が行ってしまわれるなんて、寂しいですわ」


 おい、こら、俺の前でイチャイチャするんじゃない!

 少しは兄貴や友に遠慮しろや!


「大丈夫ですよ、マリア嬢。

 定期的にこちらに戻ってまいりますから」


「できればずっとここに留まっていただきたいのですが……

 そのような事を口にする女はお嫌いですか?」


「いえ、とてもうれしく思います。

 ですが、マリア嬢を無位無官の私が妻に迎える訳にはまいりません。

 せめてこの国の騎士位くらいは手に入れないと、胸を張って求婚できません」


「そんな、父上と兄上はマクシミリアン様をわたくしの婿に迎え、一族に加えると言ってくださいました。

 そうですわよね、お兄様」


「ああ、その通りだ。

 マクシミリアンを一族に迎える事に何の問題もない。

 まあ、その、なんだ、二人の間に生まれた子供の、俺の養子にすれば男爵家の子供として他家に嫁ぐこともできるし、貴族家の養子に入る事もできる」


「だったら何の問題もないではありませんか。

 マクシミリアン様、このままこの地に留まってくださいませんか?」


「心が挫けそうになるくらいうれしい御言葉なのですが、漢として騎士として甘える訳にはいかないのです。

 婿に迎えて一族に加えてくださると言って貰えたからこそ、ガルシア男爵家のために働かなければなりません。

 未開発地に五百人規模の村を作り、ガルシア男爵家を子爵家に陞爵させなければ、他の家臣や領民に示しがつきません。

 騎士家の若者の大半が、マリア嬢に恋い焦がれていますから」


「まあ?!

 我が家を子爵家に陞爵させられるのですか?」


「はい、ディランと私が力を合わせば、必ず子爵家に陞爵できます」


「ガルシア男爵家に生まれた娘ならば、どれほど離れたくなくても、我慢しなければいけないのですね」

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