第11話:お節介

ビルバオ王国暦198年7月28日:ガルシア男爵領ガルシア城


 ガルシア男爵家を襲撃して俺に殺された賊の中には、ルチアーノと思われる煌びやかな装備をした若者がいた。


 俺がこいつをルチアーノと認め討ち取った事にすれば、とても大きな武功を立てた事になるのだ。


 だが俺は、こいつをルチアーノとは認めなかった。

 卑怯なゴンザレス子爵家が、息子を逃がすために影武者を使ったと主張して、王都にいる権力者達に厳罰を要求した。


 俺だけが要求したのなら無視する事もできただろう。

 処分を寄り親のロドリゲス伯爵家に押し付ける事もできただろう。

 だが俺の証言にダンジョン都市臨時代官のアイザックが同調してくれた。

 

 一連の悪事は、ゴンザレス子爵家が王家の富を横領するために行った事であると、ダンジョン都市臨時代官として正式に提訴してくれたのだ。

 王都の権力者達も、王家の財産横領を無視する事はできなかった。


 ゴンザレス子爵が取り入っていた派閥と敵対する反主流派の派閥は、これを絶好の機会ととらえ、徹底的に糾弾していた。

 ゴンザレス子爵が取り入っていた王都の主流派閥は防戦一方だった。


 ゴンザレス子爵は俺に討ち取られたのは三男のルチアーノだと言い張った。

 だがそう主張すると、卑怯にも宣戦布告する事なく襲撃した事になる。


 それも、王家の穀倉地帯を守る役目を負った辺境男爵家に対してだ。

 王家王国に対する明白な叛乱と言っていい重罪だ。


 ゴンザレス子爵は子爵家としてやった計画的な襲撃ではないと言い訳した。

 全ては愚かな息子がマリアに恋い焦がれた余りの暴走だと主張した。

 だがその言い訳は、それでなくても悪い評判を更に悪化する事になった。


 妹のマリアとの婚約を破棄したロドリゲス伯爵家のフェリペが、事もあろうにゴンザレス子爵家のヴァレリアと婚約をしているのだ。


 誰がどう考えても、ゴンザレス子爵家が金にものを言わせてマリアとの婚約を破棄させて、ルチアーノと婚約させている。

 

 そんな事を子爵家の当主でもないルチアーノにやれるはずがない。

 当主であるゴンザレス子爵本人がやらせたのだ。

 だがそれは決して認めないのだ。


 認めたら我が家に対する賠償金どころの話ではない。

 王家に対する反逆罪で処刑される。

 ゴンザレス子爵を庇った連中も厳罰に処せられる。


 ゴンザレス子爵も王都社交界の主流派閥も、ルチアーノ個人の犯罪にして、個人資産の範囲で賠償しようとしている。

 だから交渉が激化してしまう事になる。


 俺個人としては、できるだけ早くダンジョン都市に戻って狩りをしたい。

 ひと月もあれば、少なく見積もっても金貨千三百枚は稼げる。

 領地全体の年間生産量が金貨五百枚前後の男爵領にとっては莫大な金額だ。


 だが、その稼ぎを我慢してでも守らなければいけない家族がいる。

 家臣領民がいるのだ。


 俺達がダンジョン都市の戻った途端に、なりふり構わなくなったゴンザレス子爵家が、再び襲ってくる可能性がある。

 だから俺とマクシミリアンは領城でもある我が家にいるのだが……


「マリア嬢、私とダンスを踊って頂けませんか?」


「はい、喜んで」


 苦々しい事なのだが、マクシミリアンがマリアに恋したようなのだ。

 兄としては複雑な想いなのだが、マリアもマクシミリアンに恋したようなのだ。

 

 マリアには幸せになって欲しい。

 もう嫌と言うほど不幸に見舞われたマリアには、幸せになって欲しいのだ!


 マクシミリアンがとてもいい奴なのは分かっている。

 大雑把な所があるし、金銭感覚も貧しい男爵家とは違っている。

 だが、情に厚く、背中を任せられるだけの信頼感がある。


 問題があるとすれば、身分差が大き過ぎる事だ。

 恐らくマクシミリアンは侯爵家以上の出身だ。

 それも、我が国よりも強く大きな国のだ。


 何より問題なのは、追われている身である事だ。

 家督争いをしている家族から刺客を送られている。

 俺が言うのは身勝手だが、刺客を送られるような男に大切な妹はやれん!


 と言いたいところなのだが、満面の笑みを浮かべるマリアを見ていると……

 フェリペに婚約破棄を言い渡されてからのマリアは、俺達の前では気丈に振舞っていたが、自分に至らない所があったのかもしれないと苦しんでいた。


 フェリペの婚約者として、辺境の社交界とはいえ、多くの舞踏会や晩餐会に出る華やかな生活をしていた。


 それが、婚約破棄をされてからは、領城に閉じこもる生活だった。

 それでも、徐々に元気を取り戻して、家臣領民と共に農作業や狩りに出られるようになっていたのに……


 ルチアーノの婚約者にされてからは、身を守るために再び領城に閉じ込もる生活に戻ってしまったのだ。


 ……もうどうにもならなくて、ルチアーノを婿に迎える決断を父がした。

 日を追うごとに表情を曇らせるマリアにどれだけ心を痛めたか。


 それが、家族と筆頭騎士家とマクシミリアンだけで行う、身内だけにダンスパーティーとは言え、楽しそうに踊れるようになったのだ。


 身分差や追手など糞喰らえだ!


「父上、マクシミリアンは我が家の恩人です。

 できれば適当な爵位を手に入れたいのですが、何か方法はないですか?」


「……マクシミリアンなら、以前言っていたような、ゴンザレス子爵に媚を売る為にマリアを差し出すような事はないのだな?」


「そのような奴なら、俺の背中を護ってくれたりはしませんよ。

 一緒に賊をぶち殺している所は父上も見られていたでしょう?」


「……娘を取られた父親の僻みだ、気にするな」


「そういう気持ちは兄である私にもあります」


「兄と父親は違う。

 お前に私の苦しみは分からんよ」


「その事で父上と言い争う気はありません。

 ですが父上、マリアの笑顔を奪うような事はできませんよ」


「分かっている、分かっているからこそ腹がたつのだ」


「それで父上、マクシミリアンが爵位を手に入れられる方法はないのですか?」


「……金さえあれば買える爵位はある。

 我が家と同じように、金貨二千枚もあれば貧乏男爵家を買えるだろう。

 だがそれでは、家臣領民が信用できない家に夫婦で入る事になる。

 それを付け込まれるような事があれば、マリアが攫われるぞ」


「では、客分として我が家に止めるしかないですか?」


「マリアの婿に迎えて、分家として領地に残すのが一番だな。

 上手く立ち回って、未開地の開拓許可がもらえるのなら、資金を投じれば男爵家相当の領地を開墾できるかもしれないが、莫大な開拓資金が必要になるぞ」


「ダンジョン都市に戻れるなら、開拓資金は確保できるでしょう。

 問題は安心してダンジョン都市に戻ることができるかどうかです」


「いや、許可を貰うのも簡単ではないぞ。

 簡単に許可がもらえるようなら、疫病が広まる前にもっと開拓が行われていた。

 王家は辺境貴族が力を持つことを警戒しているのだ」


「色々と難しいのですね」


「ああ、王家の警戒、王都貴族の権力争い、辺境貴族の力関係、多くの問題が絡み合って、未開発地の開拓許可はなかなか下りなかったと父や祖父から聞いていた」

 

「今回のゴンザレス子爵家との争いを利用して、未開発地の開拓許可を貰えないでしょうか?」


「どう考えても素直に賠償金を取った方が楽だぞ?」


「父上は、マリアの笑顔を見続けたくはないですか?」


 俺が視線を動かすと、父上もマリアとマクシミリアンが踊る姿に視線を向けた。

 母上も嬉しそうにマリアとマクシミリアンが踊る姿を見つめている。


 昔からとても仲のよかった筆頭騎士家の夫婦が踊っている。

 弟のニコラスが二人の娘と楽しそうに踊っている。


 どこかの男爵家に婿入りさせてやりたかったが、もう一つ村を開拓する事ができたら、そこに新たな騎士家を立ててもいいな。


 これだけ暴れたのだ、王都貴族が報復してくるのは確実だろう。

 ニコラスを護ろうと思ったら、信用できる騎士や村民を一緒に送らなければいけないが、命懸けになってしまう。


 本当に腕の立つ領民は村に残したいから、村から出されるのは、跡継ぎに選ばれる者よりは一段も二段も腕の落ちる者達になる。

 新村ができて領地に残れるのならそれが一番好い。


 マリアとマクシミリアンも、新たな村を作って領地に残るのが一番好いのではないだろうか?


 男爵家相当の新領地をいきなり開拓するよりは、我が家の延長で住人百人程度の新村を開拓する方が簡単だし、安心できる。


 問題は領民だな。

 新たに二村を開拓するには相当に年月が必要になるが、その間彼らを養うだけの余裕が今の我が家にあるかどうか……


 ここは何としてでも早急にダンジョン都市に戻らなければいけない。

 そのためには、腹立たしい事だが、できるだけ早く、妥協をしてでも、ゴンザレス子爵と和平協定を結ばなければならない。


 絶対に譲れない条件と、できれば手に入れたい条件、ここまで手に入れられたら万々歳と言う条件を決めておこう。


 そのためには、俺とマクシミリアンにできる事もはっきりさせておいた方がいい。

 我が家をどのように発展させるかも決めておかなければならない。


 マクシミリアンにマリアと結婚する気があるのか確かめておかねばならない。

 いや、その前にマリアだ、マリアにマクシミリアンと結婚する気があるのか確かめるのが最優先だ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る