第10話:攻城戦

ビルバオ王国暦198年6月24日:ガルシア男爵領ガルシア城


 アイザックによるゴンザレス子爵提訴は王都で大問題になったそうだ。

 それでなくても前回苦しい言い逃れをして、本来なら実刑になるところを謹慎処分に済ませたのだ。


 前回は庇った所属派閥も、今度も無理にゴンザレス子爵を庇えば、敵対派閥に格好の攻撃材料を与える事になるので、どれほど莫大な賄賂を貰っても庇わない。

 王都の社交界はそんな状況になっているそうだ。


 追い込まれたゴンザレス子爵は、アイザックの予想通り息子を切り捨てた。

 全てルチアーノが家に関係なくやった事にして、責任を取って自ら息子を殺すと言いだし、最大限の減刑を引きだそうとしている。


 だがアイザックに言わせると、影武者を殺して済ませる可能性があるそうだ。

 ほとぼりが冷めたら、功臣に報いると言って、ルチアーノのために男爵家を乗っ取る可能性が高いとも言っていた。


「ディラン、ゴンザレス子爵が不自然なくらい時間稼ぎをしている。

 ほとんど盗賊と変わらない傭兵団をルチアーノの名前で雇っている。

 罪状が確定する前に、お前の家に借金の取り立てに来る可能性がある。

 お前の家族を攫ってさえしまえば、有利な立場で交渉できると思っていそうだ。

 急いで家に帰った方がいいだろう。

 何なら傭兵ギルドから人を雇うか?」


「そんな必要はないだろう。

 俺様とディランさえいれば、盗賊同然の傭兵など、千でも二千でも片手で斃せる。

 そうだろう、ディラン」


「そうだな、マクシミリアンが来てくれたら大丈夫だろう。

 家には父上と家臣達がいる。

 未開発地の猛獣が大挙して現れた時のために、五つの村には村人全員が逃げ込める、小城と言っていいほど頑丈な砦がある。

 村人は老若男女問わず戦える。

 俺が村に戻るまで持ちこたえてくれると思う」


「おい、おい、おい、俺達だろう?

 俺達は肩を並べ背中を預け合ったパーティーメンバーじゃないか。

 互いの大切な家族は自分の家族同然だ」


 マクシミリアンは本当に来てくれる心算のようだ。

 直前になって何か言い訳して来ないかもしれないと疑っていた。

 家の者以外は心から信じられなくなっている。


「すまん、つい言い間違えた、俺達だったな。

 ありがとう、助かる」


「お前たち二人なら滅多な事で負けるとは思わないが、問題は時間だ。

 相手は悪知恵に長けたゴンザレス子爵だ。

 どのような悪辣な手段を取ってくるか分からない。

 できるだけ早く戻った方がいいのだが、二人は馬や竜には乗れるのか?」


「馬や竜は勿論、鳥にも乗った事があるぞ」


 軍馬や軍竜は知っているし、軍馬には乗った事がある。

 我が家でも家族や騎士が騎乗するための軍馬は常に訓練している。


 だが騎乗できる鳥なんて聞いた事もないぞ?

 マクシミリアンは何処の国の生まれなんだ?!


「馬には乗った事がある。

 竜は知っているが乗った事はない。

 乗れる鳥がいるなんて初耳だ」


「軍鳥はこの国にはいないから気にするな。

 軍馬に乗れるのなら軍竜も大丈夫だ。

 基本的な手綱さばきも足の合図も、体重移動による指示も同じだ。

 スタミナは軍馬の方があるが、道なき道を進もうと思うのなら軍竜の方がいい。

 軍竜は一頭金貨二百枚と高価だが、家臣領民の命には代えられないのだろう?」


 鳥なら飛べるのかと思ったが、話しの内容から考えて、飛べない鳥のようだ。

 軍竜も飛べない種類の竜だから、そういう鳥もいるのだろう。


「ああ、その通りだ。

 できるだけ足が速くてスタミナもある奴を売ってくれ」


「雌雄で頼むぞ。

 どうせ買うのなら、ディランの領地に預けて繁殖させたい。

 自ら好みの軍竜を育てるのは騎士の嗜みだからな」


 本当にマクシミリアンの母国が気になる。

 今時そんな古風な事をやっている高位貴族など聞いた事がないぞ!


「フッ、よかろう。

 ギルドメンバーが貴族家の当主になり、権力を持ち、軍竜の繁殖までしてくれるのなら、傭兵ギルドの力も強くなる。

 手持ちの軍竜で最高の雌雄を売ってやるよ」


 アイザックが直ぐに軍竜用の厩舎に案内してくれた。

 軍馬の良し悪しは俺も知っている。

 だが軍竜は、何を基準に良し悪しを判断すればいいのか分からない。


「ほう、確かに良い身体をしている。

 だが実際に乗って見なければ、本当のところは分からん」


「ふん、それはガルシア男爵領に行くまでにわかる。

 ディラン、マクシミリアンの後をついて行けば何の問題もない。

 そいつらはとても優秀な軍竜だから、先を行く竜について行く」


 アイザックがアドバイスしてくれた通りだった。

 俺の騎乗する軍竜は、普通に乗っているだけで、何も指示しないのに、リーダー竜となったマクシミリアンの竜を追ってくれる。


 それはダンジョン都市からガルシア男爵領方面に向かう道だけではなかった。

 獣道になってからは勿論、道がなくなり森を強行突破しなければいけなくなってからも、特に指示しなくてもマクシミリアンの駆る竜を追ってくれた。


 俺はただ軍竜の動きに合わせて体重移動するだけだった。

 まあ、道なき森を強行突破するのだ。

 その体重移動して落竜しないように出来るのは、騎乗の名手だけだけどな!


 道が整備されている状態で、旅慣れた屈強な男で五日の行程。

 未開発地の狩りに慣れた俺が、道の無くなった状態を駆けに駆けて五日の行程。

 それを二日で駆け抜けてくれる軍竜の健脚ぶりには正直驚いた。


 そもそも軍馬だったらとても前に進めないような深い森だった。

 軍馬で強行突破しようとしたら足を折っていたかもしれない。

 そんな道なき森を、到着時に戦う余力を残すように駆けてくれたのだ。


 マクシミリアンの騎乗が達人級だったのもあるだろう。

 だがそれも軍竜がその騎乗に応えられるだけの能力があったからだ。


 これは何としても軍竜を領地で繁殖させなければならない!

 だが馬と違って二本足で駆けるから、調教方法は一から勉強しなければいけない。


 最初に駆けつけた村はまだ襲われていなかった。

 襲撃がある事は父上から知らされていたようで、村人全員が騎士の館でもある砦に逃げ込んでいた。


 ガルシア男爵領は未開発地の猛獣から王国の穀倉地帯を守る役目がある。

 だから未開発地に沿って五つの村が並ぶ形になっている。


 二つ目の村もまだ襲われてはいなかった

 そのまま駆け抜けて、領都と呼ぶにはあまりにもみすぼらしい本村に向かった。


「乗り越えろ!

 何としても城壁を乗り越えて中に入るんだ!

 このままでは子爵に殺されてしまうぞ!」


「「「「「おう」」」」」


 ざっと計算して三百ほどの賊が領城を囲んでいた。

 中には領都の、いや、本村の民百余人と領主家族が籠城しているはずだ。

 攻城戦三倍の法則が正しいのなら、ギリギリ護りきれる人数差だと思う。


「弓兵は四方から射掛けろ!

 歩兵は抵抗の弱い所を一点突破だ!

 中に入ってさえしまえば相手は老弱の農民だ!

 好きなだけ犯して奪って殺せるぞ!」


「マクシミリアン、先に行く!」


 我が家の大切な民は絶対に殺させない!

 幼い頃から可愛がってくれた爺さんや婆さん達。


 手取り足取り剣や弓を教えてくれた家臣達。

 共に麦畑を駆け回った幼馴染達は絶対に殺させない!


「背中は任せろ。

 ディランは前だけ向いて腐れ外道共をぶち殺せばいい」


「ウォオオオオ!

 ガルシア男爵家長男、ディラン・ガルシア見参!」


 俺はただ怒りに任せて殺戮をくり返した。

 証人や証拠の確保など全く考えなかった。

 準備していた馬上槍を素早く繰り出して突き殺す事だけに集中していた。


 軍竜を見た事がない者が多かったのだろう。

 たった二騎とはいえ、馬の二回りも大きい竜が襲い掛かってくるのだ。


 恐ろしさのあまりその場で腰を抜かすのもしかたがない。

 とても俺達が駆け抜けた背後から矢を射掛けられるモノではない。


 俺達はガルシア城をぐるりと回るようにして賊をぶち殺していった。

 一人百五十人程度ならそれほど疲れる事もなく殺せる。

 ダンジョンで赤牙鼠や赤角鼠を百五十狩る方がよほど疲れる。


 俺達が城の回りを一周して、最初に襲い掛かった場所に戻る頃には、逃げだすだけの気力を取り戻した賊もいた。


「ニコラス!

 お前もガルシア家の男なら、襲ってきた賊の首を刎ねろ!

 もう二度と我が家に襲い掛かってくる者が現れないように、男を見せろ!」


「はい、兄上!」


 弟のニコラスが勇ましい騎士姿で城門から討って出てきた。

 最初から機会があれば討って出る気でいたのだろう。


 ニコラスの左右には筆頭騎士家の者がいて、護りを固めてくれている。

 これなら安心して城門廻りを任せる事ができる。


「父上は直ぐに城門を閉めて奇襲に備えてください。

 私はもう一回りしてきます」


 さて、どこまで追いかけるべきだろうか?

 見晴らしのいい麦畑が広がる所はまでは安全だろう。

 麦畑が途切れる先にある森の中に伏兵が隠れている可能性がある。


「大丈夫だ、ディラン。

 この軍竜達は調教師が手塩にかけて育てた名竜のようだ。

 人の気配だけでなく、毒や眠り薬の臭いにも敏感なようだ。

 こいつらが警戒しない限り進んでも大丈夫だ。

 それに、俺が先に進んでやるよ!」


 マクシミリアンはそう言うと、軍竜に拍車を入れて逃げる賊を追いかけてくれた。

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