第9話:危機

ビルバオ王国暦198年6月13日:ダンジョン都市プロベンサーナ


「何時襲ってくるか分からない?

 そんなのこれまでと一緒ではないか。

 何を今さら謝る事がある?

 ディランだって俺の追手に何時襲われるか分からないのだぞ。

 お互いさまではないか、気にするな」


 俺がマクシミリアンに、ゴンザレス子爵家の三男ルチアーノの放った刺客が何時襲ってくるか分からないと言ったら、笑いながらそう言われた。

 言葉通りマクシミリアンは全く気にしなかった。


 いつも通りダンジョンに潜って狩りをした。

 地上に戻ったら美味しい飯を喰い酒を浴びるほど飲む。

 傭兵達と愉快に騒いで歌って最後は大鼾をかいて眠る。


 気張っていた心が何時の間にか和らいでいた。

 気負う事も企む事もなく、周囲と仲良くなれるマクシミリアンが羨ましい。

 マクシミリアンのお陰で俺も傭兵達と仲良くなれた。


 そんな俺とマクシミリアンが襲われたのは、ダンジョン都市の裏町だった。

 アイザックがルチアーノの手先がダンジョン都市の中に入ったという情報をくれたので、飲んで騒いだ翌日に誘い出す事にしたのだ。


 連中も全くの馬鹿ではないのか、傭兵ギルドに入ろうとしなかった。

 最初から街中で襲う気だったのだろうが、計算が甘過ぎる。


 俺達が街に遊びに出る事なく、ギルドハウスとダンジョンの往復しかしなかったらどうする気だったのだろう?


 実際俺は無駄遣いをしないので、街に繰り出す事などない。

 マクシミリアンもああ見えて狩りが一番好きだし、傭兵仲間と飲んで騒げればそれだけで十分楽しめるので、街で悪い遊びをしようとしない。


 実は今回が初めての裏町探訪だったりする。

 マクシミリアンは普段見かけない立体看板に興味津々だった。

 だが実は俺も興味津々だったのだ。


 話には聞いていたが、初めて見るのだ。

 家の領地や近隣領主の村では看板など必要ない。

 看板が必要なほど旅人が立ち寄るのは、それなりの領主が支配する街くらいだ。


 それでもダンジョン都市ほど店に種類もなければ数もない。

 特に売春宿など大都市にしかない。

 それも女が表に出て客引きをするなんて……


 だが、どの女も貧にやつれている気がする。

 ダンジョン都市も疫病の影響で景気が悪いのだろう。

 俺には凄い人数の都市に見えたのだが、これでも激減しているのかもしれない。


 廃業してしまった店も多いのだろう。

 直ぐに全く人気のない所に入り込んだ。

 先ほどから後をつけている連中には絶好の機会に見えたのだろう。


「殺せ、殺してしまえ!」


 本職の刺客なら絶対に声を出したりしない。

 アイザックが教えてくれた通り、素人が殺しを引き受けたのだ。


 これなら色々と手抜かりがあるだろう。

 本当にルチアーノが直接依頼した可能性すらある。


 ガッ!

 ギャッ!

 ギャアアアアア!


 間違っても殺さないように、頭や胴体は攻撃しない。

 倒した心算で逆撃されるのは絶対に嫌なので、キッチリと骨を折っておく。

 できる事なら膝の関節を砕いて立てないようにしておく。


 俺はアイテムボックスから出してしてもらった木剣を使っている。

 マクシミリアンは全金属性の巨大なメイスを出して使っている。


 あんなメイスで頭を叩かれたら、簡単に破裂してしまう。

 胴体を叩かれても、水袋のように破裂してしまう事だろう。


 あのメイスで叩かれた手足が千切れないのは、マクシミリアンが証人を確保するために手加減してくれているからだ。


 マクシミリアンは捕虜にして証言させる大切さを理解してくれている。

 俺が間違ってもこいつらを殺してしまう訳にはいかない。


「た、タ、たす、助けてくれ、頼む」


 頭だと思われる奴を最後に叩きのめした。

 自殺するような根性も覚悟もないのは一目でわかった。

 だから安心して左右の膝を粉々に砕いてやったら、簡単に謝ってきた。


「正直に誰に依頼されたか言ったら、命だけは助けてやる。

 裁判で証言するのなら、犯罪者奴隷の期間を半分にしてやる。

 何なら家で買い取って死なないように使ってやる」


「本当か、本当に助けてくれるのか?」


「無罪になどできない事は分かっているな?

 犯罪者奴隷にはされるが、鉱山や狩りで死なないように買い取ってやる。

 一生奴隷だが、死なないくらいの重労働にしてやる」


「本当に本当だな、約束は絶対に守ってくれるんだな?!」


「お前達のような屑と一緒にするな!

 約束した事は絶対に守る。

 何なら裁判で嘘偽りのない証言をするという条件で、命だけは助けると言う契約書に署名しても構わない。

 だがその前に誰に頼まれたか言ってもらおう」


「ルチアーノだ、ゴンザレス子爵家のルチアーノだ!」


「嘘じゃないだろうな?

 偽者や使者に頼まれていたのではないだろうな?

 影武者が来て、本人かどうか確かめられても間違わないだろうな?!」


「……間違わないと思う。

 奴からは何度も女を攫う依頼をされた。

 奴は嫌がる女をいたぶりながら犯すのが好きなんだ。

 今回も女を手に入れるのに邪魔になる奴を殺してくれと頼まれたんだ」


「止めておけ、約束は守るのだろう?」


 あまりの話しに、思わずブチ殺してしまいそうになっていた。

 マクシミリアンが止めてくれなければ、大切な証人を殺していた。

 こんな奴を助命しなければいけないのか……


 ピュウウウウウ


 俺は鋭く高い音が放てる指笛で傭兵仲間に合図を送った。

 未開発地で狩りをする時に、離れた場所にいる仲間と連絡を取るために、幼い頃から練習を重ねた得意の指笛だ。


 直ぐに広く警戒してくれていた傭兵仲間が集まってきてくれた。

 傭兵ギルドが舐められないように協力してくれた連中だ。

 どれほど内部で争っていても、外部の敵が現れたら協力して戦う。


 傭兵仲間が足を砕かれて身動きできなくなった敵を引き摺って行ってくれる。

 仲間ではなく敵なので、背負ったり肩を貸したりはしない。

 賊は必死で頭をあげて地面に強打しないようにしている。


 ギルドハウスにまで引き摺って行って、地下牢に叩き込む。

 ルチアーノがこんな連中を助けに来るはずはないが、事を知ったゴンザレス子爵が口封じの刺客を送ってくる可能性がある。


「「「「「カンパーイ」」」」」


 マクシミリアンが今回協力してくれた傭兵仲間に酒と料理を奢っている。

 本来は全額俺が出さなければいけないのだが、今回は折半だ。

 

 その代わり、マクシミリアンが狙われた時には、俺も資金援助する事になっているのだが、その可能性は極端に低い。

 

 マクシミリアンとは二カ月ほどしか付き合いはないが、誰かに狙われている気配はまったくなく、もう追手を撒いていると思う。


 今回の件は、傭兵ギルドに情報収集と謀略を頼んだうえに、返済資金を確保しておきたい俺に対するマクシミリアンの優しさだろう。


 ここで意地を張って金が足らなくなっては笑い者だ。

 素直に頭を下げて支援を受けた方がいい。

 

 それに、既にアイテムボックスを利用させてもらっているのだ。

 本当に意地を張って独力で稼ぐと言うのなら、ソロで狩りをしなければいけないし、アイテムボックスを借りてもいけない。


 既にありえないほど頼り切っているのに、それを知らない振りして今回の支援を断れるほど、俺は馬鹿でも身勝手でもない。


 今俺がマクシミリアンにできるお礼はない。

 将来マクシミリアンどこかに落ち着きたいと思った時に、領地に隠れ家を用意する事くらいしかできそうにない。


 だが、マクシミリアンが何処かに落ち着きたいと思うようになるだろうか?

 どこかの高位貴族の御曹司だとは思うが、実に楽しそうに傭兵仲間と飲み食いし、歌い騒いでいる。


「ディラン、ゴンザレス子爵家に対する状況証拠は揃った。

 今回の証人を前面に押し立てて追い込みをかけるぞ!」


「ありがとうございます、マスター」


「だが油断するなよ。

 ゴンザレス子爵の事だから、息子のルチアーノを切り捨ててでも生き延びようとするに違いない。

 上手く生き延びた後の復讐は熾烈なものになるぞ。

 復讐しておかないと、これまで踏みつけにしてきた連中が一気に立ち上がるから、何としてでも潰そうとしてくるぞ」


「望むところです!」

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