第8話:即断即決
ビルバオ王国暦198年6月6日:ダンジョン都市プロベンサーナ
傭兵ギルドの動きはとても早かった。
事前に動く準備をしていたのではないかと疑うくらい早かった。
アイザックなら全てに備えていても不思議ではない。
ギルドハウスにいた全傭兵を動員して城門を抑えた。
証拠となる紹介状や帳簿を全て押収した。
門番連中を連行して拷問と言ってもおかしくない厳しい尋問を行った。
勿論王都から派遣されている代官は激怒して抗議していた。
だが逆に、国王陛下を裏切って不正に加担していたのかと逆撃を受けていた。
国王陛下に対する裏切りと言われては、代官も何も言えない。
それどころか、次々と表に出る配下の不正に真っ青になっていた。
城門を出入りする者に対する恐喝と裏金の要求など可愛いモノだ。
中にはひとり旅の女を誘拐して人身売買していた者までいた。
美女を攫っていた門番達は、無許可の売春宿経営者と繋がっていた。
特に美しい女は王都の貴族に依頼されて攫っていた。
その貴族が代官の親戚だったので、代官を飛び越えて王都にまで報告された。
こうなっては王都の権力者も見て見ぬ振りはできない。
悪徳商法で莫大な金を手に入れて、辺境での悪事を黙認してもらっていたゴンザレス子爵は厳しく糾弾され、謹慎を命じられた。
ゴンザレス子爵だけでなく、貴族にあるまじき婚約破棄をやったロドリゲス伯爵家も、社交界での評判を著しく落としたそうだ。
普通なら婚約破棄には結納金や持参金の三倍返しのペナルティーがつく。
残念ながらマリアは持参金なしの婚約だったから、三倍返しが適用されない。
ただ持参金なしで嫁に望まれるほど美女だと言う評判が王都で広まった。
ダンジョン都市には新たな代官が派遣される事になった。
だが成り手が誰もいないそうだ。
それも当然と言えば当然だ。
前代官が悪事を働いて逮捕され厳罰に処せられているのだ。
しかも悪事を摘発した傭兵ギルドが権力戦力を増加させている。
王都から睨まれ傭兵ギルドに監視されている代官。
悪事を働いて不正蓄財する事ができない。
無理矢理命じられない限り誰もやりたがらない。
結局アイザックが代官職を兼任する事になった。
傭兵ギルドの事務方は大変になるだろうが、利も大きかった。
これまで不正が蔓延っていた城門が清廉潔白に運用されるようになった。
アイザック以外が傭兵ギルドのマスターになってしまったら、とんでもない悪事を働ける状況だが、アイザックがそんな奴を後任に指名するわけがない。
アイザックが代官職を兼任する事になるまでに二カ月以上もかかった。
俺には悠長に時間をかけている印象だったのだが、王都の連中からすれば、信じられないくらい早く決まったらしい。
普通なら定期交代迄の二年間にあらゆる手段を使った猟官運動が行われるそうだ。
今回のような悪事露見による交代でなければ、ダンジョン都市の代官はとんでもなく見入りの良い役職なのだそうだ。
ところが今回は任期の半ば、一年弱での解任だ。
王都貴族社会の派閥争いによる役職争いの真っ最中だったそうだ。
それが急に最悪の役職に転じてしまったのだ。
誰も彼もが任命されないように逆猟官運動を始めたのだ。
派閥の領袖も慌てて国王や王妃、宰相や大将軍に辞退を申し出る。
当然他の役職に任官してもらえるように、ダンジョン都市の代官にだけは任命されないように、賄賂まで贈るのだそうだ。
そのような激しい争いが収まるのに二カ月なら短いそうだ。
もちろん俺達もその間遊んでいたわけではない。
三日間のダンジョン狩りは休むことなく続けていた。
一回のダンジョン狩りで一人金貨百枚は稼げる。
二カ月で二十回の狩りを行った。
合計二千五百六十枚の金貨を稼ぐ事ができた。
これまで稼いでいた金と合計すると金貨二千九百四十四枚だ。
これだけあればゴンザレス子爵家の魔の手から家を守れる。
それどころか、この金貨をゴンザレス子爵の顔に叩きつけてやれる。
そう思っていたのだが……
「命懸けで稼いだ金を素直に渡してどうする!
ここは罠を張って陥れるところだろう。
ああいう連中は、生きている限り執念深く狙ってくるぞ。
特に今回は一度煮え湯を飲まされているのだ。
金を受け取っても絶対に諦めないぞ。
それどころか受け取った金を使って強力な刺客を送ってくるぞ」
アイザックに思いっきり叱られてしまった。
俺は田舎で真直ぐに育ったので騙しやすいそうだ。
自分では頭がよくて謀略だってこなせると思っていたのだが……
「お前の家はよほど馬鹿正直な人間ばかりなのだな。
領主一家が家臣領民を大切にするから、民も領主を欺こうしない。
とても幸せな領地なのだろうが、その分騙されやすいのだ。
お前達一家は、親戚や父親の友人はゴンザレス子爵に騙され利用されただけだと思っているのだろうが、最初からグルになっていた連中もいるはずだぞ。
何なら有料で調べてやろうか?」
「……騙されたままの方が幸せなのだろうが、それではまた騙され利用され家族が不幸になる。
どれくらいの金が必要なんだ?」
「単に上辺だけの情報を集めて解析するのなら、家一つに金貨十枚だ。
密偵を送り込み、不正の証拠まで集めて、必要なら叩き潰すところまでやるのなら、家一つに金貨百枚だ。
その代わり、その気なら騎士家であろうと男爵家であろうと手に入れてやる。
ディランの弟や家臣を婿に送り込んで乗っ取れるくらいの証拠を掴んでやる」
「だったら、金貨十枚で家を罠に嵌めたと分かった家にだけ、金貨百枚で密偵を送り込んでくれないか。
俺が使える金は金貨四百四十四枚だ」
「この期に及んで金貨二千五百枚は借金返済に残しておくのか?」
「信じていたロドリゲス伯爵家に裏切られたのだ。
親戚や親父の友人達まで裏切っていたと聞かされたんだ。
アイザックを妄信するわけにはいかない。
それに、アイザックの上を行く罠が張られている可能性もある。
王都の権力者が介入して来て、急に返済しろと言われた時に金を返せなければ、妹が取り返しのつかない事になってしまうかもしれない」
「ふむ、なかなか用心深いじゃないか、合格だ。
これなら親父さんのように騙される可能性は低いな。
親父さんも、最初に持参金なしの婚約を受ける時に、破棄した場合の賠償金を決めて書面に残しておくべきだったのだ」
誇り高きロドリゲス伯爵家を信じていた、と言っても言い訳にしかならない。
実際裏切られて妹が恥をかかされているのだ。
ありとあらゆる場合に備えて書面に残しておくべきだったのだ。
そして何より、力をつけておかなければいけない。
妹が婚約破棄された時も、家にロドリゲス伯爵家を叩き潰せるだけの戦力があれば、向こうもそう簡単に婚約破棄を言いだせなかった。
思いがけない二度の疫病は言い訳にならない。
家臣領民を大切にすると言う家訓を本当の意味で守りたいのなら、兵糧、軍資金、兵力、武具甲冑、医薬品は二重三重に常備しておかなければならない。
父が若い頃は勿論、祖父や曾祖父の時代も平和だったと聞く。
その頃から当主や次期当主がダンジョン都市で軍資金作りをしていたら、こんな事にはならなかったのだ。
騎士として武芸を磨くだけでなく、回復薬や治療薬を学び、領地で自給自足できるようになっていれば、それほど高い値段で薬を買わなくてもよかったのだ。
「覚悟が決まったのなら、いい話を聞かせてやる。
これは傭兵ギルドのマスターが、ガルシア男爵家の人間に情報を売る話ではない。
傭兵ギルドのマスターが、メンバーとその家族を守るために話だ。
悪徳子爵の三男ルチアーノが、独断で刺客を放ったそうだ。
それも、暗殺者ギルドを通した一流どころではない。
旅商人を襲うような賊に莫大な成功報酬を約束し、手付に小銭を掴ませて送り込んで来るらしい」
「それは、賊を生きて捕らたら、ルチアーノが命じたという証人を確保できるという事か?」
「その通りだ。
だから俺はその連中をフリーパスで通す。
傭兵ギルドへの加入を認め、ダンジョンに入り込めるようにもする。
連中はギルドに入らずに街中で襲ってくるかもしれない。
この前のように、ギルドに加盟してハウス内で襲撃してくるかもしれない。
ダンジョンに入る覚悟を決めて、襲い掛かってくるかもしれない」
「いいね、最高だよマスター。
どれほど危険だろうと生け捕りにしてやるよ」
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