第7話:営気と刺客

ビルバオ王国暦198年3月27日:ダンジョン都市プロベンサーナ


 三日間ダンジョンに潜って地上に戻ってきたのだ。

 俺ならば手早く美味い物を喰って眠りたい。

 だが多くの傭兵は、浴びるように酒を飲んで大騒ぎする。


 生きて戻れた事を祝っているのか?

 金を稼げたことをよろこんでいるのか?

 そもそも騒ぐことが大好きなのか?


 どちらにしても俺とは相容れない性格だ。

 そんな連中と交流したいと思わないので、さっさと喰って寝たい。

 だがマクシミリアンは、そんな俺の想いなど無視して大騒ぎするのだ!


 浴びるように酒を飲み大声で騒ぎ、時に歌いだしたりする。

 下手なら文句も言えるのだが、吟遊詩人も顔負けの美声と音量なのだ!

 音痴の俺は黙るしかない、羨ましい事だ。


 それに、羨ましかったり腹立たしかったりするだけではない。

 俺にも十分な利益がある。

 とても無視する事ができない利益なので、眠いのを我慢して付き合うしかない。


 平気で飲み仲間全員に酒を奢る気っ風がいいマクシミリアンのお陰で、マスターに特別扱いされているのに、妬まれる事がない。


 俺も外面がいいので努力と我慢をすれば上手く人に溶け込む事ができるのだが、企むことなく仲良くなれるマクシミリアンには敵わない。


 そのお陰で、思わぬ情報が手に入る事がある。

 ロドリゲス伯爵家とゴンザレス子爵家に睨まれ、度々刺客を送られている俺としては、非常にありがたい事だ。


「へえ、門番がそんなに堕落しているのか?」


「ああ、有力貴族に命じられると、形だけの調査をして中に入れやがるんだ。

 今日もゴンザレス子爵の紹介状を持っていた奴を調べもせずに入れたらしい」


 ちっ、刺客が入り込んだのか!

 これで宿はもちろんダンジョンの中でも安眠出来なくなったな。


「そりゃ嘘だ」


 マクシミリアンにしては珍しく喧嘩を売るような言葉を口にした。


「なんだと?!

 俺が嘘を吐いたと言うのか?!」


「ああ、嘘を言ったね。

 だって財布の中は入念に調べたのだろう?」


「を?

 ああ、おお、そうだな、嘘は吐いていないが話を端折ってしまったな。

 確かに財布の中は調べていたな」


「で、どれくらい調べていたのか知っているのか?」


「直接見たわけじゃないからな、正確には分からんよ。

 だが相場は知っているぞ!」


「ほう、物知りだな。

 後学のために聞かせてもらえないか?」


「おお、いいぞ。

 その代わりここで一番高いワインを奢ってくれ」


「それくらい任せろ、こいつに最高級ワインを一杯だ!」


「はぁあい、最高級ワイン一杯お持ちします」


 傭兵ギルドのギルドハウスに併設されている、食堂兼酒場の給仕が満面の笑みを浮かべて返事をする。


 最高級ワインは高いので、一杯当たりの利益も多いのだろう。

 それに気っ風のいいマクシミリアンの注文だから、チップも期待できる。


「おう、ありがとうよ。

 紹介状にもランクがあってな、権力者の紹介状ほど効果がある。

 ゴンザレス子爵やロドリゲス伯爵家の紹介状を持っていれば、金貨一枚渡せばフリーパスで中に入る事ができる。

 そこそこの子爵や男爵の紹介状なら、金貨三枚が相場だな。

 没落寸前の力のない貴族の紹介状だと、金貨十枚はとられる。

 もっとも、ゴンザレス子爵やロドリゲス伯爵家から紹介状を貰おうと思ったら、金貨十枚どころじゃない大金が必要だがな」


 そういう事なら、父上の紹介状でも金貨十枚用意しておけば、フリーパスでダンジョン都市に刺客を送り込めるのか?


 だが、そんな事をしてしまったら、後々紹介状が証拠になってしまう。

 つまり、今回ゴンザレス子爵が書いた紹介状も、犯罪の証拠にできる。


 もっとも、偽造されたとか家臣が勝手に書いたと言って逃れるだろう。

 それでも、問題が起れば貴族としての評判が悪くなる。

 いや、今更ゴンザレス子爵が世間の評判など気にしないな。


 だが、他の貴族は評判を気にするだろう。

 ロドリゲス伯爵家は今落ちた評判を気にしているかもしれない。


 あの腐れフェリペは気にしていないだろうが、当主や夫人は気にしている可能性があるし、親族は腹を立てているに違いない。


 ここは何としてでも刺客を生きたまま捕らえたい。

 捕らえた上で紹介状を確保して、ゴンザレス子爵に言い訳をさせて評価を落とす。


「マクシミリアン、ダンジョンの疲れが出たようだ。

 俺は上で眠らせてもらうぞ」


「分かった、俺はもう少し飲ませてもらう」


「それは構わない、好きにやってくれ。

 どうせ何時ものように朝まで飲むんだろう。

 ダンジョンに入る時に万全なら文句は言わん」


「ああ、そうさせてもらう」


 俺は全く殺意を感じる事ができなかったが、ここにいる連中の中に刺客が紛れ込んでいるのだろうか?

 結構初めて見る顔も多い。


 だが初めて見る顔だからといって、刺客だとは断言できない。

 俺もまだここに来て間がないのだ。

 ダンジョンに入るタイミングの問題で、顔を見た事がないだけかもしれない。


 もし刺客がこの中にいたとしたら、見事なものだな。

 全く殺意も何も感じられない。

 そんな奴に襲われて俺は生き残られるだろうか?


 俺ならばどうする、どうやって俺を殺そうとする?

 今直ぐ俺の後をつければ目立ち過ぎる。

 酒場にいる連中が酔いつぶれ、俺が熟睡した頃に襲うか?


 ギャッ!

 ドーン!

 シュ、シュ、シュ、シュ

 ギャ、グッ、ガッ


 やはり部屋の中で待ち構えていやがった。

 アイザックが買い取りを拒否してくれたマクシミリアンの名剣を借りていなければ、ドアを突き破って中の刺客を殺す事はできなかった。


 俺が領地から持ってきた剣は、鈍らではないが、名剣と言えるほどではない。

 それでも俺の腕なら、並のドアなら易々と貫く事ができる。


 だが幸か不幸か傭兵ギルドの宿はとても頑丈に造られている。

 そうでなければ血の気の多い暴れ者の傭兵が簡単に壊してしまうからだ。


 今回の部屋のドアも、最悪立てこもる事も考えられた頑丈な物だ。

 名剣でなければ、勢いを殺す事なく突き刺して中の刺客を一撃で殺す事などできなかっただろう。


 ドアを刺し貫くと同時に、十分用心しながら左手で急いでドアを開ける。

 右手は剣を持っているから他の事には使えない。


 窓から逃げようとする刺客に左手で手投剣を投じて絶命させる。

 もう窓から逃げた奴がいるかもしれないと、急いで窓に近づくほど愚かではない。


 一流の刺客は自分や仲間を犠牲にしてでも狙った獲物を殺すのだ。

 俺は窓に近づいた場合に死角になる場所に手投剣を放った。


 グッ!


 事が起こる前には殺さずに捕らえたいと思っていたが、とても無理だ。

 待ち伏せされた上に多勢に無勢だ。

 先ずは生き残る事を最優先にする!


 接近戦で手投剣は不利だ。

 右手にロングソードを持っているが、室内の接近戦に慣れた刺客が相手では、取り回しの速さで負けるかもしれない。

 

 予備のショートソード、いや、ダガー言った方がいい刃渡りだ。

 この部屋で戦う事になった場合の事は事前に考えていた。

 

 マクシミリアン相手に何度も模擬戦を繰り返し、右手に名剣をもって戦う前提で、左手にどのような武器を持つのが最適かは試している。

 一流どころの刺客が相手でも、負ける事はない!


 ★★★★★★


 今回の刺客も七人だった。

 暗殺者ギルドの刺客は七人一組なのだろうか?

 残念ながら一人も生け捕りにはできなかった。


 最後の一人は捕らえようとしたのだが、口に仕込んであった毒を噛み破って死にやがった。


 この部屋ではとても眠れそうにない。

 マクシミリアンに襲われた事を言っておかなければならない。

 傭兵ギルドにも報告しなければいけない。


「マクシミリアン、刺客に襲われて部屋がめちゃくちゃだ。

 眠る気なら別の部屋を借りなければいけない」


「なんだって?!

 刺客に襲われただと?!

 傭兵ギルドの宿でメンバーを襲うのは俺達に対する挑戦だ!

 ギルドの面目に賭けて探し出して殺すぞ!」


「「「「「おう!」」」」」


 酒場にいた傭兵達が激怒している。

 傭兵ギルドと言うのはそんなに結束力があるのか?

 メンバー同士で獲物を巡って争っている印象しかないのだが?


「ディランさん、部屋に入ってもいいですか?

 できる限り証拠を集めて、ギルドに敵対する連中の正体を確かめ、全力で報復しなければいけませんから」


 なるほど、自分達が所属するギルドが舐められると、立場が危うくなるのか。

 そりゃそうだ、弱小ギルドではメンバーを護れない。

 報復されると怖い相手でなければ、誰も言う事を聞かない。


 どれほど入念に契約を決めていても、相手に守る気がなければ何の意味もない。

 妹の婚約が破棄された時と同じだ。

 力のない者に正義を押し通す事などできない。


「分かりました、俺が立ち会うので証拠を探し出してください」

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