第20話:事前準備

ビルバオ王国暦199年5月22日:ダンジョン都市プロベンサーナ


「おお、よく戻ったな。

 これ以上戻らないようなら、誰かを深層にまで潜らせないといけないと悩んでいたところだった」


 俺達がダンジョンから戻ってマスターの執務室を訪ねたら、いきなりそう言われてしまったから、慌てて聞き返してしまった。


「領地に何かあったのですか?」


「ああ、またゴンザーロが仕掛けてきやがった」


「あれほど厳しい処分を受けたのにもかかわらず、まだ諦めずに我が家に手を出してきたのですか?

 マスターが国王陛下に報告するだけで始末できるのではありませんか?

 俺としてはこの手でぶち殺したいですが、ゴンザーロを殺せる絶好の機会を見逃す気はありませんから、マスターが始末してくれて構いませんよ」


「残念ながら今回は完璧に裏に隠れていやがるのだ。

 今報告しても、ゴンザーロの関与は証明できない。

 全て状況からの推測でしかないからな」


「どのような状況からゴンザーロの関与を疑われたのですか?」


「代々この辺りの寄り親に任命されているロドリゲス伯爵家が、ガルシア男爵家にだけ軍役演習を命じてきたのだ。

 他の家には自分の直轄地の労役で済ませているのにだ」


「それは余りにも露骨ですね。

 まだゴンザーロの娘との婚約を維持しているのですよね?」


「ああ、親兄弟にどれほど罪があっても、ヴァレリアには何の罪もないと言ってな」


 ヴァレリアか、マリアの侍女であるヴァレリーとほとんど同じ名前だな。

 性格は全く違うようだが、ちょっと気になってしまうな。


「ご立派な事を言ってくれるな、だったらマリアに何の罪があったというのだ!」


「マクシミリアン様、私の事はもういいのです。

 それに、あのような塵と結婚しなくて本当に良かったと思います。

 そのお陰でマクシミリアン様のような立派な方と結婚できるのですもの」


 ダンジョンに潜り続けたのがよかったのかもしれない。

 ヴァレリアの話しを聞いても、婚約破棄の話題が出ても、動揺していないように思える。


「マリア嬢が平気ならばそれでいいですが……」


「二人とも仲のいいのは分かったから、マスターアイザックの話を聞こう。

 それと、人前でマクシミリアンと手を繋ぐのは、令嬢としてどうなのだ?」


「まあ、妹に執着し過ぎるのはみっともないですわ。

 そろそろお兄様も恋人を作られた方がいいのではありませんか?」


「そうだぞ、ディラン。

 恋のない人生など空し過ぎるではないか。

 舞踏会や晩餐会に参加して令嬢と知り合う機会を作った方がいいぞ」


「う・る・さ・い!

 恋をしようとしまいと俺の勝手だ。

 それよりもゴンザーロとヴァレリアの悪巧みを防ぐことを考えろ。

 ヴァレリアが手強いと言っていたのはマクシミリアンではなかったか?」


「そうだったな、だがそれほど気にする必要もないと思うぞ。

 義父上に領地を護っていただき、我らが軍役演習を指揮すればいい。

 男爵家への軍役だから、騎士五騎、領民兵五十人も動員すればいいのだろう」


「その通りだが、その程度の動員だと、ロドリゲス伯爵軍が総攻撃してきた時に防ぎきれないだろう?」


「ロドリゲス伯爵家はもうゴンザーロとヴァレリアに乗っ取られているはずだ。

 ゴンザレス子爵位を失った状態で、ロドリゲス伯爵家が潰されるような露骨なやり方はできないはずだ。

 やるとしたら自分達の関与が証明できない形になるはずだ」


「凄腕の刺客を送ってくるか、また傭兵や賊を使ってくるのか?

 刺客なら誤魔化せるかもしれないが、傭兵や賊では先の二回を思い出すだろう?」


「そうだったな、気を付けるのは刺客だけだな。

 後は……未開発地の野獣の群れに見せかけるやり方だな。

 ロドリゲス伯爵軍や賊を使って皆殺しにした後で、野獣を集めれば誤魔化せる。

 いや、待て、考えが変わった。

 マスターアイザックが危機感を持っているんだ。

 何か理由があるはずだぞ」


 俺はもう一度マスターアイザックの話しを聞こうと顔を向けた。


「マクシミリアンの言う通りだ。

 ゴンザーロは強かだし、王都の高位貴族共は腐りきっていやがる。

 新たに権力を握った連中が、ゴンザーロと手を組みやがった。

 偽の回復薬や治療薬で莫大な利益を稼ぎ続けているゴンザーロから賄賂を受け取り、俺から国王に届ける報告書を握り潰してやがる。

 臨時の代官職も宰相とゴンザレス子爵を処分した事で、もうお役御免だと言われている。

 近々新たな代官が送られてくるはずだ。

 城門での賄賂も元通りになってしまうだろう」


「最悪とまでは言いませんが、かなり状況が悪いようですね。

 こんな状況では、絶対にロドリゲス伯爵家を潰さないとは言い切れないのではありませんか?」


「……そうだな、俺も危険な気がしてきた」


 マクシミリアンも危機感を強めたようだ。


「俺もそう思ったから二人をダンジョンから呼び戻そうかとまで思ったのだ。

 ゴンザーロとヴァレリアが王都の高位貴族に取り入り、新たな爵位を手に入れる算段がついていたり、侯爵家以上を乗っ取っていたりしていたら……」


「ロドリゲス伯爵家の全軍を相手にする事になりますね。

 領地の戦力を削って軍役演習に派遣するのは怖い。

 だからといって軍役演習に最低限の戦力しか派遣しないと皆殺しにされる。

 何か方法はないか、マクシミリアン」


「俺は他国の出身だから、この国が課している軍役の詳細が分からない。

 五騎五十兵以下にできない事は分かるが、それ以上の兵力でも構わないのか?

 どれくらいまでなら増やしていいのだ?」


「俺も詳しい事は分からないな。

 武威を見せたい領主が、騎馬を雇って十騎にしたという話は聞いた事がある。

 領民を無理矢理動員して二百名集めたという話も聞いた事がある」


「五十の領民兵全員を騎乗させたら問題があるか、マスターアイザック?」


「前代未聞だが、絶対に駄目だという事はない。

 辺境の領主が自分の武威と富裕を誇ろうとして、逆に笑い者になる事はよくある話だからな。

 莫大な賠償金を得たガルシア男爵家が、その金に飽かせて騎兵を雇う事があってもおかしくはない」


「俺達に騎兵を雇わせる気なのか?

 マクシミリアンは領民に騎乗させる心算なのだよな?」


「ああ、俺は信用できる領民に騎乗させる心算だったのだか、マスターアイザックは騎兵を雇えと言っているのだな?」


「ああ、その通りだ。

 堅く籠城して守るだけなら、武芸に秀でた領民は必要ないと思うかもしれないが、情けない話しだが、労働傭兵程度では守り切れない可能性がある。

 ロドリゲス伯爵やフェリペは惰弱だが、伯爵軍は精強だ。

 そして金に飽かせて集めたゴンザーロの私兵もだ」


「その精強な伯爵軍が軍役演習に派遣された我が軍を襲う可能性もあるのだろう?」


「だから、俺が厳選した一騎当千の騎兵を集めてやる。

 このダンジョン都市で小銭稼ぎをしているような連中じゃない。

 他国の王家や大貴族に仕える騎士になろうとしている精鋭達だ」


「……そんな連中が、弱小国の男爵家に雇われてくれるのか?」


「大国での王位継承争いがひと山越えて、仕官できそうな連中は全員仕官した。

 負け組についていた傭兵達は急いで安全な国に退避している。

 そんな騎兵達の中で、人柄の好い連中だけに声をかけた。

 騎士装備も軍馬も持っている連中だ。

 働きしだいで開拓した農地を十ヘクタールほど与えると約束すれば、喜んで男爵家の騎士になるだろう」


「小作農や家畜を用意しなくてもいいのか?」


「その辺は連中の働きしだいで強弱をつけてやってくれればいい。

 どうせ元々の領民はこれまでの小作地を放棄して開拓地で騎士になるのだろう。

 他の貴族や騎士が襲い掛かって来そうな場所は、これから忠誠を誓う奴らに与えて、その言動を確かめればいい」


「自分が手配する騎兵に対して冷淡だな」


「冷淡ではない、それだけ信用しているのだ。

 連中ならば必ずお前達が納得する働きをしてくれるはずだ」


「そうか、それで何人いるのだ」


「五十騎前後になると思うが、多少は増減すると思ってくれ」


「分かった、マクシミリアンもそれで良いか?」


「最後に確認させてくれ、この時期なら軍竜が使えるのか?

 新たに参陣する騎兵達は、軍馬なのか軍竜なのか?」


「基本軍馬だが、家族で参陣する者の中には、予備に軍竜や軍鳥を持っている者もいるから、その点は気をつけてやってくれ。

 温かない厩舎が必要不可欠だ」


「軍鳥も冬が苦手なのか?」


「ああ、基本は苦手だが、中には寒さに強い品種もいる。

 その辺は軍竜も同じだ。

 味方になった時点で確認してくれ」


「分かった、ディランはもう確認する事はないのか?」


「まだ大事な事を聞いていなかった。

 軍役演習が行われるのは何時だ?

 騎兵が到着するのは何時だ?」


「どちらも十日後だ」

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