第21話:謀略森林

ビルバオ王国暦199年6月2日:未開発地の森林


「「「「「ウォオオオオ」」」」」

「「「「「ころせぇえええええ!」」」」」

「一人殺したら金貨十枚だぞ!」

「「「「「やれぇえええええ!」」」」」


 騎馬突撃など絶対にできない深い森の中で襲われた。


「慌てず迎え討て!」

「「「「「おう!」」」」」


 配下に命じたが、自分が先頭に立たずに戦う事には慣れない。

 だが、騎兵六十騎の指揮官となれば、自分の武勇だけを誇ってはいられない。

 全騎が一番力を発揮できるように指揮しなければいけない。


「ディランは前を見ていてくれ。

 背後からの奇襲は俺が警戒しておく」


 マクシミリアンがそう言ってくれるから、俺は今襲い掛かってくる奴だけに集中する事ができる。


「敵騎士には二騎一組でかかれ!

 ペアの二騎は歩兵に邪魔させるな!」


「「「「「おう!」」」」」


 敵は騎兵が二十騎、歩兵が五百兵だ。

 事前にロドリゲス伯爵家の騎士と軍役演習について話し合った時に、俺達六人以外の傭兵に歩兵の真似をさせたことがよかった。


 騎兵六騎歩兵六十人が相手なら、騎兵二十騎歩兵五百人で絶対に勝てると思ったのだろうが、残念だったな。

 いや、伏兵がいると考えて戦った方がいい。


 それに、正式な騎士になりたいという目標のためとはいえ、敵が宰相や伯爵家だと分かっているのに、男爵家でしかない我らに味方してくれた騎兵達だ。

 俺の愚かな指揮で死なせるわけにはいかない。


 騎兵対騎士の戦いで死ぬのなら実力不足だから仕方がない。

 だが敵騎士と戦っている時に、歩兵に横槍を入れられて殺されるのは嫌だろう。

 手の空いている騎兵に敵歩兵を排除させなければいけない。


「敵騎士討ち取ったり!」

「俺も討ち取ったぞ!」


 続々とこちらの騎兵が敵騎士を討ち取っている。

 いや、相手がロドリゲス伯爵家の騎士とは限らない。

 ゴンザーロが雇った騎兵という事もあり得る。


 いや、敵は全員ロドリゲス伯爵家の騎士という事にしておこう。

 その心算で褒美を与えた方が士気を高められる。

 その程度の事でこれから代々忠誠を使ってもらう騎士とわだかまりは作れない。


「ガルシア男爵家の騎士を討ち取ったぞ!」


「直ぐに助けてやれ、急いで治療すれば助かるぞ」


 俺の指示で二列目に騎馬列を作っていた騎兵が急いで助けに入る。

 二列目の騎士には領内で作った治療薬と回復薬を貸し与えている。


 敵にもなかなか強い騎士がいるが、全体的にはこちらが圧倒している。

 敵はこちらの騎士を三人の騎士で斃す心算だったのが、逆に二騎から襲われる事になっている。


 歩兵に関しては、五人で一人を襲う心算だったのが、一人の歩兵もいないのだ。

 深い森だから、扱いの難しい槍ではなく剣を用意したのが失敗だ。

 騎兵と戦うなら長い槍でなければ急所に届かない。


 剣で騎乗した敵と戦う方法は多くない。

 馬の足を斬るか人間の足を斬るか、手綱を斬るくらいしかない。

 どれも致命傷にならないから、逆撃されて死ぬことになる。

 

 マリアは騎士装備をした三人の侍女に護られている。

 マクシミリアンも油断する事なく四方に視線を送ってくれている。

 これならマリアを害される事も奇襲される事もないだろう。


「ガルシア男爵家の騎士を討ち取ったぞ!」


「直ぐに助けてやれ、急いで治療すれば助かる」


 敵の中で突出した強さを誇る騎士が二人目の騎兵を討ち取りやがった。

 討ち取ったとは言っているが死んでいるとは限らない。

 頑丈な騎士鎧の上から斬られても、打撃による衝撃は受けても切り傷はない。


 重量のある騎士装備で落馬しているから、首を折って死んでしまう確率は高いのだが、絶対に死ぬと言う訳ではない。


 そもそも騎士の収入源は倒した敵の身代金だ。

 だからこそ騎士は少しの事でも一対一の決闘を申し込む。

 負ければ身包みはがされ、勝てばひと財産ができるのだ。


「次は俺だ、ガルシア男爵家の次期当主を討ち取ってみろ!」


 騎兵達の手柄を奪う気などないのだが、このまま一列目を突破させるてしまったら、敵がマリアに近づいてしまう。

 ランスだけしか待っていないならいいのだが、飛び道具を持っていた場合が怖い。


「お、賞金首か!

 貴様を殺したら金貨百枚だ!」


 敵は雇われの騎兵だったようだ。

 やはりと言うべきか、このような汚れ仕事を正規に騎士にさせたりしたら、密告されてしまう可能性があるからな。


 ロドリゲス伯爵家の騎士がまだ誇りを持っているのならいい。

 全ての騎士が清廉潔白だ、などとはもう言わない。

 それでも、最低限の誇りくらいは持っていて欲しいと思ってしまう。


「お前のような誇りも何もない傭兵に討たれる俺ではない!」


 深い森の中なので、助走をつけた突撃などできない。

 騎士が一番重要視している馬上槍試合での戦術が使えない。


 だがガルシア男爵家は代々未開発地の深い森の中で戦う技を磨き続けてきた。

 馬上槍を巧みに操り、人間より遥かに素早く小さな魔獣を斃してきたのだ。

 鈍重な騎兵など簡単に討ち取れる!


「ロドリゲス伯爵家の騎士を討ち取ったぞ!

 宣戦布告もなしに襲ってきたのはロドリゲス伯爵家だった!

 ゴンザーロの娘、ヴァレリアと婚約を解消しなかったのはこのためだ!

 今回はロドリゲス伯爵家とゴンザーロが手を組んだのだ!

 ロドリゲス伯爵家は貴族の風上にも置けない卑怯下劣な奴らだ!」


 今襲撃している者達の中にロドリゲス伯爵家の人間がいる確率は低いだろう。

 マクシミリアンやマスターアイザックに確認したから間違いない。


 だが、俺達にこの場所で狩りをしろと命じたのはロドリゲス伯爵家だ。

 そこに伏兵がいたのだから、関係がないと言い張っても通じない。

 まして過去二度も宣戦布告なしに襲撃してきた奴の娘が婚約者だ。


「「「「「ウォオオオオ」」」」」

「「「「「ころせぇえええええ!」」」」」

「誰でもいい、一人殺したら金貨百枚くれてやる!」

「「「「「やれぇえええええ!」」」」」

「「「「「ころせぇえええええ!」」」」」


「慌てるな、伏兵がいる事は想定済みだ。

 二列目、伏兵を叩き潰せ。

 一列目、その場を死守しろ」


 俺の代わりにマクシミリアンが指揮を執ってくれている。

 こうなった場合は、俺が一列目の指揮を執る事になっている。


「一列目、安心しろ。

 敵騎士は全て討ち取っている。

 歩兵は槍を持っていない。

 持っていたとしても、この密林の中では槍衾は作れない。

 お前達が歩兵ごときに討たれる事はない。

 焦らず確実に突き殺せ!

 一人ずつ確実に突き殺せ、皆殺しだ!」


「「「「「おう!」」」」」


 マクシミリアンと俺が堂々と指揮した事で、騎兵達に動揺はない。

 二人一組が二つ、四人ペアで隙を作らないようにしている。

 一騎でも欠けた四人ペアは予備隊と交代している。


 だが欠けたのは俺が斃した騎士に落馬させられた二人だけだ。

 他の騎兵は二対一で負ける事はなかった。

 後は堅実に歩兵を突き殺すだけだ。


「逃げるな、逃げたら追手に殺されるぞ」

「知るか、先の事より今だ!

「おい、こら、待て、逃げたら傭兵団が潰される!」

「死にたきゃお前が死ね!」


 どうやら敵は傭兵団だったようだ。

 指揮官クラスの騎士にだけロドリゲス伯爵家の者がいたのかもしれないが、できればいないで欲しいな。


「抵抗する者、その場に踏ん張る者だけ殺せ!

 逃げる奴は放っておけ!

 ロドリゲス伯爵家の騎士一騎につき金貨一枚。

 歩兵一人につき大銀貨一枚だ。

 他にも伏兵がいるかもしれない、休める時に休んでおけ!」


「「「「「おう!」」」」」


 味方の間で手柄争いが起きないように、報奨金は四人ペアで公平に分配される事になっている。


 マスターアイザックが教えてくれた方法だが、言う通りにしてよかった。

 そうしておかなかったら、命令違反する者が出たかもしれない。


「ロドリゲス伯爵家の騎士を討ち取ったぞ!」

「俺もロドリゲス伯爵家の騎士を討ち取ったぞ!」

「俺はロドリゲス伯爵家の歩兵四人を討ち取ったぞ!」

「俺もロドリゲス伯爵家の歩兵五人を討ち取ったぞ!」


 最初の襲撃で敵を倒して賞金を稼げなかった二列目の騎兵達が、嬉々として二度目の襲撃者達を突き殺している。


 しれにしても、これだけロドリゲス伯爵家と連呼しているのに、のの伏兵が出てこないという事は、もう伏兵がいないという事なのだろうか?


 まあ、最初の襲撃で確実に勝てると思っていただろうからな。

 二度目に襲撃は百人程度のようだったし、もう襲撃はない可能性が高いか?

 それとも、未開発地を出た所で待ち構えているのだろうか?


 マスターアイザックの報告は握り潰されているというから、王都に出て今回の非道を訴えるべきか?


 それとも、王都の腐れ高位遺族が介入してくる前に、ロドリゲス伯爵家を叩き潰してしまった方がいいのだろうか?


 全ては未開発地を出て家族で話し合ってからだ。

 先ずはこのまま素直に未開発地を出るか、待ち伏せを警戒して大きく迂回してから未開発しを出るかだが……


「マクシミリアン、相談したい事があるのだ」

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