借金の所為で婚約破棄された妹が、返済のために腐れ外道男爵公子を婿に迎えなければいけない?兄として見過ごせるか!

克全

第1話:旅立ち

ビルバオ王国暦198年3月7日:ガルシア男爵家・カディス城の領主執務室


「ディラン、すまん、もうどうにもならないのだ。

 長男に生まれたお前を追放しなければいけないのは情けないが、家臣領民を護るためには仕方がないのだ」


「いえ、もう謝らないでください、父上。

 父上が家臣領民を助ける為に、家財を投げうち、借金までして回復薬や治療薬を買われた事は、尊敬こそすれ恨みになど思っていません」


「そう言ってくれるのはうれしいが、結果がこれではな……」


「父上は相手を選んで借金をされたのです。

 信用できる親戚や友人を選んでお金を借りられました。

 その借用書を買い集めて我が家を乗っ取ろうとするような者がいるなど、誰も想像できなかった事です」


「……だが、想像しておかなければいけなかったのだ。

 そうしていれば、あんな腐れ外道をマリアの婿に迎える事もなかったのだ」


「それも全てゴンザレス子爵家の策略でしょう。

 最初は持参金なしでも嫁に来てもらいたいと言っていたロドリゲス伯爵家が、急に持参金を持ってこられないなら婚約を破棄すると言い出したのです。

 しかもゴンザレス子爵家の令嬢との婚約まで発表したのです。

 全ては我が家の借用書を買い占めたゴンザレス子爵家の陰謀です」


「分かっている、分かっているのだ。

 だが、当主ならば、それを予測しておかなければいけなかったのだ」


「先ほども申し上げましたが、そのような事は不可能です。

 どこの誰が、額面の三倍もの金を出して借用書を買い集めると思うのですか?

 それに二度の疫病で困窮していなければ、親類も父上の御友人達も、借用書を売ったりはしません。

 何より誇り高きはずのロドリゲス伯爵家が、自ら申し出た約束を反故にするなど、想像できるはずがありません」


「……私がマリアの美貌を甘く考えすぎていたのだな」


「そう、ですね、ですがそれは私も同じです。

 マリアの美貌を軽く考えすぎていました。

 でも今は違います。

 悪辣非道なゴンザレス子爵家が、なりふり構わず手に入れたくなるほど美しい事がよくわかりました。

 だから、マリアを護るためなら何だってします。

 私はマリアの兄なのです。

 あのような卑怯下劣な奴にマリアを渡すわけにはいきません!」


「だが、金貨千五百枚もの大金はそう簡単に返せる金額ではないぞ。

 それに利息と併せれば金貨二千枚は用意しなければならぬ」


「分かっております、父上。

 私も由緒あるガルシア男爵家を継げるだけの鍛錬はしてきた心算です。

 私を追放すると言う向こうの要求に従う事で、一年の猶予を得たのです。

 ダンジョン都市に行って、必ず金貨二千枚を手に入れてきます。

 二千枚は無理でも、利息分の五百枚はこの命にかけて稼いできます」


「二年の猶予があれば、一人の民も死なせなかった我が家なら、軍馬を育て武具甲冑を造る事で、何とか金貨千五百枚は作れると思う。

 問題はそれまで婿を取る事も嫁に行く事もできないマリアの事だが……」


「あのような腐れ外道を婿に迎えるくらいなら、家臣の家に嫁がせてもいいのではありませんか?

 我が家にはマリアの事を女神のように慕っている若者が沢山います。

 それに、ゴンザレス子爵家がここまでして手に入れようとするマリアです。

 ゴンザレス子爵家の魔の手を振り払う事ができれば、同じ家格の男爵家から縁談が舞い込む可能性もあります」


「そう、だな、確かにその通りだな。

 それに、無理に他の貴族に嫁がせたら、金にものを言わせたゴンザレス子爵家にマリアを差し出すかもしれない。

 そんな事になるくらいなら、ディランの言う通り、忠誠心豊かな家臣の家に嫁がせた方がいいかもしれないな」


「そうですよ、父上。

 私達が考えるのは、マリアの事。

 マリアの幸せが最優先です。

 私は明日の朝、夜が明ける前にダンジョン都市に行けるように準備してきます」


「ナタリアとマリア、レナータ達には今夜のうちに会っておきなさい」


「はい、母上はもちろん、妹達にもちゃんと別れの挨拶をしていきます」


 俺は家を護るためなら何だってする。

 俺の魂を売って金貨二千枚が手に入るのなら、喜んで売る。

 だがこのご時世、人の命や魂など安く買い叩かれてしまう。


 二度の疫病の所為で、国民の八割が死んでしまった。

 必要とされる食糧の量が五分の一になってしまったのだ。


 その影響で、農業主体のガルシア男爵家は再建に苦しんでいる。

 大儲けできたのは、貴重な回復薬や治療薬を作れる薬師と、それを法外な値段で売りつける商人だけだ。


 我がガルシア男爵家は、一度目の疫病は蓄えを放出し家宝を売り払う事で、何とか家臣領民を誰一人死なせる事なく乗り越える事ができた。

 

 だが立て続けに流行った二度目の疫病を乗り越えるために、親戚や父上の友人知人から借金をするしか家臣領民を助ける方法がなかった。


 家臣領民を見殺しにして、自分達だけが助かった貴族や士族からは愚かだと言われたが、家臣領民を大切にするのがガルシア男爵家の家訓であり誇りなのだ。


 その事に関しては父上も俺も後悔はしていない。

 ゴンザレス子爵家に付け込まれたのは悔しいが、もしまた同じように疫病が流行ったとしても、全てを投げうって家臣領民を助ける。


 それにまだ完全に負けたわけではない。

 俺が金を稼ぎさえすれば挽回できる。


 問題は、ゴンザレス子爵家が一年間分の利息を棒引きにする事を条件に、俺の追放を要求してきた事だ。


 ゴンザレス子爵家は俺の事を邪魔に思っているのだ。

 俺を家に残したら、戦争や決闘に訴えてでもマリアを護ろうとすると考えている。

 その通りなので、悪知恵が回るのは確かだ。


 そんな悪知恵が回るなら、俺が領地を出たとたんに命を狙ってくるだろう。

 俺がマリアのために金を稼ごうとする事も読んでいるはずだ。


 商才も特別な技術も才能もない俺がまとまった金を稼ごうと思ったら、ダンジョン都市に行くしかない。


 その事を読んで、まず間違いなく街道の途中で待ち伏せしているはずだ。

 俺を確実に殺すために、腕利きの刺客を複数用しているに違いない。


 刺客を避けて街道を大きく迂回してダンジョン都市にいくべきか?

 それとも刺客と戦う決断をして、襲ってくる刺客を捕らえられるだけ捕らえて金に換えるべきか?

 

 街道を迂回したとしても必ず追ってくるだろう。

 迂回して時間がかかった分、ダンジョン都市で金を稼げる日数が減ってしまう。

 それならば、命懸けで強行突破した方がいい!


 相手が腕利きの刺客ならば、高額な賞金がかかっているはずだ。

 賞金がかかっていなくても、犯罪者奴隷として売り払う事ができる。

 名の知れた刺客ならば、金になる装備なども手に入れる事ができるだろう。


 これは悪知恵が回るゴンザレス子爵家が相手だから期待できないが、もし万が一、捕らえた刺客がゴンザレス子爵家に依頼されたと証言してくれたなら。

 ゴンザレス子爵家を主犯として捕えて裁く事ができる。


 そう考えれば、俺がどうすべきか決まってくる。

 できるだけ装備を整えて、刺客が待ち構えている街道を強行突破する!

 問題は、家臣領民を助ける為に殆どの装備を売ってしまった事だ。


 今我が家に残されている装備は、国王から軍役や訓練を命じられた時に恥をかかないですむ最低限の装備だ。


 悪知恵の回るゴンザレス子爵家の事だから、この辺の寄り親になっているロドリゲス伯爵家を動かして、我が家に訓練出陣を命じる可能性がある。

 その時に騎士の装備が不足していたら、軍役違反で罰せられてしまう。


 俺が持ち出せる装備は、二度の疫病で農地を狙う野獣を狩るための装備すら売り払ってしまったので、疫病を凌いだ後で急いで作った簡易の猟師装備くらいしかない。


 その程度の装備で腕利きの刺客と戦わなければいけないのは正直苦しいが、妹や家を護るためならやるしかない。

 何か隠し玉になるようなモノがあればいいのだが……

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