第5話:傭兵ギルト

ビルバオ王国暦198年3月18日:ダンジョン都市プロベンサーナ


 俺と高位貴族の御曹司であろう赤髪紅眼の巨躯、マクシミリアンは組んだ。

 俺は金儲けのためにリスクを取る決断をしたのだ。

 それなのに、マクシミリアンは……


 とっても楽しそうだった。

 何が楽しいのか、起きている間中話し続けやがった。

 最初は俺の事を探ろうとしているのかと疑ったが、そうでなかった。


 巨体で怪力でおしゃべりなんて、村一番に喰い意地の張ったサマンサかよ!

 あのおばさんは、領主の息子であろうと関係なしに近所の噂話をするのだ!

 あれと似た奴とパーティーを組んだと思うとゲンナリするぞ!


 などと思っていたが、実際にパーティーを組むとマクシミリアンはとても信頼できるパートナーだと分かった。


 組んで初日の宿は、ダンジョン都市まで一日の小さな街だった。

 開拓村と同じような、未開発地の野獣を警戒する円村なのだが、その戸数が四十戸以上で宿屋があるのだ。


 商店と酒場を兼ねているとはいえ、宿屋のある村は珍しい。

 旅商人が来るのが年に一度程度の辺境の村では、普通は宿屋などない。

 領主の徴税役人なら村長宅に泊め、旅商人は家畜小屋に泊めるのが普通だ。


 それだけダンジョン都市に向かう者や戻る者が多かったのだろう。

 だが二度の疫病の後は、そんな人間も激減しているようだ。

 宿は寂れているし、村もとても暗い感じがした。


「へえ、そうなんですか。

 旅の途中で病気になって逗留している人がいるのですか?」


 俺は酒が飲めないので、酒場で酔っ払いの相手をするのが大嫌いだった。

 だから仮面をかぶって、ミルクやジュースを飲んで必死で情報収集する予定だったのだが、マクシミリアンがいて助かった。


 酒を浴びるように飲み、満面の笑みを浮かべておしゃべりするマクシミリアンが居てくれると、俺は相槌を打っているだけで情報収集できる。


 湯水のように酒代を使うマクシミリアンの金銭感覚のなさには恐怖を感じるが、高位貴族の御曹司なら金も持っているのだろう。


 マクシミリアンの金で刺客の可能性が高い長逗留の旅人がいるのが分かったのだ、文句を言うべきではない。


 それに、自分の収入にあわせて金を使うのが普通なのだ。

 高位貴族の御曹司であろうマクシミリアと、貧乏男爵家の子供が使える金を比べても空しいだけだ。


 俺は自分だけ寝ずに刺客を迎え討つ心算だった。

 酔っぱらって大鼾をかいているマクシミリアンなど期待していなかった。


 だが、刺客が室内に入ってきた途端、マクシミリアンの大鼾が止まり、猫種大型肉食獣のような素早さと力強さで迎え討った。

 

 待ち伏せして後の先を取ろうとしていた俺とは違い、部屋に入ってこようとした敵の出鼻を挫くタイミングで襲い掛かったのだ。


「ディラン、依頼者が誰だか確かめるのに拷問するのだろう?

 殺さない程度にぶちのめしておいたから、確認しろよ。

 俺は拷問が性に合わないから、夜の散歩に行ってくる」


 俺がガサツだと思っていたマクシミリアンが、刺客が依頼者を知っているのか確かめる為に、殺さずにいてくれたのは驚きだった。


 マクシミリアンのお陰で七人の刺客をとても厳しく調べる事ができた。

 だが、暗殺ギルドの上役から命じられたとしか答えさせることができなかった。

 俺程度の拷問では、専門の教育を受けた刺客の口を割らせる事などできない。


 急いで移動しようと思えば刺客七人は邪魔でしかない。

 それでも、賞金の事を考えれば生かしてダンジョン都市に連れて行く方がいい。


 その賞金を重視した決断が、ダンジョン都市の城門を簡単に通過できるという、予想外の結果につながった。


 ダンジョン都市には金を目当てに色々な人間が集まる。

 下は乞食同然の者が餓死しないために雑用を探してやってくる。

 上は俺のような訳アリの元貴族が返り咲きや身を隠すためにやってくる。


 当然ダンジョン都市に入る時には厳重な検査が行われる。

 特に刺客と思われる者に対する検査は厳しい。

 そこに刺客を生きたまま捕まえたから賞金をくれと表れたのだから……


 城門脇での最初の検査調査はとても厳しい物だった。

 拷問されるような事はなかったが、尋問と言ってもいいくらい厳しかった。


 身に一点の疚しいところのない俺は正直に全て話した。

 なのに、マクシミリアンの奴は!


 事もあろうに、出身国も家名も言えないと突っぱねやがった!

「身分を捨てて家を出たから、ただの自由騎士で、それ以上でもそれ以下でもない」

 そう言って頑強に調査を拒みやがったのだ!


 それでも、元男爵公子の俺に配慮してくれたのだろう。

 門番の仕事が忙しいのもあったのだろう。

 賊や刺客の査定と賞金支払いを委託されている傭兵ギルドに送ってもらえた。


 傭兵ギルドとは、ダンジョン都市特有のギルドだ。

 他の街や村には商人のギルドや職人のギルドしかない。

 ダンジョン都市で働く者が、その能力に応じて仕事を貰う為のギルドだ。


「ディランの事は、大体の理由は調査表を読んで理解した。

 訳アリの元貴族と言う事でいいのだな」


「はい、金を稼いで家族を守るためにここに来ました。

 ダンジョンに入る許可証を貰えれば助かります」


「分かった、私が持っている情報と一致しているから問題ない。

 ここを出るまでに許可証を発行しよう」


「ありがとうございます、マスター」


 ダンジョン都市プロベンサーナにある傭兵ギルドのマスター、アイザックは如何にも歴戦の戦士と言う風貌と迫力を持った漢だった。

 父よりも少し年上だろうが、今でも現役だと身に纏う迫力が物語っている。


「問題はマクシミリアンだ。

 私の持つ国内情報のどこにも風貌が一致する者がいない。

 全く心当たりがないわけではないが……

 まあ、いい、下手に突いて正体を明らかにしても、ギルドに利益はない。

 訳アリの貴族である事に変わりはない。

 マクシミリアンにもここを出るまでに許可証を与えよう」


「それは助かる」


「それで、買い取って欲しいのは生きて捕らえた刺客だけか?

 それとも、アイテムボックスの中にもいるのか?」


「流石ですね、外見だけでアイテムボックスだと分かるのですか?

 俺は使われるまで分かりませんでした」


「ディラン、これでも私は傭兵ギルドマスターだよ。

 望むと望まざるとにかかわらず、多くのモノを見てきた。

 その中には没落貴族が持ち込んだ、先史時代の貴重な魔道具もある。

 だがそのような魔道具を持っている事をここで知られたら、目も当てられないような奪い合いが始まってしまう。

 君達がこれからもアイテムボックスを使うなら、絶対に隠すように。

 それと中に入っているモノは、今回もこれからも特別に私が査定してやる」


「そうか、そうしてくれれば助かる。

 随分とつまらないモノが沢山集まってしまったのだ。

 全部買い取ってもらえれば俺も助かる」


 傭兵ギルドのマスター、アイザックは査定室の奥に案内してくれた。

 そこは巨大なダンジョンモンスターが狩られた時に使われる場所だそうだ。

 

 マクシミリアンのような貴重なアイテムボックスを持つ由緒正しい貴族家が、自ら足を運んで狩りをした時代に使われていた場所らしい。


 今はただ広いだけで使い勝手の悪い場所なので、できれば細かく区切って使いたいそうなのだが、万が一王家や貴族家が狩りをすると言いだした場合に備えて開けているのだと、アイザックが教えてくれた。


「何を考えているんだ?!

 一体どれだけ多くの刺客を殺してきたんだ?!

 それに一度に全部出したら、俺と一緒に斃した奴と区別がつかないだろう!」


「いや、別に全部ディランと一緒でいいよ。

 元々金にできると思っていなかったんだ。

 ディランのお陰で金にできるようになったんだ、折半すればいいだろう?

 妹や家族を助ける為なら命でも魂でも売るのだろう?

 だったら意地を張らずに受け取れよ」


「……分かった、プライドや誇りは捨てなければいけないな。

 マクシミリアンの情けにすがらせてもらう」


「気にするな、相棒」


「……ああ」


「話が決まったのなら、買取させてもらうぞ。

 査定ができない奴は、もう一度アイテムボックスに収納してくれ。

 ダンジョンであろうと未開発地であろうと、死体は野獣や魔獣を誘いだす餌にできるから、無駄にするんじゃないぞ」

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