第4話:出会い

ビルバオ王国暦198年3月16日:ダンジョン都市を越えて2日目の村の手前


 俺は辺境地帯からそれなりに内側に入った場所を移動した。

 できるだけロドリゲス伯爵家とゴンザレス子爵家を嫌っている領主が治める地や、中立を維持しようとしている領主が治める地を移動した。


 そのお陰か、待ち伏せに遭遇する事なく移動する事ができた。

 その分、四日で辿り着けるはずのダンジョン都市に七日もかかりそうだった。

 だが俺は直接ダンジョン都市に向かうルートを使わなかった。


 ダンジョン都市に行くために必要な右折をせずに、直進したのだ。

 そのまま二日直進してから右折した。

 待ち伏せを回避するために、ダンジョン都市の反対側から入る事にしたのだ。


 ダンジョン都市から一日の場所だと、反対側でも待ち伏せしている可能性が高い。

 だが二日離れた村なら、待ち伏せしている可能性が極端に低くなるはずだ。

 そう思っていたのだが……


「お頭、どうしやす?

 赤髪紅眼で二メートルを超える大男ですぜ。

 殺せと頼まれたのは、黒髪黒瞳で一八〇センチくらいの男ですぜ」


「気にするな、せっかく身形の好いボンボンを見つけたんだ。

 有り金全部巻き上げて、奴隷商人に売っちまえばいい。

 これまで集めた痩せ細った貧乏人達よりは金になる」


「しかしお頭、結構強そうですぜ?」


「でめぇ、俺様が木偶の坊よりも弱いと言うのか?!」


「いえ、そんな心算はありません!」


「だったらゴチャゴチャ言っていないで、さっさと叩きのめせ!

 周りを囲んで一斉に襲えば、力があろうと関係ねぇ!」


「へい、やっちまえ!」


 こんな場所にまで待ち伏せしたやがった!

 だが、流石に一流の殺し屋などはいないようだ。

 俺にさえ気配を悟らせないような相手がいるのなら別だが……


 俺の代わりに襲われる人間を見捨てるのは恥だから、助けるしかない。

 それに、賊共は分かっていないが……恐ろしい強さだ!

 未開発地に潜むボスクラスの気配がする。


「助太刀する!」


 叫ぶと同時に背後から賊の頭を攻撃する!

 四連突きで両肩と両膝が二度と使えなくなるように腱を断ち切る。

 近くにいる他の賊は心臓を一撃で刺し貫いて絶命させる。


 前回の件があるから、証言が取れる可能性は極端に低い。

 だから手下共は問答無用で殺す。

 生かして置いたらどんな汚い方法で襲い掛かってくるか分からない。


 だが、ボスだけは、僅かな希望に賭けて生かしておく。

 一人くらいなら、一撃で殺せるところを四撃使ってもいい。


「「「「「ギャッ」」」」」


 広く視界を使っているので何が起こったか分かっている。

 だが、それでも、視界に入ってきた事が理解しきれない。

 幾ら剛力でもあんなことが可能なのか?!


 四メートル級の大斧を軽々と振り回して、周りにいる十人もの賊を一撃で皆殺しにするだと?!


 しかもその大斧は、刃の部分がとんでもなく長い!

 厚みも並の大斧の倍以上あるぞ?

 柄の部分まで鉄製で、しかも太いではないか!


「「「「「ギャッ」」」」」


 二振り目で五人を殺したか……

 一撃目で周囲の集まっていた賊は皆殺しにしたので、二撃目は賊の多い場所に踏み込んで大斧を振っている。


 俺も的確に賊を殺しているが、赤髪紅眼の攻撃にはとても及ばない。

 もし赤髪紅眼が刺客だったら、俺は勝てるだろうか?

 力では全く相手にならないだろう。


 速さでは勝っていると思うのだが、赤髪紅眼も巨体の割には素早い。

 それに、まだ全力を出しているようには見えない。

 全力を出したらもっと早くて重い攻撃ができるのだろう。


 赤髪紅眼が敵の刺客なら、逃げるしかない。

 大斧を使ってくれている間に、手投剣を放って逃げる。

 大斧を捨てて腰の剣を使われたら、牽制しても逃げられないかもしれない。


「よう、そいつは殺さないのか」


 あっという間に六十八人も賊をほぼ皆殺しにできた。

 ほぼというのは、ボスだけ生かしているからだ。

 赤髪紅眼がそいつと言うのはボスの事だろう。


「ああ、どうやら俺の事を待ち伏せしたいたようだからな。

 これで二度も待ち伏せされた。

 黒幕が誰かは分かっているのだが、証拠がない。

 こいつから聞き出せれば証人にできると思ったから生かしている」


「難しい事は分からんから、好きにしてくれ。

 それで殺した連中だが、どうするんだ?」


「賊として役所に届けて賞金をもらえればいいのだが、俺は権力者から睨まれているから、下手に届けると逆に捕まるかもしれないのだ。

 それに、これだけの死体を運ぶのも困難だ。

 捕らえられていた人達に運ばすわけにもいかないからな。

 あんたが納得してくれるのなら、野獣に喰わせるか焼く」


「じゃあ俺が運んでやろうか?

 俺ならこれくらい運べるぞ」


「おい、おい、おい、幾ら剛力でもこれだけの死体を一人で運べる訳がないだろう。

 アイテムボックスでもない限り、絶対に不可……

 ……アイテムボックスを持っているのか?」


「ああ、あるぞ、代々家に伝わっている奴を一つ持ってきた。

 便利だからな、使わずに置いておくのはもったいないだろう」


「馬鹿野郎!

 とても貴重だから大切に保管してあるんだ!

 そんな高価な物を持っているのを、これ見よがしに見せびらかしたら、おちおち眠っていられないくらい襲われるぞ!」


「そうか、だから毎日毎日襲われたのか。

 好い事を聞かせてもらった。

 これからはこっそりと使う事にしよう」


「こっそり使うのではなく、家に帰って厳重に保管しておけ!

 そんな貴重なお宝のある家の人間なら、独りでブラブラするな!」


「いやあ、俺は家族で殺し合うのが性に合わないんだ。

 跡継ぎになるために兄弟で殺し合うなんて、真っ平御免だ。

 家督継承を放棄したと言っても信じてくれないし、無事に生き残れたとしても、家を継いだ者の世話になるのも嫌なんで、さっさと家を出てきたのさ」


 頭が痛い!

 どう考えても金も権力もある高位貴族の御曹司だ!

 この国の高位貴族に、赤髪紅眼の家系なんてあったか?


 愛妾から生まれた庶子なのか?

 それとも、他国からこの国まで逃げてきたのか?

 どちらにしても関わり合いにならない方がいい!


「あんたが運べるというのなら、好きにするがいい。

 どうせ俺には運べないのだ。

 ただ、できれば小さくて価値のある物は俺に譲って欲しい。

 ちょっと訳ありで金に困っているんだ」


「金に困っているのなら、半分に分ければいいだろう?

 どうやらお前は正直で優しいようだ。

 これからダンジョンで稼ぐなら、正直で優しい人間とパーティーを組むのは絶対に必要な事だからな。

 お前は金に困ってダンジョンに行くのだろう?

 アイテムボックス持ちの戦士と組めるのなら文句はないだろう?」


 言っている事に間違いはないが、信用できるのか?

 世間知らずのおぼっちゃまならいいが、刺客と言う可能性もある。

 だが、現場の刺客に貴重で高価なアイテムボックスを使わせるとは思えない。


「ふむ、確かに、これ以上のパーティー仲間はいないな」


「それに、さっき権力者から睨まれていると言っていたが、それはダンジョン都市にも当てはまるのか?

 それともこの周囲の領主にだけ当てはまるのか?」


 おぼっちゃまだが、バカではないようだ。

 育ちのいい御曹司だが、武芸も叩き込まれたのか?

 こんな巨体だから、嫡流を護る庶子として鍛えられたのかもしれないな。


「何故そんな事を聞く?!」


「これからパーティーを組むのなら、俺も狙われるからだ。

 大抵の国は、ダンジョンを王家の直轄領している。

 お前がもめている相手が王国の権力者なら、ダンジョンで金を稼ごうとは思わないはずだが、念のために聞いている」


 世間の事はよく知らないようだが、とても頭がいい。

 高位貴族の城の中だけで文武を鍛えられたのかもしれない。

 まあ、俺も、辺境の事しか知らない田舎者だから、偉そうなことは言えない。


「あんたの言う通りだ。

 俺が睨まれているのは、この辺りで力を持っている地方領主だ。

 俺の知る範囲では、ダンジョン都市にまでは影響力を持っていない。

 だからここまで金を稼ぎに来たのだ」


「だったら、賊の遺体はダンジョン都市に持ち込んで賞金を受け取ればいい。

 理由と相手まで話せるのなら、思わぬ味方が現れるかもしれない。

 権力者には競争相手がつきものだからな」


 それは俺も考えていた。

 だからこそ、ここまで来る時も、ロドリゲス伯爵家やゴンザレス子爵家と敵対している領主の治める場所を選んで移動したのだ。


 それにしても、こいつは侮れないぞ。

 世間の常識や平民の事は知らないようだが、宮廷内の権力闘争や文武は徹底的に鍛えられていると思っておいた方がいい。


「分かった、パーティーを組むかどうかは別にして、殺した賊をお前に預けて、ダンジョン都市で賞金を受け取る事にしよう」

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