第3話:山賊の鹵獲品と行程

ビルバオ王国暦198年3月8日:ガルシア男爵家からダンジョン都市へ向かう途中の村


「俺がやろう」


 俺は目を血走らせて家族を助けようとしている村の男を押しのけた。


「誰だ?」


「旅の騎士だ。

 領主軍が助けに来たという嘘を言ったのも俺だ」


「なんだと?!

 嘘だったのか!」


「そのお陰でゴンザレス子爵家の賊が逃げだしただろう。

 娘を助けろと言ったのも俺だが、覚悟が決まっただろう?」


「……それはそうだが」


「家族を助けてやるから黙って見ていろ。

 このままでは破れかぶれになった賊が何をするか分からないぞ」


「……分かった、任せよう」


 村の防壁を飛び越えて入って直ぐに、一番指導力がありそうな男に話しを通した。

 村長か自警団団長かは分からないが、頭となる者に話を通しておけば、後々の面倒を避ける事ができる。


 俺は領地を出る時に用意していた隠し玉の一つを使った。

 未開発地に自生する薬草を組み合わせて作った眠り薬だ。

 

 火にくべなければ効果を発揮しないが、手間な分誤って人を殺す心配はない。

 昏々と眠らせるだけの薬だ。

 その事を頭となる村人に説明して、賊が残る家に煙を入れる。


 寒い地方なら暖炉と大きな煙突があるのだが、この地方にはない。

 炊事の為の竈と小さな煙突があるくらいだ。

 その煙突から火をつけた松明に眠り薬をかけて放り込む。


 ガラガラガラガラ


 建付けの悪い扉を老婆に開けさせた賊が、若い娘を人質にして出てきた。

 娘には明らかに乱暴されたと分かる服の乱れと傷があった。

 必死で抵抗したと分かる顔の傷が痛々しい。


「手出しするなよ、手出ししたら娘を殺すぞ!」


 そんな安っぽい脅しが通用すると思うな!


 俺は心の中でそう叫びつつ、賊の背後から二本の手投剣を投擲して、心臓と頸窩に突き立てる。


 どちらも一撃で人を絶命させられる急所だが、万が一の事を考えて賊の側まで急接近しておいた。


 これなら、絶命しているのに身体が動いて娘を傷つける事がない。

 貴重な手投剣を直ぐに回収して再投擲する事もできる。


 ★★★★★★


「ありがとうございました。

 お陰様で多くの村人が命を救われました」


 逃げ出そうとした賊を殺し、人質を取って家に居座ろうとした賊は眠り薬で眠らせてから捕らえた。


 自殺出来ないようにしておいてから、手足の爪の間に鉄串を刺し、火で炙るなどの拷問をしたが、ゴンザレス子爵家とのつながりは証言させられなかった。


 ただ、貴族の使いと思われる者から、生死にかかわらず俺を捕まえられれば大金を渡すという依頼を受けたそうだ。


 本当なら俺が直接王都の役人に引き渡すか、領主の役人がこの村に来るまで見張らなければいけないのだが、そんな時間はない。


 それに、表向きガルシア男爵家を出た俺の証言力は低い。

 ましてこの地方を統括する寄り親のロドリゲス伯爵家がゴンザレス子爵家の味方では、逆に俺が罪人にされかねない。


 その事を腹を割って村人に話したら、賊を殺してしまう事で話しがついた。

 生きて領主に引き渡そうとして、俺がいない状態で暴れられては困るそうだ。

 犯罪者奴隷として売る事を諦め、賊の討伐料金だけを手に入れる事にした。


 喉から手が出るほど金が欲しい俺も、できる事なら残って金を確保したい。

 だが領主がロドリゲス伯爵家とゴンザレス子爵家に味方する可能性もある。

 村から礼金を取りたくても、そんな金はなかった。


 それなりに数がある武器や防具も、移動の邪魔になるので持っていけない。

 俺から見ても程度の良さそうな短剣や矢を少し持っていくくらいだ。


「いや、この程度の事は構わない。

 約束通り、俺が必要とした時に今回手に入れた武具を引き渡してくれればいい。

 それも、普段の野獣狩りに使って残った物だけでいい。

 それと、俺が指定した薬草や毒草は常に集めておいてくれ。

 品質の好い物はそれなりの値段で買おう」


 俺から見れば程度の好くない賊の武器や防具でも、貧しい村人にとってはひと財産だから、目先の利益のために売ってしまう可能性が高い。


 だが売るよりは、村を守るための狩りや戦いに使った方がいい。

 戦斧やハルバートならば、材木の切り出しにも使える。

 鈍らの剣でも、麦の収穫に使おうと思えば使えるのだ。


 薬草や毒草だって、全て売ってしまったら怪我や病気の時に困る。

 また疫病が広がるような事があっても、直接疫病を癒すことができなくても、薬草があれば助かる確率が僅かでも高くなる。


 だが、貧しい暮らしの村人は、領主に厳しく税を取立てられたら、本来残しておいた方がいい武器や防具、薬草や毒草まではした金で売ってしまう。


 売ってしまうと俺に殺されるかもしれないとなれば、領主から隠してでも残そうとするだろう。


「ありがとうございます!

 貴男様が戻られるのを心待ちにさせて頂きます」


 年老いた村長が感謝の気持ちを隠すことなく満面の笑みで礼を言ってくれる。

 俺が目をつけていた指導力のある男、村長の息子も一緒だ。

 村の財産が増える事を素直に喜んでいる。


 同時に、俺が薬草や毒草を公平な値段で買い取る事にも感謝している。

 辺境の村では、領主に貴重や薬草や毒草が持っていかれるのが普通だ。

 極まれに訪れる行商人にも安く買い叩かれてしまうからだ。


「ああ、必ず訪問させてもらう」


 俺はそう言い残して一晩休んだ村を後にした。

 村人に急いで集めて貰った薬草と毒草は手に入れてある。


 本当は十分乾燥させた後の方が使い易いのだが、生の状態でも使ってしまった眠り薬と同じ効果はある。


 今回の待ち伏せは、数を頼んだだけの程度の低い賊だった。

 次に待ち受けているのが、同じような賊ならばいいが、歴戦の刺客だと困る。


 今回の俺の対応を、遠くから見張っている刺客がいないは言い切れない。

 俺が人命を優先する性格だと知ったら、必ず人質を取る作戦を使ってくる。


 それを避けるためには、次は人命がかかっていても見捨てるしかないのだが、それではガルシア男爵家の家訓に背く事になってしまう。


 家訓と妹をはじめとする家族家臣領民の命を天秤にかける事などできない。

 やれるとしたら、家訓を破らない卑怯者になる事だ。

 具体的には、村に近づかないようにする事だ。


 人質がとられていたとしても、村に近づかなければ分からない。

 狡猾な罠が張られていたとしても、予想外の所を進めば罠にはまる事もない。


 問題があるとすれば、未開発の森は、進むのも眠るのも危険過ぎる事だ。

 ダンジョン都市に辿り着くのに時間がかかる事だ。


 家を出る時には、できるだけ多くの金を稼ぐ為に、一日でも早くダンジョン都市に行きたかったのだが、殺されてしまっては何にもならない。


 敵の罠を回避するのを優先するなら、未開発地を突っ切る方がいい。

 不眠不休とは言わないが、獰猛の野獣が数多く住んでいる未開発地を突っ切るのはとても危険で、木の上で僅かな仮眠しか取れないだろう。


 野獣に襲われる危険が少なく、比較的安全に野営できるのは、辺境の村や街の内側を行く事だが、そのルートは敵が待ち構えている可能性が高い。


 それでも、敵の考えを読んで、敵の潜む可能性の低いルートは選べる。

 速さや稼げる日数よりも安全を優先したルートを選び、十分に周囲を警戒すればダンジョン都市の手前までは大丈夫だと思う。 


 問題は敵が必ず待ち構えているダンジョン都市と、ダンジョン都市に入る前に休息を取るしかない村だ。

 疲れたままそこに飛び込んでしまったら、生き残れる確率が極端に低くなる。


 一つだけ方法があるのだが、それまで敵が読んでいるかどうかだ。

 ここまできて大きく王都方面に迂回する決断をするのは嫌だが、ゴンザレス子爵家と敵対している商会の護衛に応募する方法もある。

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