第32話:冬籠り

ビルバオ王国暦199年11月23日:ガルシア男爵・ウトレーラ城


 王太子の鼻が削がれ指を斬り落とされた事で、ようやく俺達の怒りが理解できたのか、サルヴァドール王は全面的にこちらの要求を飲んだ。


 それでも金貨百万枚を直ぐに用意するのは難しく、王家私財だけでなく、国庫の金貨まで全て集めても数が足らず、王家の秘宝を全て売り払って用意したそうだ。


 家畜に関しては、王家直轄領の家畜を無慈悲に全て集めても数が足らず、王国予算用の領地からも無理矢理全て集めたそうだ。


 農耕馬や豚、羊や山羊はそれで何とか集まったが、軍馬は集まらなかった。

 それでなくても貴重な品種なのに、完全に戦闘用に調教された軍馬など、王家が無理矢理徴収できる農民が持っている訳がないのだ。


 結局王家は翌年に貴族や騎士が負担する軍役や労役を免除する代わりに、軍馬を差し出せと脅かした。


 ある程度以上の貴族なら、軍役や労役の総額が軍馬代金に匹敵する場合もある。

 だが伯爵でも末席に近い者達や子爵程度だと、数年数十年分の軍役や労役に匹敵するので、とても納得できる話ではない。


 それどころか、騎士家の中には一頭しか軍馬のいない家すらあるのだ。

 そんな家が無理矢理軍馬を徴収されたら、もう騎士ではいられなくなってしまう。

 王家の信望が地に落ちたどころではなく、恨み辛みしかない状態となった。


 このままではその恨み辛みがガルシア男爵家にまで向かいそうだった。

 それを回避するような政策を取ってくれたのもマクシミリアンだった。

 

 マクシミリアンは、軍馬の定数を満たせなくなった下級貴族家や騎士家に、軍馬の貸与を申し出たのだ。

 いや、軍馬だけでなく農耕馬や家畜の貸与まで申し出たのだ。


 条件はただ一つ、出産した子の半数をガルシア男爵家に差し出す事だった。

 これは通常の馬親方制度に比べれば破格の条件だった。


 これまでも、多くの農耕馬や農耕牛を持つ大金持ちが、農民に農耕馬や農耕牛を貸し出す制度はあった。


 だがその条件は、生まれた子供は全て大金持ち、通称馬親方と呼ばれる者の物とされていたのだ。


 それが、半数は直接世話をする者の手に残るのだ。

 数を増やすことができるのなら、子供の半数だけでなく、最初に借りた親の代わりとなる子供も返して、残った家畜を全て自分の物にする事も可能なのだ。


 マクシミリアンがこのような借り手有利な条件にしたのは、単に借り手の事を想ったのではなく、ガルシア男爵家が置かれている厳しい状況があるからだ。


 王家との交渉で莫大な家畜を手に入れたガルシア男爵家だが、その家畜全てを肥育できるだけの牧場がないのだ。


 これがまだ春や夏なら、近隣から飼料を購入する事ができた。

 だがこれから厳しい冬を迎えるのだ。

 買いたくても飼料その物がないのだ。


 冬は飼料がないだけでなく農地での作業もない。

 自分の物になる事もない家畜のために、食料の乏しい冬に借りる者はいない。

 これまで借りしているのならしかたがないが、新たに借りるなら春からだ。


 だが、生まれた子供の半数が自分の物になるのなら話は別だ。

 厳しい冬に森に入って雪掻きをして、落ち葉を掘り返してでも飼料を集める。

 木の皮をはがしてでも飼料を集める。


 誰かが借りて無くなる前に急いで借りようとする。

 膨大な数の家畜とは言え、数に限りはあるのだ。


 これでガルシア男爵家は手に入れた家畜を屠殺しなくてもよくなる。

 領地の小作人達に預けているのと同じだけの子供を手に入れる事ができる。

 軍馬用の飼料を使う事なく家畜が殖やせる。


 増えた家畜は全て食べる必要はない。

 今回借りる事ができなかった領主や農民に貸せばいい。

 全ての領主や農民に家畜が行き渡るまで数年はかかるだろう。


 その間に未開発地の木々を伐採できれば、伐採した分だけ放牧地が増える。

 農地には使えなくても、家畜を飼う放牧地にはできる。

 数年放牧した後で農地にできれば、とても豊かな農地になる。


 ただ、他領の農民にほぼ無償で家畜を貸し与える以上、労働傭兵にも同じ条件で家畜を貸さなければいけない。


 それも、牛や豚、山羊や羊といった家畜ではなく、騎士になるための軍用馬を。

 軍用馬を貸与してもらえるのなら、とても大切にしてくれるのは間違いない。

 それこそ雪掻きして落ち葉を搔き集めるくらい大切にしてくれるだろう。


 マクシミリアンは、王家に家畜を奪われて冬が越せなくなるかもしれない農民の事も考えていた。


 見届け人となってもらったヘッドフォート王国大使に、サルヴァドール王の悪政を厳しく指摘してもらい、農民が領地を捨ててダンジョン都市に行く事を、半ば脅迫のような言動で認めさせたのだ。


 ダンジョン都市にさえ行く事ができれば、マスターアイザックが救ってくれる。

 直接ガルシア男爵家に迎え入れるのは、ようやく和平が締結された直後に喧嘩を売るようでできないが、傭兵となった彼らを雇うのなら問題はない。


 ★★★★★★


「義父上、ディラン、近隣の領主を招いて舞踏会か晩餐会を開かないか?」


「ふむ、だが、王家から独立して、目をつけられている我が家の招待を受けてくれる領主がいるのか?


「それは大丈夫でございます、義父上。

 誰もがもうサンチェス王家では駄目だと思っております。

 下手な小国についてしまったら、サンチェス王家の攻撃だけでなく、後々ヘッドフォート王国からの攻撃まで受けてしまいます。

 ガルシア男爵家がヘッドフォート王国の支援を受けた事は、多くの領主が知っていますから、喜んで参加してくれる事でしょう」


「ふむ、それなら参加してくれるだろうが、我が家に多くの貴族を招待した舞踏会や晩餐会を開いた経験などないぞ」


「それは私が何とかします。

 私が気にしているのはマリア嬢の事なのです。

 王家との交渉が落ち着いた事で緊張が緩んだのか、言動に不安定な所があります。

 ここは同年代の女性と王太子の悪口でも話してもらい、心に溜まったモノを吐き出させてあげたいのです」


「父上、ここはマクシミリアンの言う通りにしましょう。

 マリアはフェリペに婚約を破棄されて以来、ずっと心を痛めていました。

 私達に心配をかけまいと、苦しみや哀しみを押し殺していました。

 全てを吐き出す機会を作ってやることが必要です」


「そうだな、御婦人方は茶会で夫や息子の愚痴を言うのが気晴らしだと聞いている。

 その機会を作ってやるのもの当主である私の役目だろう。

 マクシミリアン、情けないが私はそういう事が苦手なので、全て任せる」


「お任せください、父上」

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