第33話:王都大使館建設要請

ビルバオ王国暦200年4月25日:ガルシア男爵・ウトレーラ城


「ガルシア独立領主殿、独立された以上王国の臣下ではないのでしょうが、全く交流が無いというのも誤解の元になります。

 どうでしょう、王都に大使館を建設されてはどうですか?」


 雪解けの頃、王家から使者がやってきた。

 我が家が短期間で辺境貴族の纏め役になっている事に気が付いたようだ。

 牽制したい気持ちは分かるが、また揉めたいのか?


「ここ数年王家からは無理難題しか押し付けられていない。

 望んでやった事ではないが、貴国の王太子とも揉めた。

 今度難癖をつけられたら、人質程度では済ませられん。

 この話を持ってきた貴殿共々ぶち殺す事になるが、その覚悟はあるのか?」


 今回も交渉役はマクシミリアンが務めてくれている。

 立場はマリアの婚約者で、騎士ではなく一族待遇だ。


「はっはっはっ、流石にその様な事はありえないです。

 王太子殿下も反省されているはずですから」


「私はこれまで色々な人間と会ってきた。

 はっきり言っておくが、ああいう人間は全く反省しない。

 自分の愚かさや失敗を認めず、全て他人の所為にする。

 今回の件も我らを激しく逆恨みしている。

 自分が道連れに殺されたくないのなら、はっきりと王に言って断れ」


「……どうせ断っても殺されるだけだ。

 もう死に方を選ぶしか道はないのだ」


 使者はもう生きる事を諦めているようだ。


「運べる財産を持てるだけ持って逃げるのだな。

 国内に留まっては殺されるしかないだろうが、他国までは追ってこない。

 特にヘッドフォート王国に逃げた者は追いかけられないだろう」


「……助かる」


 何度も大使館を作るようにと違う使者が来たが、全員マクシミリアンに説得されてヘッドフォート王国に亡命した。


 王城に務める領地を持たない貴族や騎士とは言え、爵位や騎士位を捨てて他国に逃げなければいけない状態とは、もう亡国一直線だ。


 こちらとしては何を言われても大使館を建てる気はない。

 王都に移動した途端襲われるのは目に見えている。

 マリアも言葉には出さないが、マクシミリアンに行かないでくれと訴えている。


 また腐れ王家がマリアに心労を与えやがる。

 本気で滅ぼしてやろうという気になってきた。

 最近は父上の目も座ってきている。


 最初に大使館建設の使者が来てから、また急いで籠城の準備を始めた。

 マスターアイザックを通じて、難民となった王家直轄領や王国領の農民を労働者として雇い、未開発地の木々を伐採させている。


 流石に武器も防具も自前で持っていない者を傭兵としては扱えない。

 純粋な労働者として雇い、将来は小作農にする心算だ。

 全員農家の経験があるから、こちらとしても大助かりだ。


 農家兼猟師だった領民は、老若男女問わず騎兵としての訓練をしている。

 元々自前に軍馬を飼っていたから、乗馬も馬上弓術も騎士並みにできる。

 騎士用の完全鎧を自前で持っていないだけで、実力だけなら既に騎士だ。


 傭兵ギルドから雇った決闘屋と騎兵は、嬉々として訓練に励んでいる。

 ジョストや剣技なら領民以上だが、馬上弓術や狩りに関しては劣る。

 未開拓地で楽しそうに野獣狩りに励んでいる。


 少々哀れなのは労働傭兵から騎士を目指している連中だ。

 自ら農地を耕し時に騎士として戦う、辺境騎士の生活を一から学んでいる。


 何度も落馬しては自前の薬草の世話になっているが、その薬草を見分けて採集してくるのも、効能を高める為に処理をするのも自分自身の役目なのだ。


 俺達ガルシア一族には彼らを護り導くという大切な役目がある。

 爵位は捨てたが、独立領主として王族であろうと頭を下げる気はない。

 だから王都に大使館を建てろと言われても拒否する心算でいたのだが……


 ★★★★★★


「ガルシア独立領主殿、ビルバオ王国の王都に大使館を建てられてもいいのではありませんか?

 建てるのに時間がかかるのなら、我々が既存の建物を紹介しましょう。

 ようやく和平が成ったのに、あからさまに啀み合う事はありません。

 王都の貴族達と交流を持ち、友好を築くべきでしょう」


 ヘッドフォート王国の大使がわざわざ領地までやってきてそんな事を言う。

 絶対になにか企んでいる。

 全力で断りたいが、それでは義理を欠いてしまう。


 大使には本当に色々と世話になった。

 危険だと分かっていても門前払いにはできない。

 断りたいが、どうしても断れないのなら、安全策を取るしかない。


 マリアの為にも、マクシミリアンを危険な王都に行かせるわけにはいかない。

 マクシミリアンがいないと、強い交渉ができないが、そこは仕方がない。

 最初から王家王国と戦う覚悟をしていれば、どうという事もない。


「それでも危険だと思われるでしょうから、ガルシア独立領主家の大使館は、我が国が使っている建物の隣にしてもらいました。

 何かあれば互いに助け合うことができますね」


 この大使、最初からビルバオ王国と戦う気だよ。

 ヘッドフォート王国から攻めるのか、ビルバオ王国に大使館を攻めさせて、大義名分を作ってから攻めるのかは分からないが、戦う気満々だ。


「随分と積極的なのですね」


 マクシミリアンが珍しく顔を強張らせている。


「はい、この度の件は、我が国としても許し難い事ですから。

 今後の事も考えて、徹底的に罰する事になりました。

 しかし、それでも、ヘッドフォート王国として守らなければいけないルールがありますので、ガルシア独立領主殿には手伝っていただく事になりました」


「手伝えと言われましても、ガルシア家に何の利もありません。

 流れ者の私を男爵家の一族に迎えてくださった方々には、尋常一様は返せないほどの恩があります。

 義父上や義兄上に利のない危険を背負わせられません」


「では見返りとして、マクシミリアン様の御両親に結婚の許しを頂いて見せます。

 このままではマクシミリアンの結婚は認められませんよ」


 矢張りマクシミリアンはヘッドフォート王国の高位貴族だったか。


「別に父上や母上に結婚お許しを貰う必要はない!

 私は既に家を捨てたのだ!

 ガルシア家の一員なのだ!」


「マクシミリアン様がそう言われただけでは、家督争いから逃げられないのは、御自身が誰よりも知っておられるでしょう。

 御父上様からの承認がない限り、これからも争いに巻き込まれますよ。

 ここではっきりと家を離れる許可を貰われた方がいいですよ」


「話の途中で加わるのは失礼だと分かっているが、あえて言わせてもらおう。

 我が家が王都に大使館を建て、ヘッドフォート王国に協力すれば、マクシミリアンは実家から離れる事ができるのだな?」


「ヘッドフォート王国大使の名誉にかけて誓わせていただきます」

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