第34話:謁見

ビルバオ王国暦200年5月27日:王都ムルシア・ビーゴ城


「独立領主ガルシア家嫡男、ヘッドフォート王国の子爵待遇同盟者、我が国の侯爵待遇賓客、ディラン卿の御入室!」

 

 仰々しい名乗りと共に謁見の間に入る事になった。

 面白くなさそうな表情の国王と王妃が上段にいる。

 王太子に至っては殺意の籠った視線を向けてきやがる。


 それもこれも全部ヘッドフォート王国の大使が悪い!

 俺やマクシミリアンを護るためだと言って、ガルシア家をヘッドフォート王国の同盟者に仕立て上げやがった!


 人口六十万人のビルバオ王国と、人口千六百万人のヘッドフォート王国では、全てにおいて格が違う。


 ビルバオ王国の男爵は領民百人から千人未満だが、ヘッドフォート王国の男爵は最低でも五千人の領民がいる。

 領民が五千人もいれば、ビルバオ王国では伯爵が狙える子爵だ。


 そういう計算で考えれば、今のガルシア家はビルバオ王国の侯爵に匹敵する。

 一族や陪臣騎士家の家族は別にして、領民数が軽く一万人を超えている。

 疫病で領民が激減している侯爵や伯爵よりも遥かに人数が多いのだ。


 代々の陪臣騎士家が五家。

 決闘屋から騎士になった家が十家。

 騎兵から騎士になった家が六十家

 代々領民として働き騎士となった家が五十家五百人。

 労働傭兵から騎士になった者が二千人。

 孤児や寡婦としてやってきた者が二千人。

 新たに労働者としてやってきた者が六千人。


 ガルシア家が王都ムルシアに大使館を建設するにあたって、ヘッドフォート王国の大使は、ビルバオ王国に待遇を改めるように強く交渉した。

 実質的には命じたと言った方がいいくらいだ。


 元ビルバオ王国の男爵ではなく、ヘッドフォート王国の子爵待遇で迎え入れろ。

 ビルバオ王国の侯爵と同じ品格で接しろと。

 最初からサンチェス王家に喧嘩を売っているのだ。


「よくぞ来てくださった、ガルシア独立領主殿。

 こちらの急な願いを聞き入れてくださった事、心から感謝する」


 サルヴァドール王が平身低頭な態度で接してくる。

 身勝手で欲深くて恥知らずだが、馬鹿ではない。


 今礼を失したらヘッドフォート王国に滅ぼされるのをよく知っている。

 入室した時に一瞬見せた不貞腐れた態度など微塵もない。

 

「いえ、とんでもありません。

 和平を結んだ以上、過去の事は全て水に流しております。

 これから新たな関係を結ぶのに、大使館を建てるのは当然の事でございます」


 互いに心にもない事を口にしているが、これが外交だそうだ。

 本音を隠して建前で話し、相手の失言を突いて有利に事を運ぶ。

 俺には似合わないし、やりたくもない戦いだ。


「独立領主ガルシア家嫡男、ヘッドフォート王国の子爵待遇同盟者、我が国の侯爵待遇賓客、ディラン卿の御退室!」


 最悪この場で殺される事も覚悟していたが、王太子もそこまで愚かではないようで、無事に謁見を終える事ができた。


 ★★★★★★


「ガルシア侯爵公子、お初に目にかかります。

 スアレス伯爵家の次男マルコスと申します」


 ただの独立領主の息子を侯爵公子と持ち上げる。

 明らかに取り入りたいためのおべっかだ。


「これはこれは、わざわざの御挨拶恐れ入ります」


 ヘッドフォート王国大使館で行われた、王都貴族を招いた舞踏会はとても盛況で、俺もマクシミリアンもマリアも挨拶攻めにあっている。


 もっともマクシミリアンは、マリアに誰も近づかせないように、喰い殺さんばかりの表情で睨みを利かせている。

 三人の侍女も決闘騎士も同じようにガードを固めている。


 決闘騎士の強さは、闘技場で行われた決闘名目の賭け試合で誰もが知っている。

 彼らのガードを突破してマクシミリアンとマリアに近づける者などいない。


 それに、王都の貴族達が俺達に近づきたがっているのは、沈むサンチェス王家からヘッドフォート王国に乗り換えたいからだ。

 俺達に嫌われては何の意味もない。


 だから、挨拶攻勢は徐々に俺に集中してきた。

 当主は勿論公子や令嬢が列をなして挨拶にやってくる。

 特に令嬢達のダンスの誘いには辟易とした。


 だが俺も彼らの気持ちは痛いほどわかる。

 大国に狙われた愚かな王を持つ国の貴族なのだ。

 家を残すために必死になるのは当然だ。


「ガルシア侯爵公子、一曲踊って頂けませんか?」


「野暮な武人なので、優雅な踊りはできませんが、それで宜しければ」


 そう言って最初から最後まで踊り続ける事になった。

 令嬢方から見れば、俺は格好の獲物なのだそうだ。

 王家から莫大な身代金を手に入れた家の嫡男で、婚約者も恋人もいない。


 ビルバオ王国では侯爵待遇で、これから侵攻してくるであろうヘッドフォート王国でも子爵待遇なのだ。


 何時滅ぼされるか分からないビルバオ王国の貴族にとって、唯一無二の命綱に見えるのだとマクシミリアンに言われた。


 だが何度も王都貴族に殺されかけた俺は、彼らを助ける気にはなれない。

 貴族としての気持ちは分かっても、恨みは消えない。


 誰があの時俺達を陥れようとしたのかは分からないが、誰であろうと同じだ。

 マリアを苦しめた王都貴族だというだけで滅ぼすべき敵なのだ。


 和平を結んだ以上、今更調べて恨みを晴らすのは恥だが、助ける気はない。

 ヘッドフォート王国の基準で調べて、滅ぼすか生かして使うか決めればいい。

 彼らの生死など俺の知った事ではない!


「ガルシア侯爵公子、一曲踊って頂けませんか?」


 今更侯爵公子と持ち上げられても怒りしか浮かばない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る