第35話:謀叛

ビルバオ王国暦200年5月28日:王都ムルシア・ガルシア家大使館


「ディラン様、館の周囲に武装した者が集まっております」


「ああ、分かっている、我が家だけを狙っているのか?」


「いえ、ヘッドフォート王国の大使館の方にも集まっているようです」


「向こうに逃がしても意味がないな。

 予定通りマリアとマクシミリアンは領地に逃がす。

 決闘騎士には血路を開けと命じろ」


 マリアとマクシミリアンは領地に残しておきたかったのだが、マクシミリアンが強硬についてくると言い張った。

 マクシミリアンが来る以上、マリアも領地に残してはおけなかった。


「はっ」


 こうなる事は最初から分かっていた。

 そもそも襲わせる事を前提に王都に大使館を借りたのだ。

 いや、ヘッドフォート王国の大使に借りさせられたのだ。


 だから愛するマリアは絶対に生きて領地に戻れるように準備した。

 マリアが愛しているマクシミリアンも絶対に死なせる訳にいかない。

 そのための決闘騎士だ。


 マリアとマクシミリアンが無事に逃げられるように、王都に残って暴れる。

 だが俺もそう簡単に死ぬ気はない。

 こういう場合に備えてマスターアイザックに新たな傭兵を手配して貰ったのだ。


「俺に続け!」


「「「「「おう!」」」」」


 決闘屋と呼ばれるほどの手練れではないが、並の騎士で歯が立たない猛者。

 ビルバオ王国なら騎士長を任せられるくらいの強者を集めて貰った。


 マリアとマクシミリアンの護衛に百騎。

 俺と一緒に王城に乗り込む者が百騎だ。


 こういう時にサンチェス王家から手に入れた金貨百万枚が生きて来る。

 軍資金の心配をする事なく兵を集められるのは助かる。

 それが例え不利になったら直ぐに逃げだす傭兵だろうとだ。


 ヘッドフォート王国大使館での激戦を横目に、敵の目を引き付ける為にビーゴ城に乗り込む道を進む。


 敵は俺達が領地に逃げるかヘッドフォート王国大使館に合流すると思っていただろうが、俺達は最初から王城に逆撃をかける気だったのだ。


 待ち伏せは事前の調査で何処に何が仕掛けられているのか分かっている。

 だが待ち伏せを避けても、ただ単純に逃げても、追手をかけられるだけだ。

 敵の本拠地に逆撃を仕掛けてこそ、追手を止められるのだ!


「恥知らずな騙し討ちを繰り返す王太子を殺す。

 王太子を殺して貴族の誇りを護るぞ!」


「「「「「おう!」」」」」


 少し恥ずかしいが、同じ言葉を何度も繰り返す。

 小者の王都貴族に邪魔されては面倒だ。


 馬鹿な王都貴族の中には、この期に及んで王太子に味方しようとする奴がいるかもしれないのだ。


 そんな連中といちいち戦っていては、王城の跳ね橋を上げられてしまったり、城門を閉じられてしまったりするかもしれない。


 今なら俺達の首を取ろうと、王城内の騎士や兵士を出陣させているので、全て解放されているはずだ。

 この機会を逃さず王城内に突入する。


 ★★★★★★


 跳ね橋や城門を護っているはずの騎士や兵士が殺されていた。

 王城内で殺し合いが行われたのは明らかだった。


 これも予想していたケースの一つだが、できれば外れて欲しかった。

 幾ら知恵遅れで身勝手とは言え、父王に謀叛を起こして欲しくはなかった。

 国王を幽閉して王国軍の意思統一を図っていて欲しかった。


 まだ確実に父王を殺しているとは限らない。

 父王の配下は殺したが、親だけは殺す事ができず、幽閉している可能性もある。


 俺は獅子奮迅の戦いをして敵を斃していった。

 新たに味方に加えた傭兵達もよく戦ってくれている。


 どう見ても正式な剣を学んだ連中だ。

 決闘屋や騎兵に続いて、よくこんな手練れを二百騎も集められたものだ。


「ウォオオオオ、殺せ、王家に仇名すディランを殺せ!」


「じゃかましいわ!

 殺せるものなら殺してみやがれ!」


「ディラン殿を護れ!

 一人残らず斬り殺せ!」


 何か事情があって、貴族や騎士の地位を失ったのだろうか?

 マクシミリアンのように家督継承で揉めて家を出る事になったのかもしれない。

 彼らが望むなら、我が家で正式に召し抱えて騎士の地位を与えるのもいいだろう。


「この部屋を調べろ!」


「「「「「おう」」」」」


 一番危険な先頭は俺が務める気だったのだが、直ぐに役目を奪われてしまった。


「ディラン殿、我らは命懸けで戦う事を条件に大金を頂いているのです。

 我らが死ぬ前にディラン殿に怪我をさせる訳にはいかないのです。

 部隊の中央で指揮を執っていてください」


 完全鎧を装備した、何処から見ても正式な騎士にしか見えない傭兵百人を率いる隊長に、厳しく注意されてしまった。


 誰も彼もこの国の騎士長が務められるくらい強いのだ。

 今十人の長を務めている者なら、この国なら百騎を率いる隊長に成れるだろう。

 百人の長を務めている者に至っては、王国騎士団長に匹敵する強さだ。


 いや、腐り切ったこの国の騎士団長と比べるのは失礼だな。

 ヘッドフォート王国の騎士団長と比べるべきだろう。


「ギャアアアアア!」


「殺せ、ただの一人も生かしておくな!

 自ら忠誠を誓った主君を殺すような奴は八つ裂きにしろ!」


 怖い事を言わないでくれ。

 俺自身は忠誠を誓ってはいないが、ガルシア男爵家は代々サンチェス王家に忠誠を誓い仕えていたのだぞ。


「ここだ、この中に複数の気配がする。

 この中に敵が潜んでいるぞ!」


 数日前にサルヴァドール王達と謁見したばかりの場所に突入した。

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