第31話:交渉妥結

ビルバオ王国暦199年10月10日:ガルシア男爵・ウトレーラ城


「マクシミリアン殿、貴殿の申されたように、ロドリゲス伯爵とフェリペの首は持参した、確かめていただきたい」


「確かに二人の首ですね。

 伯爵家一つ潰すのに、王家が総力を挙げてもこれだけ時間がかかるとはね」


「……時間がかかろうと約束は果たした。

 王太子殿下のお世話をする侍女と侍従を受け入れていただきますぞ!」


「約束は約束ですから、前向きに検討しますが、本当にそれでいいのですか?」


「どういう意味ですか?」


「こちらとしては、何時破壊工作に走るか分からない侍女や侍従を受け入れるくらいなら、身代金を貰って和平を締結したい」


「それは、こちらとしても願ってもない事ですが……」


「条件は幾つかあるが、聞く気はあるのかな?」


「聞かせていただきましょう」


「はっきり言うが、サルヴァドール王もサンティアゴ王太子も信用できない。

 とても忠誠を尽くせる相手ではない。

 ビルバオ王国からの独立を認めてもらう」


「……国王陛下に話だけはさせていただきましょう」


「未開発地の自由開拓権を認めてもらう。

 ビルバオ王国に許可を受ける必要なく未開拓地を開拓する」


「それも、国王陛下に伝えさせていただこう」


「それと、身代金だが、金貨百万枚用意してもらおうか」


「な、なんだと?!

 非常識にも程があるぞ?!」


「何が非常識だ、正当な額だ」


「どこが正当な額なのだ?!

 王家の収入の五年分近くではないか?!」


「国王がゴンザレス子爵を助命する代価に受け取ったのが金貨十万枚。

 領地と表に出ている資産を併せれば金貨百万枚はあったはずだ。

 まさか王太子の命がゴンザレス子爵よりも安いというのではないだろうな?!」


「そんな事は言わぬ、言わぬが……」


「それと、軍馬四千頭に農耕牛四千頭、豚山羊羊を一万頭ずつ貰おうか」


「な、何を言っているのだ?!

 そのような数の家畜を用意したら、民が冬を越せなくなるではないか!」


「ふん、民の事どころか、忠誠を尽くしてきたガルシア男爵家を見殺しにしようとした王が、今更仁君の振りをしても似合わないぞ。

 お前達腰巾着も何も言わずにガルシア男爵家を見捨てたではないか? 

 今更正義感を振り回すな!

 民から無理矢理家畜を奪って王国中に屍を築くがいい。

 二度の疫病の時も、ゴンザレス子爵が差し出す賄賂を受け取って、国中に死者の山を築いたのはお前達だ!

 王太子一人餓死しようと俺達の知った事か!

 むしろこの手で縊り殺したくて仕方がないのだぞ!」


「分かったか、分かったから今暫く待ってくれ!

 王城に使者を出して直ぐに用意させる!」


「急いだほうがいいぞ。

 この地には両親をお前達の悪政で殺された孤児や、夫や息子を殺された寡婦が二千人もいるのだ。

 よく働いてくれている彼らが望むなら、どうせ金にならない王太子くらい褒美にくれてやってもいいと思っている。

 きっと恨みを晴らすために生きたまま内臓を喰ってくれるだろう」


「七日、いや、六日だけ待ってくれ!

 昼夜兼行で早馬を走らせ、何としても条件通りの身代金を用意してもらう。

 だから六日だけ待ってくれ、この通りだ!」


 地に頭をこすりつけて懇願する使者に、流石のマクシミリアンも哀れに思ったのか、六日だけ待ってやった。

 

 だが、愚かな王城は条件闘争をしようとしたようで、六日で返事が来なかった。

 マクシミリアンは王太子の鼻を削いで使者に渡した。

 使者は激しく文句を言ったが、先に約束を破ったのは王国の方だ。


 それでなくてもこちらは既に何度も約束を破られているのだ。

 もうこれ以上待つ義理などない。


 翌日も返事が来なかったので、マクシミリアンは王太子の左小指を斬った。

 使者は泣きわめいて非難したが、マクシミリアンは眉一つ動かさなかった。

 父上や俺にそんな交渉はできないから、マクシミリアンに任せるしかない。


 三日経っても返事が来ないので、マクシミリアンは右親指を斬り落とした。

 使者は常軌を逸したかと思うほどマクシミリアンを非難した。

 マクシミリアンは死者を斬り殺した。


 四日経って、ようやく王都に斬り落とされた王太子の鼻が届いたのだろう。

 王都から隣領に非常用の伝書鳩が飛来したそうだ。

 父上も俺も顔見知りに男爵が真っ青になってやってきた。


 ここでマクシミリアンは更に厳しい条件を突きつけた。

 悪質な引き延ばし工作に対する賠償を請求したのだ。

 これまでの請求に軍馬と農耕馬を四千頭ずつ追加した。


 それと、悪質な工作をした王都の高位貴族十人の首。

 王太子と鼻と小指と親指分の割引の拒否。

 何より交渉内容の身届け人にヘッドフォート王国大使を要求したのだ。


 それでなくても統治の力の無さを断罪されている国王が、更に悪質な交渉を重ねた事を大使に知られるのだ。

 侵攻の大義名分を与える事になる。


 マクシミリアンの交渉が強かなのは、ここで国王がどうしても頷かなければならない条件を提示したところだ。


 ビルバオ王国には残っていないが、ヘッドフォート王国には先史時代の秘薬、失われた身体を再生する薬があるのだ。


 どれほど莫大な金額を請求されるか分からないが、王太子の身体を元通りにする方法があるのだ。


 マクシミリアンは最初からその事を知っていて、王太子の鼻と小指と親指を斬り落としていたのだ。


 ★★★★★★


「マクシミリアン様、これでようやくダンスを踊る事ができますね。

 剣の練習も遠乗りもいいですが、少し令嬢らしくないですもの。

 私、ずっとマクシミリアン様とダンスが踊りたかったのです」


「そうですね、私もマリア嬢とダンスが踊りたいとずっと思っていました。

 二人っきりで星明りの下で踊るダンスはとても素敵だと思いますよ」


「はい、早く王太子を追い出して心おきなくダンスが踊りたいですわ」

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