第30話:輸送

ビルバオ王国暦199年9月3日:ガルシア男爵・ウトレーラ城


「食糧はこちらで用意するので、王太子殿下には王城におられた時と同じ食事を用意していただきたい!」


「何度も言うが、ガルシア男爵家は戦時体制だ。

 命懸けで戦ってくれる騎士や領民への食事が最優先だ。

 王太子であろうと彼らより良い食事は与えられない。

 騎士や領民と同じ食事を与えるのが最大の譲歩だ」


「では、家臣領民の分もこちらで食糧を用意する。

 こちらが食糧を準備すれば王太子殿下に与えてくれると言ったのはそちらだ」


「確かにそう言ったが、その食糧に毒が盛られている可能性がある。

 用意したと言われても、はいそうですかとは言えない」


「おのれ、王家が信用できないとでも言うのか!?」


「これまでの王家の言動のどこが信用できるのだ?

 何度ガルシア男爵を騙し踏みつけにしてきたのだ?!

 これまでの恨みを晴らすために王太子を拷問しない事を、心から感謝してもらいたいくらいだ」


「拷問だと、王太子殿下を拷問すると言うのか?!」


「これまで王家がやってきた事を謝りもせず、こちらの要求も全く聞かず、これ以上此方に無理難題を言ってくるようなら、黙らせるために必要だと思っている」


「待て、待ってくれ、この通りだ!

 これまでの事はこの通り詫びる。

 だから王太子殿下を拷問するのだけは止めてくれ!」


「使いっ走りの口だけの詫びなど信用できるか!

 国王すら形だけの詫びで、何度も裏切ってきたのだぞ!

 本当に詫びる気があるのなら、言葉ではなく態度で示せ。

 ゴンザーロとヴァレリア、ロドリゲス伯爵とフェリペの首を持ってこい。

 偽者ではなく本物の首だ!」


「何度も言っているように、ゴンザーロとヴァレリアは何処にいるのか分からない。

 ロドリゲス伯爵とフェリペは今全力で城を攻撃している。

 今暫らく待ってもらえれば、必ず二人の首は届ける」


「では次の交渉は二人の首を取ってからだ」


「待ってくれ、マクシミリアン殿!

 これ以上時間がかかったら、殿下が死んでしまわれる」


「何を馬鹿な事を言っている。

 奴は俺達と同じ食事を食べている。

 俺達が未開発地の開拓や激しい訓練をしているのに、ただ寝て過ごしているのだ。

 そのような楽な状態で死ぬはずがないだろう。

 もしそんな楽な状態で死ぬとしたら、それは天罰だ。

 天罰を避ける事などできないから、諦めるのだな」


「いや、それは違う。

 同じ物を食べていたとしても、殿下と貴殿達では鍛え方が違う。

 殿下にこの地の生活は耐え難い苦しみなのだ。

 人質となった殿下を解放してくれとは言わないが、せめて食事や生活環境だけは王城と同じようにして頂きたい」


「何度も同じ事を言わすな!

 食事は戦時体制の家臣領民と同じ物しか与えない!」


「ですから、家臣領民の方の食事もこちらで用意させていただきます」


「何度も同じ事を言わせるなと言っている!

 毒を仕込まれているか分からない食糧は受け取れない!


「ですから……」


「黙れ!

 これ以上何か言うのなら、黙らせるために王太子に指を斬り落とすぞ!」


 マクシミリアンの恐喝まじりの交渉は聞いている俺が怖くなるくらいだった。

 直接交渉に当たっている王家側の人間は心臓の縮む思いだっただろう。

 

 マクシミリアンの交渉のお陰で、全て此方の言い分が通った。

 毎日何十と言う食肉用の家畜と大量の穀物が届けられる事になった。

 毒見も交渉役の連中が行う事になった。


 慣れによる油断がないように、我が家に代々仕える騎士家の者が何も仕込まれていない事を確かめる事になっている。


 王家から運ばれてくる家畜と穀物は、基本カディス城と四つの小城でした食べられず、ウトレーラ城ではこれまで通り自家育成の家畜と穀物が食べられる。


 どれほど厳重に確かめたとしても、未知の毒は発見のしようがない。

 それも遅発性の毒だと、気が付いた時には手遅れになっている。


 だがカディス城と四つの小城だけしか被害が及ばなければ、最後に王家に一泡吹かせてやることができる。

 王太子だけが何らかの方法で解毒剤を飲んでいたとしても殺せる。


 一番気を付けなければいけないのは、王家の意思とは違う形で、ガルシア男爵家を滅ぼそうとする奴が現れる事だ。


 はっきり言えば、ゴンザーロとヴァレリアだ。

 奴らは王太子を殺す事になってでも俺とマクシミリアを殺そうとした。


 王家からの使者は、ゴンザーロとヴァレリアの手の者は全て王城内から追放したと言っているが、全く信用できない。

 無能な王家や王都の高位貴族にそんな事ができるとは思えない。


 現に辺境の伯爵家でしかないロドリゲス家を未だに討伐できていない。

 王家の威名が地に落ちていて、貴族や騎士が参陣しないのだ。


 武家である辺境の男爵家や子爵家が寄親だったロドリゲス家に味方している訳ではなく、どちらも信望がなく協力してもらえない。


 このままでは辺境が、男爵家や子爵家が独立割拠した無法地帯になる。

 いや、他国に近い辺境貴族は仕える王家を変えるかもしれない。

 変える気はなくても、侵攻されたら膝を屈するしかないだろう。


「マクシミリアン殿、今日の家畜と穀物を届けさせていただいた。

 もういいかげん我らを信じてもらえないだろうか?

 王太子殿下のお世話をする侍従や侍女を受け入れてもらえないだろうか?」


 ★★★★★★


「マクシミリアン様、今日は城を出て遠乗りしませんか?

 ずっと城に籠っていては息が詰まってしまいます」


 まずい、不味いぞ!

 息が詰まるという事は、心の病が再発したのか?!

 直ぐに何か手を打たなければ!


「そうですね、確かにずっと城に籠っていては息が詰まってしまいますね。

 ですが城の外に出るとなると、流石に二人きりと言う訳にはいきません。

 何時もの戦闘侍女三人に加えて、決闘屋達から三人くらいついて来てもらいましょう。

 ディラン、ディランもついて来てくれるだろう?」


「しかたがないな、そこまで言うのならついて行ってやろう」


「まぁ!

 妹の逢瀬を隠れて覗くなんて、兄として恥ずかしくないのですか?!」


「隠れて覗いていたわけではない!

 たまたま、そう、たまたま通りかかっただけだ!」


「ワッハハハハ」

「ウッフフフフ」

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