第29話:身代金交渉
ビルバオ王国暦199年8月22日:ガルシア男爵・ウトレーラ城
「ガルシア男爵、今回の件はこちらの手違いだったのだ。
国王陛下は何も御存じなかったのだ。
全ては悪女ヴァレリアが勝手にやった事なのだ。
もうヴァレリア達は王城から追放した。
ロドリゲス伯爵家も奪爵して領地も奪う事になった。
だから王太子殿下を返して頂きたい」
「サンチェス王家の言葉は何一つ信用できない。
王城からヴァレリア達を追放したというが、信用できない。
既に二度も厳しい処分を受けたはずのゴンザーロの娘が、事もあろうに王太子の愛妾となり、ディランと俺を殺そうとしたのだ。
ゴンザーロとヴァレリアの首を持ってこなければ信用できない。
影武者ではなく本物の首だぞ!」
今回の交渉は父上や俺でなくマクシミリアンに任せてある。
国王本人が交渉に来たのなら兎も角、使い走りが相手だ。
当主や嫡男が相手にする必要はない、と言うのがマクシミリアンの見解だ。
だから父上と俺は急遽作った謁見室の上段でふんぞり返っている。
捕まえた時より健康的に痩せている、王太子を床に転がした状態で。
先ほどから使者が何か言いたそうにしているが、俺が怒りに満ちた表情で剣を王太子の首に突き立てているから、迂闊な事を言えないでいる。
捕らえられてから、立場も弁えずに散々文句を言っていた王太子だが、その度にマクシミリアンに蛸殴りにされたので、流石に文句を言う事はなくなった。
痛みを与えられないと理解できないなんて、獣と同じだな。
「あの、その、それが、ヴァレリアには逃げられてしまいまして……」
「王太子を見殺しにしてディランと俺を殺そうとしたヴァレリアを逃がしただと?
逃げられたのではなく、また金を貰って見逃したのだろうが!
それでよくここに交渉に来られたな!
我らと交渉したいのなら、最低でもゴンザーロとヴァレリア、ロドリゲス伯爵とフェリペの首を持ってこい!
本物だぞ、偽者の首を持ってきたら、王太子はヘッドフォート王国に引き渡す!」
「そうは申されましても、本当に逃げられたのです。
金を受け取って逃がしたなど、絶対に有りません。
それに、四人ともそう簡単に首を取れる相手ではありません。
ゴンザーロとヴァレリアは行方を晦ましておりますし、ロドリゲス伯爵とフェリペ殿は城に籠って抵抗しているのです」
「ロドリゲス伯爵とフェリペが籠城しているだと?!
それでよく爵位と土地を奪うとなど言えたな!
また我らを騙す気だったのだな!
もう絶対に許さん!
お前の首を刎ねてサンチェス王家への宣戦布告とする」
「ヒィイイイイイ、おた、おた、おたすけ!」
俺達は王家からの使者を領地から叩いだしてやった!
殺されると思って失禁脱糞するような憶病者と交渉しても意味はない。
どんな約束をしても、脅かされたら簡単に破棄するのは目に見えている。
一度目の交渉から九日から十日おきに使者がやってきた。
二度目の使者は多少根性があるようで、脅しても失禁脱糞しなかった。
だがこちらの言い分が全く通らないので、交渉にもならなかった。
マクシミリアンが交渉術の一つとして使者団の状況を聞き出していた。
どうやら使者団は隣領の男爵家に滞在しているようだ。
交渉内容が変化する間隔から、早馬で王都と連絡を取っていると思われた。
使者団はどう見ても文官で、王都との間を早馬で往復するなど無理だ。
だからといって、大切な王太子を人質に取られて呑気に構えてもいられない。
結局交渉の上手い文官が隣領に常駐して、騎士がこちらと王家の条件を早馬で伝える形になったようだ。
「ガルシア男爵!
王太子殿下が日に日に痩せておられるではないか!
ちゃんと食事をさせてくださっているのか?!
幾ら何でも人質に食事を与えないなど、貴族として許されない事ですぞ!」
「ふん、使者殿は自分を殺そうとした者に贅沢をさせろと命じるのか?!
恥知らずにも程があるぞ!」
「それは……だが、身代金を交渉する人質に食事を与えるのは常識だ!」
「ふん、ちゃんと食事は与えている。
ガルシア男爵家は軍家だから、当主であろうと使用人であろうと同じ食事をする。
それで痩せるというのなら、普段必要以上に贅沢三昧していたのだ。
それに、何時王国軍と戦いになるか分からないガルシア男爵家に、王太子に贅沢三昧させるような余分な食糧はない。
王太子にだけ贅沢三昧させたら、家臣領民の指揮が下がってしまう。
王太子が軍家の質素な食事に耐えられず、餓死する前に四人の首を持ってくるか、家臣領民が王太子と同じ食事が食べられるだけの食糧を持ってくるのだな」
★★★★★★
「マクシミリアン様、私、寂しいですわ」
「これは申し訳ありません、マリア嬢。
聞き分けのない愚かな使者共の所為で時間を取られ、マリア嬢との憩いを疎かにしてしまっていました。
これから夕食までの間に何かゲームなどをいたしましょうか?」
「皆が頑張っている時に、私だけ遊ぶわけにはいきませんわ。
ですから、少しでも足を引っ張る事にないように剣を教えていただきたいですわ」
「マリア嬢は十分武芸に嗜みがありますから、今更付け焼刃の鍛錬など不要なのですが、この時期にゲームやダンスと言う訳にもいきませんかからね。
いいでしょう、剣の鍛錬にお付き合いさせていただきます」
兄として、マリアとマクシミリアンにいたい事は色々ある。
だが、このような状況で、またマリアが心の病を再発してしまったら、俺は後先考えずに王太子を切り刻んでしまうだろう。
マリノが幸せそうに微笑むのなら、みっともない嫉妬心を抑えるしかない。
美しい妹を持った世の中の兄は、皆俺と同じような気持ちになるのだろうか?
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