第28話:布陣
ビルバオ王国暦199年7月9日:ガルシア男爵・ウトレーラ城
俺達は王都を血に染めて脱出した、と言うのは少し大げさだ。
確かに王太子がいた部屋の周囲にいた連中は、王太子の命など考慮せずに襲い掛かってきたから、情け容赦する事なく斬り殺した。
まるで俺とマクシミリアンさえ殺してしまえばどうとでもなるといった態度で、ゴンザーロとヴァレリアの魔の手が深く食い込んでいるのが感じられた。
だが、ある程度離れた場所にいた連中は、王太子の命を重視した。
俺達を殺す事よりも王太子を傷つけないように手出しして来なかった。
ゴンザーロとヴァレリアの手先も、そんな者達の前では言動に注意していた。
ゴンザーロとヴァレリアはまだ完全に王城内を掌握していない。
王太子の周辺だけ支配下に置いたのだと思われた。
俺達は王太子の恥知らずな言動を訴えながら王城から脱出した
王太子が常日頃どんな言動をしているのか知っている連中は、頭を抱えそうな表情をしていた。
王太子は普段から問題のある言動をくり返していたのだろう。
心ある側近の心労は激しかったのだろう。
もっとも、そんな側近がいたとはとても思えないが。
俺達は、ゴンザーロとヴァレリアの手先がやった事も訴えた。
王太子を殺そうとした事を強く訴えた。
これで処罰されればいいのだが……無理な気がする。
俺達は隠れて待ってくれていた騎士と共に王都を脱出した。
マリア達は決闘屋に護られて先に王都を脱出していた。
決闘屋が護ってくれていれば少々の敵は心配ない。
俺達は王太子を人質に取ったまま領地に急いだが、途中にいる貴族や騎士が襲ってくる事が心配だった。
そう簡単に負ける気はないが、昼夜を問わず繰り返し襲われたら、疲労困憊でいつかは討たれてしまう。
だが、そんな心配は杞憂だった。
王家の信望は既に地に落ちていた。
王太子に為に命を賭けようとする貴族も騎士もいなかった。
無事に領地に戻った俺はマリア達と再会した。
ロドリゲス伯爵が辺境の領主達を率いて襲ってきていることを心配していたが、そのような事はなかった。
まあ、ヴァレリアがフェリペから王太子に乗り換えたのだ。
フェリペもそこまで虚仮にされて、まだヴァレリアに執着する事はないだろう。
少なくともロドリゲス伯爵は絶対にヴァレリアを許さないだろう。
俺達は王国軍が襲って来るのを前提に布陣を整えた。
父上も俺も無策で王国軍を迎え討つほど愚かではない。
相手はロドリゲス伯爵軍を想定していたが、十分準備はしてある。
「俺達は金を貰って戦うのが仕事だ。
最近は決闘が多かったが、野戦も籠城戦も経験している。
金さえ払ってくれるのならこのまま手伝ってやるよ」
決闘屋達がそう言ってくれたので、喉から手が出るくらい欲しかった一騎当千の戦士が十人も味方になった。
騎兵六十騎と合わせれば王国騎士団を相手にしても引けを取らない。
我が家で昔から働いてくれている領民が弓騎兵として戦ってくれたら、機動戦や遊撃戦も有利に展開できる。
決闘屋十騎と騎兵六十騎には新たに未開発地に築城したウトレーラ城に入ってもらい、敵の襲撃に応じて機動的に迎撃してもらう事にした。
労働傭兵二千人は、カディス城と四つの小城に二百ずつ入ってもらった。
孤児と寡婦も百人ずつ入ってもらっている。
元からの領民の騎士もいるので、1つの城に合計四百の兵力となる。
ウトレーラ城にいるのはガルシア男爵家の者と使用人。
労働傭兵千人、それに切り札と言ってもいい決闘屋十騎と騎兵六十騎。
領民で編制した弓騎兵をウトレーラ城に常駐させるかどうか悩みに悩んだ。
父上やマクシミリアンともよく話し合った。
労働傭兵が股肱之臣ならここまで悩まなかった。
裏切られたとしても諦める事ができる。
自分達が裏切られるような統治をしてきた結果だと割り切れる。
だが、労働傭兵の場合は、裏切られる前提で雇っているのだ。
裏切られないように手を打っておかなければいけない。
それでも裏切られた時に、最小限の被害になるようにしておく責任がある。
そんな労働傭兵達がいる場所に、領民の家族を残しておくことはできない。
血に飢えた王国軍の連中が、女子供をどのような目に合わすか想像がつく。
弓騎兵にする男達をウトレーラ城に常駐させるのなら、家族も一緒だ。
だがその決断をすると、長期戦になった場合に困るのだ。
放棄された農地や家畜からの収穫が無くなってしまう。
兵糧の確保できない籠城戦に勝ち目などない。
今回の布陣は苦渋の決断だった。
完璧など望めないのは分かっていたが、本当に苦しい状態だ。
唯一救いがあるとすれば、王太子を人質にしている事だ。
国王と王妃の間には、王太子しか子供がいない。
二人が王太子を溺愛している事は辺境にまで聞こえて来ていた。
そう簡単に王太子を切り捨てる事はない、と思いたい。
「ガルシア男爵、王太子殿下を返してもらいたい!」
案の定、王城から使者がやってきた。
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