第27話:王太子

ビルバオ王国暦199年6月18日:王都ムルシア・ビーゴ城


「国王陛下が急な病でこれからの事は私が任される事になった。

 ヘッドフォート王国の威を借りて好き勝ってやろうとしているようだが、そうはいかないぞ!

 私が指揮を任された以上、これまでのようにはさせぬ。

 王国軍を総動員してでも貴様らの野望は打ち砕いてくれる」


「流石王太子殿下、国を売る佞臣に正義の鉄槌を下してやってください」


 熱に浮かされたような表情でサンティアゴ王太子が熱弁を振るう。

 尻軽悪女のヴァレリアが、豊満な胸を王太子に押し付けている。

 あの胸で次々と男を籠絡してきたのだろう。


 可哀想なのはロドリゲス伯爵家のフェリペだ。

 散々いいように使われて家が没落しそうなのに、王太子に乗り換えられた。

 恨み重なる奴だが、それでも哀れに思ってしまうほどの落ち込みようだ。


「ふん、何も言えぬようだな。

 素直に自分の罪を認めるのなら楽に死なせてやる」


「辺境にも王太子殿下はおつむが足りないという噂が流れて来ていましたが、本当だったんですね」


「おのれ、私の事を無能と申すか!」


「無能ではなく知能が足りないと言っているのですが、そのような事もご理解できないようでは、何を言っても理解できそうにないですね」


「おのれ、もう許さぬ、殺せ、この不埒者を殺せ!」


「死ね!

 ギャッ」


 俺の背後から斬りかかってきた王太子の腰巾着が、俺の背後を護ってくれているマクシミリアンに首を刎ね飛ばされた。


 相手が王太子であろうと、貴族や騎士の剣を奪う事はできない。

 そのような屈辱を我慢するくらいなら、領地に戻って叛旗を翻す。

 今回の出頭命令も、帯剣を条件に受けたのだ。


「謀叛だ、ガルシア男爵家の謀叛だ!」


 知恵遅れの王太子が何を叫ぼうと関係ない。

 こんな腰抜けは何時でも殺せる。

 俺がこの場で殺さなければいけないのは、ヴァレリア!


 ガッ!


 俺の必殺の斬撃を、ヴァレリアの背後に立っていた護衛騎士が防ぐ。

 俺よりは十センチは高く、肉付きもいい。

 マクシミリアンには及ばないが、剛力で相手を圧倒する騎士だろう。


 だが、護る者がいる戦いでは自分の戦法が使えないぞ。

 俺の変幻自在の剣技を避けられるかな?


 キン! キン! キン! キン! キン!


「貴男ごときに斬られる私ではありませんわ」


 護衛騎士の背後からヴァレリアが憎まれ口をたたく。

 確かにこの護衛騎士を斃してヴァレリアに迫るのは少々難しい。


「殺せ、王太子殿下に謀叛する者を殺してしまえ!」


 最初からここで俺を殺す心算だったのは間違いない。

 俺が抵抗する事も計算済みだったのだろう。

 知恵遅れの王太子では考えられないだろうから、ヴァレリアの考えだろう。


「動くな、動けば王太子を斬る!」


 俺がヴァレリアの護衛騎士とやり合っている間に、マクシミリアンは王太子を人質にしてくれていた。


 王太子も哀れなモノだ。

 誰も王太子を護ろうとはしなかった。

 今王太子の側にいるのは、ヴァレリアの息のかかった者だけなのだろう。


「王太子殿下、ヴァレリアに鼻毛を読まれた結果がこれですよ。

 誰も殿下の事など考えていません。

 殿下の取り巻きは、殿下よりもヴァレリアの忠誠を誓っているのです」


「黙れ黙れ黙れ黙れ、これは私が命じたからだ。

 私がヴァレリアを護れと言ったから、その通りにしているのだ!」


 これは駄目だ。

 あまりに可哀想だから、目を覚まさせてやろうと思ったが、これは無理だ。

 馬鹿に付ける薬はないと誰かが言っていたが、その通りだ。

 王太子には諫言も忠誠も愛情も通じない。


「何を言っても無駄なようですから、もう何も申しますまい。

 殿下には人質になっていただきます」


「卑怯者!

 忠誠を誓った王家の王太子殿下を人質に取って恥ずかしくないのか?!」


 王太子の腰巾着だろうブクブクと太った男が、唾を飛ばしながら俺を罵ってきたが、全く心に響かない。


「これまで自分達がやってきた悪行の数々、恥ずかしくないのか!

 これまでの事を詫びると呼び出しておいて、騙し討ちにする。

 その方がよほど恥だ!

 父上は王家に忠誠を誓ったが、俺はまだ誓っていない。

 この場でこの卑怯下劣な知恵遅れを殺しても、何の痛痒も感じない!」


「殺してしまいなさい!

 男爵家の子倅に人質にされるなど、殿下の恥です。

 殿下に恥をかかせるくらいなら、殺して差し上げた方がいい。

 殿下の名誉を想うのなら殺して差し上げるのです」


「殿下、殿下の誇りを御守りします!」

「「「「「ウォオオオオ」」」」」


 酷い、酷過ぎるな。

 ゴンザーロ一派は王宮内にどれほど勢力を広げているのだ?

 どのような理由をつけようと、王宮内で王太子を殺せるのか?!


 ギャッ!

 グッ!

 ガッ!

 ゴッ!


「ディラン、ここは逃げるぞ」


「おう!」


「俺達にここまでやったのだ。

 マリア嬢や決闘屋達にも容赦なく襲い掛かってきているぞ」


「事前に何かあれば逃げろと言ってあるから、もう逃げているはずだ。

 城門を突破できないと思ったら、ヘッドフォート王国の大使館に逃げ込めとも言ってある。

 マクシミリアンも口添えしてくれているのだろう?」


「ああ、大丈夫だ。

 大使とは面識もある。

 何があっても守り切ってくれるはずだ」


「だったら、俺達は生きてここを突破する事に専念するだけだ!」

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