第26話:脅迫
ビルバオ王国暦199年6月17日:王都ムルシア・闘技場
「国王陛下は随分と恥知らずなのですね。
統治能力がおありにならないのでしたら、譲位されてはいかがです?」
この国の人間が口にすれば即座に首を刎ねられる言葉だった。
だがヘッドフォート王国の大使だと話が違う
逆に国王が恐怖に震えあがる言葉だ。
「……また大臣が勝手な事をしたようだ」
「そのような愚か者を大臣に登用されたのは陛下ではありませんか。
恥知らずなだけでなく、人を見る眼も記憶力もないようですね。
これ以上の下劣な決闘擬きは観るに耐えません。
陛下ができないと申されるのでしたら、大使館の警備兵で王都の腐った貴族達を皆殺しにして差し上げますが、いかがなされますか?」
「いや、大使殿や警備の方々にそのような手間をかけていただくわけにはいかない。
余の手で悪臣共は打ち倒してみせる」
「左様ですか、では今日の決闘は中止されるのですな?!」
「ああ、大臣が勝手にやった卑怯で恥知らずな決闘擬きは中止させる」
「では、ロドリゲス伯爵家はどうされるのですか?
献金が欲しくて陛下が処罰できないと申されるのでしたら、私が警備兵を率いて処罰して差し上げますぞ?」
「それも余が責任をもって処罰してみせる。
ヘッドフォート王国の大使殿であろうと、我が国の政治に口出しするのはやめていただきましょうか!」
「そうですね、今はまだ不遜ですね。
今日までの事は本国に報告させて頂いています。
貴国への口出しは、宣戦布告後の方が宜しいでしょう」
「な?!
宣戦布告ですと?!」
「何を驚いておられるのです。
昨日一昨日と、陛下が認められた卑怯な決闘に参加したガルシア男爵家の騎士は、父親が我が国の仕える騎士ですぞ。
あのような卑劣な真似をされて、親が怒らない訳がないでしょう。
我が国の騎士団が国境近くに集結していると報告を受けています」
「罠か、罠をしかけたのだな!」
「何を愚かな事を申されているのです。
罠も何も、陛下が卑怯な真似さえしなければ、何事も起こらなったのです。
全ては自分の愚かさが招いた事です。
自分の愚かさと下劣さに相応しい死を迎えられればいいのです」
後で聞いた話なのだが、拳闘決闘の直前にヘッドフォート王国の大使殿が、ビルバオ王国のサルヴァドールを脅迫したそうだ。
そのあまりの内容に、サルヴァドールが失禁したとかしないとか……
もう俺にとってビルバオ王国は母国ではなく、サルヴァドールは仕えるべき相手でもないので、何の感情もわかなかった。
それよりは、何故ヘッドフォート王国の大使殿が俺たちの味方をしてくれるのかが分からなかった。
単にビルバオ王国を併合したいだけなら、これまでいくらでも機会があった。
今になって急に併合する気になった理由が分からない。
「ああ、それは王家の継承争いが終わったからだろう。
あの国は実力主義だから、代々国王の指導の下で激しい競争が行われる。
第一王子が王太子に選ばれていたのだが、往生際の悪い第二王子が弟達を味方につけて国王を暗殺し、王太子まで殺そうとしたのだ」
「幾らなんでもそれは酷過ぎるだろう。
そんな手段で王位を奪っても、誰もついて着ないだろう」
「……ヘッドフォート王国のような長い歴史を持つ大国は、悪いモノもたまるのさ。
清廉潔白な王道政治を嫌う、腐った連中も結構いるのさ。
そんな連中が、第二王子たちの味方をしなければ、国王を殺すことなできないさ」
「嫌な話しだな、忠誠を誓った清廉潔白な主君を我欲のために殺したのか」
「ああ、だが、そんな腐った連中ばかりでもない。
忠誠を捧げた主君を殺されて激怒した貴族や騎士も多い。
そんな連中が王太子の元に馳せ参じて、国を二分する戦いになっていたのさ」
「……俺はそんな噂全く聞いていなかったぞ」
「この国の王はあんな奴だぞ。
側にいる高位貴族も腐った連中ばかりだ。
他国の事など調べもしていなかったのさ」
「内乱中とはいえ、ヘッドフォート王国に攻めるなんて不可能だが、どちらが勝つかで近隣諸国の情勢は一気に変化するよな?
万が一にも侵攻されないように、国をあげて調べておくべき事だよな?」
「ああ、その通りだ。
だが、それをしていなかったからこそ、今回の脅迫につながったのさ。
内乱を治めて戴冠した王太子は、国内外に武威を示さなければいけない。
その相手を探している時に、サルヴァドール王が愚かな事をやったのだ」
「マクシミリアンはよく知っているな。
もしかして、ヘッドフォート王国の出身なのか?」
「……ああ」
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