第25話:前日譚
ビルバオ王国暦199年6月17日:王都ムルシア・闘技場
昨日の見世物剣闘決闘試合は壮絶だった。
完全鎧が義務付けられていないので、互いに一番戦い易い装備を身に着けて戦うのだが、矢張り完全装備をしていた方が有利だった。
俺は決闘と言う言葉に拘ったが、見物している貴族や平民にとってはただの見世物で、賭けの対象でしかない。
剣闘試合と言われるたびに怒りが沸き起こる。
多くの決闘で装備による差が出た。
十人の奴隷剣闘士は闘技場の装備を借りているようだ。
軽装備の剣闘士はこちらの決闘屋に全く歯が立たなかった。
だが中には健闘した者もいた。
巨大なメイスを振り回す剣闘士になかなか近づく事ができず、苦戦する決闘屋もいたが、最後は機動力を駆使して斃してくれた。
信じられないくらい長大な剣を使う剣闘士もよく戦った。
だが決闘屋が剣闘士の持ち手を斬った時点で勝負がついた。
一番よく戦ったのは、剣闘士のチャンピオンであるアレハンドロだった。
普段使い慣れていないはずの完全装備でよく戦っていた。
盾を利用してのカウンターはとても鋭かった。
だが、決闘屋のリーダーヨナスはその上を行っていた。
馬上試合で完全鎧に慣れているだけではないと思う。
完全鎧を装備しての歩兵戦も経験豊富に見えた。
十戦十勝には大満足しているが、腹立たしい事もある。
勝負がついた後で、生き残っている剣闘士を殺せと観客達が囃し立てたのだ!
あれほど立派に戦った戦士を嗜虐心を満たすためだけに殺せと言ったのだ!
「じゃかましいわ!
立派に戦った者を見世物にして殺させるものか!
決闘試合の勝者として要求する。
生き残っている剣闘士は俺が貰い受ける。
神聖な決闘に奴隷を使った卑怯なロドリゲス伯爵家に対する正当な要求だ!
それと、国王陛下。
このような恥知らずな行いを陛下が認められたのですか?!」
「……余は何も知らなかった。
宰相が勝手にやった事だ。
神聖な決闘を穢した宰相には正当な罰を与える。
今ここでディランと決闘しろ。
勝てば罪を許して宰相を続けさせてやる。
負ければ全てを失って死ぬだけだ。
残される家族には罪を問わず、家に対する処罰もしないでおいてやる」
「どうか、どうかお許しください陛下」
「やかましい、さっさと決闘してこい!
近衛騎士団長、こいつを下に連行して剣を持たせろ!」
「陛下、陛下、国王陛下。
どうか、どうか、代理人を立てさせてください、お願いします、陛下!」
名前も覚えていない宰相が、近衛騎士団長の手で貴賓席から引きずり下ろされる。
その短い時間に、急遽行われる事になった決闘の賭けが募集された。
後で聞いた話なのだが、誰も宰相が勝つ方に賭けなかったので、賭けは成立しなかったそうだ。
これが事前の組まれた決闘なら、勝負がつく時間を賭ける形にしたりして、何としてでも賭けを成立させるそうだ。
だが今回は余りに時間がなさ過ぎた。
俺はマリアの安全を図るために容赦する気などなかった。
こいつもマリアに対して好色な視線を向けていた。
殺せる時に確実に殺しておくべきだ。
勝負はあっさりついた。
地に這いつくばって詫びる振りをしても騙されない。
ここで殺しておかないと、必ず報復してくる。
「勝負はついた、命や爵位まで奪おうとは思わない。
家族がお前にふさわしい賠償金を支払ってくれたら解放しよう」
俺は宰相を人質にして身代金交渉をすると公言した。
俺は悪趣味ではないので、嬲るような殺し方はしない。
どれほど恨みがある相手でも、苦しませて殺す趣味などない。
這いつくばった宰相に背中を向けるだけでいい。
そうすれば、卑怯下劣な奴なら、直前まで命乞いしていた事も忘れて斬りかかってくるに違いないからだ。
ギャッフ
予定通り、宰相は剣を振るって斬りかかってきた。
俺は振り向きざまに首を斬り飛ばすだけでいい。
これで宰相に卑怯下劣さと共に、そのような者を宰相に登用した国王の無能さを強調する事ができる。
「しょっ、しょっ、しょっ、しょうぶ、勝負あり……」
斬り飛ばされた生首が顔に当たった審判が、何とか震える声で決着を宣言した。
どうせ明日も決闘を続けるのは目に見えている。
ここで審判に圧力をかけておいた方がいい。
「申し訳ない、審判殿。
手元が狂って貴殿に首を飛ばしてしまった。
明日手元が狂って貴殿の首を刎ね飛ばさなければいいのだが……」
これで、こいつが審判を続ける限り絶対に悪事はできないだろう。
仮病で審判が変わるにしても、殺されるのを恐れて誰も悪事はできない。
少しでも不審な所があったら、決闘屋に審判を殺してもらおう。
悪党を殺す事に心は痛まない。
「ディラン殿、今日は闘技場の都合で急遽拳闘試合となった。
急な変更なので、勝負を辞退しても家同士の勝敗が決まる事はない。
ただここの勝負は敗戦となる。
ガルシア男爵家の二十勝十敗になるが、それでよろしいか?」
何か仕掛けてくると思っていたが、やはり卑怯な手で来たか。
「ディラン殿、その勝負受けて立とうではありませんか。
昨日までの決闘で、この国の卑怯さはよく分かった。
ヘッドフォート王国の大使殿にもよく伝わっているだろう。
俺の親族はヘッドフォート王国にも住んでいる。
大使殿を通じて今回の顛末を伝えてもらう事にするよ。
俺に何かあったらきっと復讐してくれるさ」
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