第2話
私の家は平屋で古く無駄に広い。
近くにかなり大きな複合施設が出来た為か、墓場隣と言う立地にも関わらず地価が跳ね上がった。
その為か、日を置かず不動産業者が土地購入の交渉にやって来る。
その度、母に切り捨てられ、さらし首の生垣を無念そうな顔で移動する事になるのだが、なかにはタチの悪いやつも居て、勝手に上がり込んだ挙句、契約を迫った不届き者もいた。
不動産業者に限らず、かなり前から、この家を狙っている者も居る。
向かいの寺のスカートめくりの二代目だ。
この土地を寺の施設にしたいと企んでいる。
二代目はキャバクラ通りの顔で、酔うと決まって私たちを追い出す算段を肴に飲んでいるらしい。
キャバクラ通りでは、毎晩飲み歩き、二代目とチヤホヤされて、いい気分で金を落として行く。
50過ぎて、あいつも独身だ。
薄っぺらな男だが、店にとっては食える都合のいい男なのだ。
こんなやつに読経される仏は気の毒だ。
出来るなら、こいつも怪我をして、私と同じように屍人の独り言を聞かせてやりたい。
そして、一つ自分の宝を持って行かれればいいのだ。
先代の住職が、今の寺、いやビルを見たら何と言うだろう。
あの半分に欠けた恐ろし顔で叱りつけるだろうか…
案外、優しく哀しい顔でビル寺を見上げ、時代に合った形と二代目を労うかも知れ無い。
いずれにせよ、坊主が儲かる商売だと初めて知った。
坊主丸儲けとは良く言ったものだ。
この点だけは、あやかりたい。
働き手が私だけと言う事もあって昼夜のダブルワークをしなければいけなかった。
昼は中堅の会社で資格もないのに経理を任されている。
夜は、手っ取り早く水商売だ。
スナックのママにはなれなかった。
キャバクラ通りでキャバ嬢をしている。
この歳でキャバ嬢とは以外かも知れないが、この世界だけは、いろんな趣味の男がいて、それなりに需要はある。
昼の仕事だって、大した事も出来ないのに破格の給金をもらっているのは、たまたま私の身体を自由にした男が本部長になっているからだ。
今でも、たまに抱かせてやって、それなりの報酬かプレゼントをせしめる。
こいつにとって、妊娠しない女は最高の玩具らしい。
こいつが女にだらしないのは抱かれていてわかる。
けれど、私を女じゃないと言った男より、可愛い。
私は毎日、疲れている。
慣れだけが身体を動かしている。
夜になってしまった。
店に出て、ウィスキーかバーボンを2、3杯あおりたい気分ではあるが尋常じゃないほど身体が重い。
今日は昼の仕事が月末の締めでバタついていたのに加えて、女子社員が寿退社する事になっていた。
もう何年も何人も幸せそうな彼女達を見送った。
女子社員は仕事を任せられるくらい慣れた所で、幸せな未来を理由に退職する。
その度に仕事の皺と顔の皺が私を切り刻んだ。
同僚達は、終わりもしない仕事を無理矢理切り上げて、居酒屋通りで祝い酒を楽しむと言う。
毎度の事だが参加を断った。
未来ある祝いの席に、行き遅れの私が居ては、当然のように周りが気を使うし、この手の事で気を使われるのは、歳を取っても、女としてこたえる。
こんな日は、どんなに疲れていたとしても独り残業が落ち着いた。
キャバ嬢をしていれば、酔った男が少なからずチヤホヤしてくれる。
今日ばかりは店に出て、女である事を確かめたい気分だが、身体がついて行かない。
店は休む。
スナック通りで重い身体を引きずる頃、雨が降って来た。
傘は無い。
スナック通りから、ションベン通りに身体を移す。
雨の匂いで、嗅ぎ慣れた不快な臭いが和らいで行く。
夜のションベン通りは危険だ。
灯りはスナック通り側から私の家に向かって、どんどん細くなっている。
街灯はあるが、ほとんどが切れていて数少ない灯りが、かろうじて道の輪郭を示していた。
夜が深く沈むにつれ、タチの悪い酔っ払いが潜む。
喧嘩や痴漢、淫部の露出、暗いのをいい事に男女の性交。
何でもありだ。
この通りに流れて来る酔っ払いは、ほとんどがイカれている。
過去、何度も彼らのトラブルに巻き込まれ、パトカーで気持ちを落ち着かせた事があった。
どれだけ効果があるかわからないが、防犯ブザーを常備している。
生理や怪我の時など、これに加えて屍人の独り言を聞かされるのだ。
まともな神経ではやってられない。
私も、少なからず、イカれている。
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