第8話
夜に目を覚ました街の通りで、一番賑やかで、一番長いのがキャバクラ通りだ。
キャバクラ通りは駅に近いほど派手で、
店を物色中の客と同じか、それ以上の客引きのポーター達であふれている。
その通りの一番奥で、一番地味な店が、
私の通う店だ。
けれど、この店は客引きなどしていない。
する必要が無いのだ。
店の立地が悪いからと言って、あなどってはいけない。
キャバクラ通りで、一番の集客力を誇るのが、この店なのだ。
集客の理由は単純だ。
料金が安いのもさる事ながら、
美人や可愛いキャストばかりでハズレが無いのが、その最たる理由だ。
私から見ても、本当に、この店は綺麗な
娘ばかり居る。
キャバクラ通りの店の入店条件なんて、
何処も大して変わらない。
なのに不思議と綺麗な娘ばかり集まって来る。
お化け屋敷。
ホーンテッドハウスが、私の通う店の名だ。
毎夜、お化け屋敷の中で、客もキャストも、
酒だけじゃ無く、得体の知れない魔力に酔っている。
魔力の中身は、それぞれだ。
客はキャストに束の間の夢と理想を押し付け、代わりに金を落とし、
キャストは、その金に群がり、集め、その量で自身の価値を見出す。
お化け屋敷の扉を開けた途端、驚きの美人、
可愛いキャストとの時間が始まるのだ。
そんな店に、綺麗な娘が働きに群がるのは、
これもお化け屋敷の魔力に違いない。
そんな店に50過ぎの私が採用されたのは、
私の魅力では無くて、私の魔力がお化け屋敷の魔力を上回り、店の判断を鈍らせたからに違いない。
可愛いく、綺麗に産んだのは、私の手柄だからね。
私に感謝なさいよ。
母の手柄のせいで、夜、働く羽目になっている。
母の手柄のせいで、母の飲み代を稼ぐ羽目になっている。
母の手柄のせいで、50過ぎてもパンツが見えそうなミニのドレスを着る羽目になっている。
母の手柄のせいで… 母の手柄のせいで… 母の手柄のせいで… 母の手柄のせいで…
母のせいで… … …
店は私が採用されているからと言って、熟女キャバクラと言う訳では無い。
ほとんどが20代で、30代が少々。
40代はいるのか…。
50代は私しか居ないところを思うに、
母に感謝せねばならない。
中には、歳をサバ読んでいる娘や、顔や身体にメスを入れた改造美人も多数居るが、ご愛嬌だ。
キャスト同士は目立ったトラブルも無く、一見仲が良さそうに見えるけれど、内心、何を考えているのかわからない。
店のコンセプトでキャストの源氏名は、お化けか、妖怪、妖精なんぞの名を付ける事になっている。
源氏名の一番人気は女吸血鬼で、カーミラ、セラーナ、バートリ、マーカラ…
他にはフランケンのフラン、人魚のセイレーン、狼男のウルフ、不思議の国のアリス、変わった所では、トイレの花子さんも居る。
ホーンテッドハウスなんて店名だから、コスプレキャバクラと、間違えて入って来る客も多いが、単に源氏名が変わっている普通のキャバクラだ。
けれど、たとえば女吸血鬼は真っ赤なドレスを着ているし、人魚はブルーのドレス、
フランケンは小さなクギのピアスをし、
花子さんはロリコンドレスに大きなリボンを付けている。
美人キャストたちは、放って置いても、店の商品としての自分の魅せ方を熟知し、
楽しんでいるのだ。
ただスタッフにしてみれば、キャストの源氏名は覚えづらく、しょっちゅう間違えている。
そんな店で私はミドリを許されていた。
許されるには理由がある。
笑ってしまうが、元々、私の源氏名は墓場の鬼太郎だった。
源氏名など何でも良かったが、この店に来る客の大半は、この街の者で昔からの知人が多い。
その中の客が、頼んでもいないのに、
墓場の近くに住んでるから鬼太郎とは、
源氏名どころかイジメじゃないかとクレームを付けた。
クレームの一言で墓場の鬼太郎から、墓場のミドリに改名させられた。
墓場のミドリはリアル過ぎて鬼太郎より気に入らないが、このいきさつを知らないキャストには、ヒイキと思われないよう、しょっちゅう説明させられた。
もっともお化け屋敷の魑魅魍魎の中に客でも無いのに人が居るのはおかしな話である。
見慣れた店の扉を開けると、体温で温められた生ぬるい空気に軽く押し返される。
今宵も店は大盛況のようだ。
何故か私に取り憑いた赤い女も、この雰囲気では悪さは出来ないだろう。
このホーンテッドハウスの中では
リアルなバケモノは、およびでないのだ。
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