第14話


バッカス! バッカス! バッカス! バッカス!


空のグラスを振りながら、ヤケクソで二代目が叫ぶ。

二度のバッカスコールなど、前代未聞だ。



先ほどのワインよりは、値が落ちますが、よろしいでしょうか…?


スタッフが、二代目では無くカーミラに確認する。

他のテーブルからも、二度のバッカスコールするバカの顔をのぞきに来た。


この時点で、女吸血鬼の目的は達成された事になる。

どんなゲームか知らないが、彼女にとっては、まったくやる意味が無い。

やるなら、バッカスコールにつり合うゲームで無ければシラける。

スタッフが、バッカスワインを持って来る頃には、何が始まるのかと、このテーブルを、他の客やキャストが囲んだ。


スタッフは、今度はかまずにワインを紹介し、手際良くワインを開けた。

ワインが開いた瞬間、周りが湧く。

いつの間にか、さっき倒したボトルが撤去され、カーミラと私の前には、

きっちりと量ったようにグラスにおさまったワインが、一杯づつ置かれてある。

テーブルの隅には、何故か多くのオシボリが用意されていた。


始めるわよ!


カーミラは、今日、一度も使っていない水割りグラスを、オシボリ2、3枚に包み込み、テーブルにたたきつけた。


パアッン!!


思っていたより大きな音がする。

それに周りが湧く。

以降、このテーブルでは何をしても周りが湧いた。

チヤホヤされるのが好きな二代目は、

テーブルが湧く度に大満足で、スタッフの注いだワインをなめている。

店の夜を支配している気でいるのだろうか…

今、彼を踏み台にして伝説を作り、夜を支配しているのはカーミラだ。


綺麗に破れたわね。


オシボリを広げ、破れたグラスの破片を並べて、カーミラが言う。


ゲームは簡単。

この破片を口に含んで一口づつワインを飲むの。

口の中が切れた方が負け。

破片は飲む度に変えるのよ。

気に入ったのが無ければ、破ればいいわ。

だけど、あんまり小さいのは選ば無いでね。

万が一、飲み込んだら大変な事になるから。

死ぬかもよ。

自己責任で、口の中がズタボロの血だらけになるまでやりましょう。

キャハハハハハハハハハハ…


ゲームのルールに、取り巻きが湧く。


ミドリさん、先に選んでいいわよ。

勝てそうなのをどうぞ。


なるほど、バッカスコールにつり合うクレイジーなゲームだ。

グラスの縁の部分で、安全な部分が広いカケラを選ぶ。


いいの取ったわね。


カーミラも同じようなカケラを選んで、さっさと口に含み、ワインを一口、喉を鳴らす。

その後、ゆっくり口から、カケラをつまみ出し、ワインクーラーへ放り込んだ。

女吸血鬼は、私と取り巻きにジャッジを促し、大きく口を開けて、舌を器用に動かして見せた。


切れて無い! 切れて無い! 切れて無い!


取り巻きが騒ぐ。


さあ、ミドリさんの番よ。


カケラを恐る恐る舌に乗せ、まずは口におさめる。

危険な異物に、口の中が唾液でいっぱいになった。

そのまま、少なめのワインを飲む。

飲む量に縛りは無い。

グラス片をクーラーに落として、口を開けた。


切れて無い! 切れて無い! 切れて無い!


同じように取り巻きが騒ぐ。



さあ、ちゃっちゃと勝負をつけるわよ。


カーミラが次の破片を探し始めた。



負けたく無い。 負けたく無い。 負けたく無い。 負けたく無い。 

生霊でも、屍人でも、死霊でも、悪魔でも、仏でも、神でもいい。

私に味方しろ。

負けたく無い。

遺言状なんてくれてやる。

あんな家、坊主バーだろうが、ゴーストバーだろうが、好きにすればいい。

ただ…

とにかく、単純に、この女吸血鬼に勝ちたいのだ。


パアッン!


ろくなカケラが見つからず、今度は私がたたきつけた。

力が入り過ぎたのか、破片が小さい。

安全そうなのは一つくらいだ。

それを取ってワインを飲む。

カーミラがグラスを破ら無ければ、今回は、私が有利だ。

危なそうなカケラばかりだが、カーミラはグラスを破り直さず、私の破ったカケラの中から選んで、私に続く。


切れて無い!


これが何度か続いた。





ゲームの回を重ねるごとに、取り巻きが減っている。

初めはバッカスコールの流れに乗ってセンセーションに始まったゲームも、血を見なければ、ただ酒を飲むだけの単調で退屈なゲームだ。

無理もない。

バッカスワインも、だいぶ減っている。

何より酔いが回って来て、身体が火照ってくる。

口の中に限らず、これで怪我をすれば、とんでもない量の血が流れるかも知れ無い。


…ちょっとトイレ、休憩しましょ…

ミドリさん、しぶといわね。

…もしかして、私に勝っちゃおうなんて思ってる?

…ハハハ…キャハハハハハハハ


カーミラが席を立つ。

私もトイレに行きたかったが、カーミラが戻るまで待つ事にした。

休憩の間くらい、敵と顔を合わせたく無かったし、二代目を残して、キャスト2人が居なくなる訳にはいかない。

勝負に夢中で彼の存在を忘れていた。

バッカスコールを二度して、ホーンテッドハウスに伝説を刻んだ最高級ゲストは、何も言わず私達の勝負を見守り、いつのまにか安い焼酎を頼んで、手酌で飲んでいた。

これには、かなり気が引ける。

さすがに気まずい。




…勝てそう…?


疲れた声で、二代目が言う。


勝ちたいの。

私が死んだら、あの家は好きにしていいよ。

その遺言状は今夜の記念にあげるから、それを持って母を説得すればいい。

お葬式は豪華で無くてもいいから、下手でも、ちゃんとお経読んでね。

録音は御免だから。


緊張とグラス片無しで、ワインを飲む。

美味しい。

しばし、酒の味わい方を忘れていた。


…それ…遺言じゃん…

勝てるといいね。


二代目が笑った。





寂しかった?


カーミラが戻って、二代目に絡みつく。


絶対負け無い。

交代に席を立った。


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